第14話 悲しい真実

 靖久は、何故か機嫌の悪い飛鳥の機嫌を取っていた。

『どうしたのかなぁ〜?ここに、ご機嫌斜めのお姫さんがいるんだけど。何があったのか、説明してくれると有り難いんだけどなぁ?教えてくれないかなぁ?』

飛鳥を横目に、靖久がそう言いながら近寄って行く。飛鳥は、不貞腐れて言う。

『別に〜、機嫌なんか悪くないもん!』

靖久は、まるで小さい子供やペットに話しかける様に話す。

『ん〜、どうしたんかなぁ?何ではぶててんのか(不貞腐れてるのか)なぁ。教えて欲しいなぁ。お姫さんの機嫌が治らんと、おっちゃん悲しいなぁ。』

困り果てた靖久は、飛鳥の脇腹をくすぐりながら言った。

『こら、教えろ。どうしたんだ?不機嫌なお姫さん?んっ!』

飛鳥はのたうちまわりながら、やっと話してくれた。

『ヤス君さ、奥さんの事何て呼んでますか?』

靖久はまさに、鳩が豆鉄砲で撃たれたかの様な顔をして言った。

『・・・・・はぁ?』

『ずっとさぁ〜あぁ〜、瞳はさぁ・瞳がさぁ、って言って・い・ま・す・が!貴方はもう、離婚するんですよね?ネッ?そうでしょ?な〜の〜に〜、何で瞳って呼び捨てしてるんですか?ものすっっっごく、ムカついています!』

靖久は、呆然としたまま返した。

『んっ。そんで、・・・・・ご機嫌斜めなの?』

『そう!お気付きになりました?』

飛鳥が、口を尖らせてイジける。

『ごめんごめん!飛鳥ちゃんが一番なんだって。もう、機嫌直して?』

靖久が必死に飛鳥の機嫌をとると、何とか飛鳥の機嫌が少し治った。

『いいよっ、許してあげる。』

『ははぁ〜、有り難う御座います姫!』

『ヤス君の子供達も連れてきていいよ。ここじゃ、狭いけど。』

靖久は、飛鳥を抱きしめながら言った。

『有り難う飛鳥ちゃん。まだどうなるか解らないけど、本当に有り難う。まぁここじゃ無理だろうし、何処かに引っ越すにしても原田さんの報告待ちだね。』

『そうだね。まぁ、どっちにしても許してあげるよ。いいでしょう・・・・うん。』

『ああ、よかった。やっと機嫌が治ってきた。ふう〜このお姫様はさぁ、一度機嫌悪くなると長っげ〜んだよなぁ。本当に。まあ、今週末に原田さんが連絡するって言ってたからさ。その時に、何だかの展開が見えてくるかもしれないね。』

『はぁ〜い。』

 飛鳥の機嫌をとりながらも、靖久は心の何処かに不安を感じていた。自分の不倫から始まったのだが、加藤さんに助言をもらい探偵に依頼をした。すると、自分の知らなかった瞳の事が解った。異母兄弟の存在に、裏のビジネス。そして、その事で警察に追われている事。挙げ句に、脱税の嫌疑までかけられているのだと。そしてこの間の、探偵飛鳥ホームズの推理である。瞳には、「まだ知られてはいけない秘密かあるのでは?」と言う推理だ。靖久はもうこれ以上は何もあるまいと思ってはいるが、ここまでまさかまさかの急展開が続くのであれば不安にもなる。もしかして、まだ何かあるのではないかと。

そして飛鳥と和やかな時間を過ごしながらも、何処かで飛鳥の推理が当たりそうな気もしている。

靖久は、どんな事でも受け止める覚悟は出来ている。ただ、それが子供達に何の影響もない事を祈るばかりだ。




 石川は、本匠と定期的に連絡を取っている。大体はラインなどでやるのだが、週に二回くらいは電話をしていた。

『ウィッス〜。いい感じっすよ恭介さん。』

『おう、そっかぁ。よっしゃよっしゃ。ただ気を付けろよ。いつも、周りの事は気にかけとけよ。壁に耳ありだかんな。』

『はぁ〜い。』

石川は返事をしながら、専務と食事をした夜の事を思い返していた・・・・・

 深々と頭を下げる石川に、小山内は気まずそうに話し掛ける。

『いやいや石川君、頭を上げてくれたまえ。私はね、君も森高君の様な感じの人なのかと思っていたんだよ。何でも有りみたいな感じで、君も仕事をしている人なのかと思っていたんだ。謝らなちゃいけないのは私の方なんだ。頼むから、頭を上げてくれないか!』

