第19話 白エプロンとバイト探し
会社から家に戻ると、先に帰っていた美来が、白いエプロン姿で出迎えてくれた。
長い髪の毛を後ろで括ってあって、
エプロンの下は白のタンクトップと短いパンツ姿で、正直に言って艶めかしくて目のやり場に困ってしまう。
胸もとは相変わらずはち切れんばかりだし、白い素足は瑞瑞しくて水玉が飛び出してきそうだ。
もしかして今日一日この恰好で……?
そんな想像をして、背中から冷や汗が滴り落ちる。
疲れてぼやけていた頭が、いっぺんに覚醒モードへと移行する。
「今揚げ物をしてるから。お風呂湧いてるよ」
「……ああ、ありがとう。助かるよ」
お言葉に甘えて、先に風呂に浸からせてもらう。
じんわりと温まって体を洗ってから、洗面所で体を拭いていると、洗面台の上に今までなかった色違いの歯ブラシが置いてあった。
何だか新婚さんか同棲中のカップルみたいだなと一瞬想像してしまい、さっとそんな妄想を頭から振り払う。
美来はあくまで居場所を貸しているだけ、今だけの一次的な間柄なんだ。
そう自分で自分に説教をしてからリビングに戻ると、テーブルの上には小金色に輝く鳥唐が山積みにされていて、野菜サラダと具沢山のスープも並んでいた。
「ハイカラっていうくらいだから、今日はハイボールがいいよね!?」
どこでそんな言葉を覚えたのか。
俺の返事も待たずに、美来はキッチンに立って、仕舞ってあったウィスキーと氷、それにソーダ水を混ぜ合わせている。
そんなの作ったこと無いはずだろうに、ひょうひょうとこなしている。
「はい、かんぱ~い!」
美来がグラスを合わせてきて、薄い琥珀色のしゅわしゅわを口に流しこむ。
いい飲みっぷりだな、結構いける口かもな。
こっちもつられて、一口、二口と泡の感触を楽しんでいく。
甘くてジューシーな熱々唐揚げを頬張りながら、冷えたハイボールを口に流しこむ。
結構濃い口だ、何故か美来とは趣味が合うようだ。
じんわりと体の緊張が解れて、今日一日の疲れが消え入っていくようだ。
「なあ美来、お前その格好で、今日外出したのか?」
「え、違うけど? これは部屋着だから、外には別の服で行ったけど、なんで?」
そうか、念のために訊いてみたのだけど、少しほっとした。
扇情的ともいえるこの恰好で外に出たりすると、どこからどんな声が掛かるか分かったものではない。
「いや、ちょっと露出が多いかなって」
「そうかな? だって暑いから。ねえもしかして、心配してくれたの?」
「い、いや、別に……」
「安心して。こんなの、小暮さんの前でだけだからさ」
そんな男心をくすぐるような言葉を編みながら、にんまりと頬を緩める美来。
こいつもしかして、確信犯か?
これで俺が喜ぶとでも思っているのだろうかと、疑ってしまう。
「ねえ、ちょっとは私のこと、女として見てくれた?」
「……美味いな、唐揚げ。揚げ加減が抜群だ」
「あ~、今誤魔化したあ!」
……まあ実際、悪い気はしていないのだけれどもな。
ついちらちらと、美来の顔から下の方に、目線を動かしてしまう。
いやいや、同居人をそんな目で見るのは、ルール違反だな、うん。
ざっとハイボールを流し込むとグラスが空になったので、今度は自分でもっと濃いやつを造りにキッチンに立って、自分を落ち着かせる。
目の前に座る美来を真っすぐに見れない中で夕食を終えると、「ところでね」と彼女が話し掛けてきた。
「バイトの応募先を、いくつか見つけたんだけど」
「へえ、そうか。どんなとこだ?」
スマホにブックマークした先を順番に見せてもらって、その中の一つに、
「これ、カイナン百貨店?」
「そう。アパレル関係の裏方や販売員を募集しているらしくて。やりたいことにも近いし、結構時給もいいんだ