石川は頭を上げ、ゆっくりと小山内の顔を見た。

『実はね、石川君。ここだけの話にしてもらいだいんだが、会社の研究開発費等の金を不正に流用している者がいるみたいなんだ。その事で、君に協力してもらえないかと思っているんだ。君も噂くらいは、聞いた事あるんじゃないのかね?』

石川は、小山内の目を真っ直ぐに見て応えた。

『それはもしかして、・・・・・溝上本部長の事じゃないですか?』

小山内は、少し驚いて返事をした。

『そっ、そうなんだよ。実は、とある所から匿名で告発があったんだ。彼の研究開発費に関する、金の流れが異常だという内容でね。細かい事までは分かっていないんだが、確かに数年に渡って不明な金の流れがあるみたいなんだよ。それを調べるにしても、誰にでも頼める様な事ではないしね。誰かに、この事を調べてもらいたいと思っているんだよ。』

石川は、力強く頷く。

『はい。』

『溝上本部長の事は、何処かで聞いた事があったのかね?』

石川は、一呼吸間を取った。そして、勿体を付ける様にゆっくりと話し出す。

『新薬開発に関わる研究開発費の事は、結構な真実味を持った噂話でした。社内でも勤務歴が長ければ、一度は聞いた事のある話しです。ですが、私も含めて都市伝説みたいな受け取り方でした。誰もそんな話、信じてはいませんよ。ですが、私は一度森高本部長を通して調査をした事が御座います。それで、いろいろな事が解ってしまいました。実は、溝上本部長だけではないんです。副社長、そして森高本部長も同じような不正流用をしていると思われるんです。』

小山内は、絶句していた。・・・・石川は構わずに続ける。

『調査をする前から、溝上本部長の事は副社長も気付いていた節がありました。しかしながらその事を隠蔽し、同じ甘い汁を啜るという愚行を副社長ともどもやっている節があるのです。』

小山内は、動揺を隠せないでいた。

『石川君、ちょっ・・・・・ちょっと待ってくれたまえ。すっ・・・・すると、何かね。彼らは別々に・・・・・個別に、不正流用をしていると言うのかね?』

驚きを隠せないでいる小山内を、石川はなだめる様に話し出した。

『専務、・・・・・権力を握る者が腐ると組織は死んでしまいます。このままでは、会社は如何どうなってしまうのでしょうか?この様な話は、実直な専務でないとお話しする事さえはばかられる事で御座います。私が今日覚悟を持って参りましたのは、専務ならば権力者の不正を暴いてくれると。会社に蔓延はびこあしき権力者を、駆逐してくれるのではと思ったからなのです。』

さらに、石川は続ける。

『これは巧妙に練られた不正流用のシステムを、密かに構築しているからこその蛮行だと思われます。ですが、もっと奥が深いのかもしれません。いや、もっと々闇が深い様なんです。』

少し気を取り直して、小山内が石川に聞いた。

『・・・・・と、言うと?』

『溝上本部長に至っては、違法カジノへ足繁く通うのを確認済みです。もしかするとこのカジノの連中にそそのかせれて、・・・いやカジノの連中とグルになって。結託をして、会社の金を引き出しているという事も考えられませんか?もしそこまで大掛かりだとすると、事態は前代未聞の大問題になるのではありませんか?何年間に渡って行われている行為なのかは分かりませんが、この数年間で数億円という金額になる可能性もあるのです。派閥のことを考えると、各々が別々にやっている事だと思います。ですが、それぞれが組織的にやっているとすると。被害金額は、莫大な金額になってしまうと思われます。』

暫しの沈黙の後、小山内がゆっくり話しだした。

『石川君。今までのしがらみもあるだろうが、私の下で会社を守る為の仕事に力を貸してもらえないだろうか。頼むよ、石川君!』

石川は即答で快諾し、老舗のすき焼きを堪能した。

石川が想いに耽っていると、電話の向こうで本匠が叫んでいた。

『お〜い、睦聞いてんのか?お〜い!』

『あ、ごめんごめん。』

『話しながら考え事する癖、いい加減に治しとけよオメェ。』

『うん、はいはい。じゃあ、また連絡するから。はぁ〜い。』

石川は、専務特命の仕事に戻った。




 奥村は、森高に電話を掛けていた。欲に駆られて見切り発車してしまった案件の事で、胸の内に蔓延る不安を払拭しようとしていたのである。

『もしもし、お久しぶりですねぇ。如何されましたか?』

『ああ、久しぶりだな森高さん。・・・実は、ちょっと聞きたい事があって電話したんだけどよ。』

『・・・・瞳君の件ですか?』

森高は、敢えて瞳の事から聞いたみた。

『いやいや、そっちの方ではないんだけどよ。筒井瞳絡みで、でけえ案件が転がり込んで来てさ。その事で、色々と聞きたい事があるんだよ。』

『どの様な件でしょう?前にも話した通り、今私は会長選に常務選にと何かと忙しいのですよ。』

『ああ、そうだったな。でもその取締役会にも影響する案件なんだが、そちらの溝上本部長の件で石川から何か聞いていないかと思ってさ。何か知ってるか?』

森高は、想定内の質問にガッカリしながらも楽しげに返した。

『ええ、石川君から大まかな話は聞いていますよ。何やら貴方と一芝居打って、どうこうしようという事はね。私も忙しいんで、細かい事までは聞いていませんがその確認ですか?』

『ああそうなんだ、森高さんに話が通ってるって事で安心したよ。ちょっと動く金もデカいしさ、アンタじゃなく石川さんだって事も気になってね。それだったら良いんだよ。キッチリやらせてもらうんで、よろしく頼みますよ。』

『ええ、御心配なく。大事な案件なんで頼みますよ。・・・・・では。』

『ああ、こちらこそまたよろしくな!』

奥村は電話を切り、煙草に火を付けた。

『ふぅ〜よっしゃ、下手踏まないでよさそうだな!』

そう言うと奥村は、石川に電話を掛けた。

『お久しぶりですね石川さん。どうも奥村です。櫨川会の本匠さんから、お話しをいただいた件でしてね。』

臆病者が、安全確認をして進み出した。




 今週陣内は、自分名義でトランクルームを新たに借りた。そして、瞳の部屋にある靖久の私物の整理をしたりしている。当然、数人の刑事の視線を感じながらである。陣内は週末に妻と一緒に瞳宅を訪ねたり、平日の会社帰りに瞳宅に立ち寄ったり。あえて目に付きやすい感じで、警察関係の視線を集める様に行動していた。そんな陣内が、トランクルームを借りたとなると警察が放っておく訳がない。

瞳のマンションの、捜索差押令状を取る為の証拠固めに必死の様だ。まぁ、そうでなければ陣内がやっている意味はないのだが。そんな視線の中、今日も仕事帰りに瞳宅へ向かう陣内に本匠から電話が掛かってきた。

『おう、どうした?緊急か?』

『違うんだけどよ。そろそろそっちも、令状取ってガサ入れて来る頃だからさ。移し終わってんのかなって思ってよ。』

『ああ、そっちの方は終わってんだけどさ。こないだ言ったみたいに、無い物を有る様に見せるってのも大変でさ。結構苦労してんだぜ。』

『ああ、悪い々。そんでさあ、奥村の方も睦に渡り付けて来て食い付いたみたいだからよ。知らせとこうと思ってさ。』

『サンキュー。まぁ、ビシッとやりますよ。』

『ああ、また連絡すっから楽しみに待ってろよ。じゃぁ。』

陣内は、電話を切って瞳宅に急いだ。勿論、刑事を数名引き連れて・・・・・




 奈々美は本匠の張り付きをしながら、筒井瞳と二人の子供に関する情報収集にも苦労していた。今まで経験して来た離婚調査でも、いろいろなケースがあった。養育権を話し合う時に、基本的には妻の方が子供を引き取る事が圧倒的に多い。だがその過程で、たまに夫の連れ子で妻が拒否する事があったり。また、その逆の事があったりする。今回の依頼主からは、特別二人の子供に対する調査は含まれていなかった。

だがより完璧な調査報告にする為にも、奈々美はこの調査も必要不可欠だと決断していた。その決断をさせたのは、焼肉屋で聞こえて来た陣内と石川の会話である。

奈々実としては、別に筒井瞳の落ち度を探すつもりはないのだ。だが裏のビジネスをするほどの女の事は、プライベートも裏まで調べなければいけないだろう。何もなければ、それが立証出来ればそれでいいだけの話なのである。ただ今回は通常の調査ではない、筒井瞳の人間関係も複雑で危険だ。だが、慎重に調査するだけでは何も解らないままだろう。奈々美は、異母姉弟の陣内敬の関係者にも範囲を広げて調査をする事にした。





 石川は小山内専務の特命と言う形で、正仁会の奥村滋と会う事となった。流失している金額と事実確認など、まずは事態を把握する事。その一つとして、専務にカジノのオーナーである奥村と直接会う事を具申したのである。

東京タワーを見上げながら、石川は待ち合わせのシガー倶楽部へと向かった。以外と静かで、しかも秘密裏に会える場所なのである。

中に入ると、奥のソファーに深々と座った奥村が静かに手を挙げた。

石川は奥村の正面に座り、黙ったままハバナ産葉巻を取り出しフット面をライターで焦しだした。

『おおうっと、石川さんは葉巻嗜むんすね?すごいな。俺なんか場違いでまいっちゃったな。』

石川の真似をしながら、奥村も吸い口をカットしてフットを焦しだした。

『奥村さんも、少しは嗜んどいた方がいいですよ。富裕層の趣味ってやつを。』

石川は、葉巻きを吹かしながら言った。

『さて溝上本部長への貸付金の額は、どれ位まで膨らんでいるんですか?』

『まだ、九百万にも届かねぇな。そんなもんだよ。』

『どれ位通ってるんですか?二・三年くらい?』

『そうだな、今の店になってからだから七ヶ月くらいかねぇかな。』

石川は、葉巻きを吹かしながら続ける。

『まさか、無金利で貸し付けてる訳じゃないんでしょう?』

『ああ、だが金貸しじゃぁねぇからさ俺達は。』

『奥村さん、そんな事はどうでもいいでしょう?明るみになる事を嫌がる相手なのにも拘らず、何を呑気な事言ってるんですか?奥村さん、ヤクザでしょう?』

『おお。・・・・まぁ、待てよ。』

石川は続ける・・・・。

『いいですか。十倍だろうが二十倍だろうが、イカサマで嵌めようが何でも構わないんです。そんな金額じゃ、会社からお小遣い銭程度の金しか引っ張れませんよ!しっかりして下さい!』

『ああ、・・・・解ったよ。』

この時奥村は、明らかに主導権を握られている事を悟った。

『奥村さんしっかりして下さいよぉ。兎に角、早急に貸付金の額を増やしてもらわないと困ります。多ければ多い程良いんですから。ただ、物事には限度がありますからね?そこは踏まえてという事だとは、勿論解っているでしょう?』

『・・・・・ああ。』

完全に気後れしている奥村を、睨みつけながら石川は続ける。

『別に、南州製薬の人間は一人ではないでしょう?徹底的にやる時はやるんです!貴方、ヤクザなんですよね?溝上本部長以外の人間にも、貸付金が有る様に工作していますか?』

『あっ・・・・・いや・・・・・。』

たじろぐ奥村を見て、石川はUSBメモリーを手渡した。

『取締役会に出席するのは、一人だけではないのは解りますよねぇ。奥村さんのカジノに、ウチの副社長も招待して差し上げて下さい。彼も、中々のギャンブル狂です。ですが、カジノでの二人のバッティングは避けて下さい。派閥が違うので、上手くいくものも上手くいかなくなります。』

『・・・・・わかった。分かってるよ。』

『レートを上げるなり、イカサマするなり。如何なる方法を使おうが、そんな事は全く構いません。兎に角、十億を超える額面を目指して下さい。それじゃないと、僕が動いている意味がない!副社長に関する資料は、・・・・しっかりチェックしといて下さいね。』

奥村は、声も出せずに頷くだけだ。

『それから副社長の愛人にも、仮想通貨だ何だと餌は撒いてあるんで。後は任せますよ。総額で十億以上の額面にする事。約束出来ますね?』

石川は、奥村を睨みつけながら葉巻きを吹かした。

『奥村さんヤクザでしょ?あんまり手を焼かせないで下さいよ!』

奥村は、硬い表情で約束をして席を立った。

『それじゃぁ、失礼します。』

奥村は、「以前の石川って奴とは違う奴じゃねぇのか?」と訝しげに頭を捻った。

『あのホモ野郎、あんなにヤベェ奴だったっけ・・・・。』

そう呟きながら退店した。

『アンタには、しっかりと踊ってもらわなきゃなんないんだから。よろしくお願いしますよ奥村さん。』

奥村が肩を落として帰る背中を、石川は優しい目をして見送った。




 数日後、森高は久々に石川を本部長室に呼んでいた。当然、小山内専務との食事会の報告も兼ねてである。

『如何ですか?良い感じに進んでいますか?』

『はい、まだ始まったばかりですが。』

『この前、奥村から電話がありましたよ。貴方の事を、・・・・確認しにね。』

森高は、ニヤッとして言った。

『概ね順調と言いたいんですがね。奥村さんの抱えてる、溝上本部長への貸付金がまだ九百万だと言うのですよ。ですから、早急に額面を増やす様に指示してるんですがね。融さんからも、ちょっとハッパかけてやって下さい。』

『ああ、そうなんですか?しょうがないですねぇ。言っておきましょう。』

機嫌良さそうに、森高が返事をした。

『あっ、っとそれから。・・・・その額面の事で、相談したい事があります。』

『ん、・・・・・何ですか?何でも言って下さい。』

石川は、引き締まった顔で言った。

『いろんな方面から、不正流用者を作った方が良いと思います。ですので、そこに副社長を使って良いですか?それから、あと愛人も。』

森高は、不気味に笑いながら聞いた。

『・・・・・っと、言いますと?』

『これは、奥村との打ち合わせを進めているうちに思い付いたんですが。金握らせてる副社長の存在価値は、もうなくなったと思っていいでしょう?だとしたら、そろそろ融さんが表に出て行くべきなんじゃないんですか?』

石川は、一呼吸置いて続ける。

『派閥は違いますが、溝上本部長の不正流用の調査を進める。そこに、副社長も別口でやっている証拠をも掴む。それを知った新生・森高本部長派の正義の戦いを、取締役会の方々に見て・聞いて・堪能していただく。そして専務には、何食わぬ顔で「派閥を解散してまとまりましょう。」と。そんな事を言っておけば、協力せざるを得ないでしょうから。』

森高は小さく頷きながらも、石川から視線を逸らさない。

『うん、続けて下さい。』

『数億単位の不正流用ともなれば、東京地検も動き出すでしょう。動かなければこちらからリークして差し上げて、事件として扱っていただく。そしたら会長を含めて取締役会の錚々たるメンツは、何だかの責任問題になるでしょう。いや上手くいけば社長、副社長の双頭を処分できますよ。もしかしたら、役員を一掃できるかも知れません。まあそれは、あくまでも上手くいった時の話ですがね。そこまでは上手くいかなくても、役員会の面子が大幅に変わる事にはなると思います。その後の椅子取りは、専務を含めて和気藹々と進めていけばよろしいかと。』

パチパチパチパチ、拍手をして森高が言った。

『素晴らしい!エレガントなストーリーですね!』

森高の目が、キラキラと輝いているのが石川には解った。

『そこで当初は専務を嵌める予定でしたが、方向転換をした方が何かと良い方向に行きそうです。』

『ははっ、そうですね。お任せしますよ。』

『ついでにこの件で、奥村も処分出来るんですから都合良いでしょう?』

森高は、大きく頷きながら言う。

『マーベラス!流石ですよ。』

『じゃあ融さん、これで一芝居打ちます。博打好きの副社長には、奥村のカジノへのお誘いメールを送っておきました。愛人も、大層競馬がお好きなそうですしね。あのエロオヤジ、ウズウズして食い付きますよ!』

『くれぐれも、くれぐれも慎重にお願いしますよ。』

石川は、森高の目をしっかりと見て返事した。

『暫くバタつくんで連絡取りずらいですが、一日一度は定時連絡入れますんでバックアップをよろしくお願いします。』

石川は、深く一礼して本部長室を出た。

『本当に、・・・・・本当に頼もしくなりましたねぇ。惚れ惚れしますよ。』

頼もしい石川の背中を、うっとりとして森高は見送った。




 奈々美は、とある病院に人を訪ねて来ていた。一日だけだが、応援スタッフを増員して張り付きにまわってもらっている。焼肉屋での陣内の言葉を聞いて以来、どうにかして二人の子供についての証言なり証拠が欲しくて走り回っていた。

陣内の事を調べているうちに、交友関係が広い事は分かった。愛妻家であったり、姉の瞳の家に足繁く通ったりと意外な一面も分かった。

そして酒は呑むが、石川や本匠など昔馴染みの連中としか酒を呑んでいない事も分かった。そんな中数ヶ月前になるが、一人だけ昔馴染みではない人と御徒町の居酒屋で呑んでいた。まぁたまたま本匠の張り付きと陣内の張り付きを交代した時に、石川と合流して向かった居酒屋がその店だったのだが。それでいつものように陣内が、酔っ払い出したら勝手に大きな声で教えてくれたのだった。その人物が、腰の椎間板ヘルニアの手術の為にこの病院に入院しているという事を。

 奈々美は受付で対応してもらい、アルコール消毒を済ませてお目当ての患者の個室に案内された。ノックをして、ドアを開けたところで入室を許される。

『若い女性のお客さんですよ!もぅ〜隅に置けないんだからぁ!奥さんにバラしちゃいますよぉ〜。』

そんな冗談を言い合って、看護師さんは会釈をして戻って行った。

『失礼します。初めまして、原田探偵事務所の原田と申します。』

奈々美は、名詞を差し出しながら頭を下げた。六十歳位の男は、腰を庇いながらベットの上半分だけをリモコンで起こし上げた。

『そうですか、探偵さんですか。社長に、依頼されてる探偵さんですか?』

加藤は、老眼鏡を掛けて名刺を見ながら言った。

『はい、筒井靖久さんに奥さんの瞳さんの調査を依頼されています。今日はその瞳さんの事で、お伺いしたい事が御座いましてお邪魔致しました。』

加藤は、苦笑いをしながら頭を掻いた。

『そうですか。ふぅ〜っという事は、優樹君と葵ちゃんの事で私の所にいらっしゃったっという事ですね。』

あまりにも真っ直ぐな目と言葉で、奈々美は言葉を詰まらせた。

『あっ・・・まっまさにその事で、今日お邪魔した次第です。』

加藤は、優しい目をして奈々美を見た。

『まだお若いのに、探偵事務所の所長さんかい?すごいねぇ。じゃあ家内が買い物に行ってるうちに、・・・・・話し難い事を話しとこうか。・・・・ねぇ。』

そう言うと加藤は、ベット横にあるパイス椅子に座るよう奈々美に勧めた。

『いやぁ私もね、昔っから知ってた訳じゃないんだよ。知ったのは、ここ数ヶ月前の事でしてね。』

奈々美は、パイプ椅子に座りながら言った。

『御徒町の、・・・・・居酒屋で聞いたんですね?』

加藤は、驚きながらも続る。

『金田一さんみたいだねぇ。そうその時に聞いたんだよ。陣内君も最近聞いたみたいでしてね。まぁ陣内君の場合は、直接瞳ちゃんに問いただしたみたいですよ。何で隠していたんだってね。瞳ちゃんも認めた上で、話し合ったって言ってましたよ。だけど、肝心の社長が知らないまんまっていうのもね。』

奈々美は、頷きながら同意した。

『そうですね。』

『そうそれで私がねぇ、社長に勧めたんですよ。探偵さんに頼んで、しっかり調べてもらう様に勧めたんです。流石に私の口からは、言える事ではないんでね。』

『そうだったんですか。』

『どうです?・・・・・離婚問題だけで済んでいますか?』

奈々美は、参ったっと言う感じで照れながら聞いた。

『という事は、瞳さんの裏のビジネスの事まで全て御存知だったんですねぇ?』

加藤も、苦笑いして気まずそうだ。

『加藤さんは全てを御存知なんだという事で、言っておいた方が良いと判断しましたんで言っておきます。自体は結構緊迫しておりまして、瞳さんのマンション前には連日恵比寿署の刑事が張り込んでいます。加藤さんは理由を御存知だと思いますんで端折りますが、離婚の話し合いどころではなくなっています。そんな中お子さんの父親の情報を聞き、こちらにお伺いした次第なんです。』

加藤は、悲しそうな目をして返した。

『そうですか。そんな事になってしまいましたか。まぁ、私はもう暫く退院出来ないんで、社長にも瞳ちゃんにも何もしてあげる事が出来ません。ですが、どうかよろしくお願いします。原田さん。』

腰が悪いにも拘らず、加藤は深く頭を下げた。そんな加藤を、奈々美は愛おしく感じ早めに失礼する事にした。

『あまり長居するのも何なんで、これで失礼させていただきます。』

奈々美も、深くお辞儀をして病室を出た。奈々美は加藤に、古いタイプの日本人の心の広さを感じながら帰路に着いた。そして、現実的な対応を考える。

『さて、どういう風に報告しようかなぁ?筒井さん傷つくだろうなぁ。』

この事実を「傷つけないで報告なんて出来るのかなぁ?」、そんな事を思う奈々美であった。

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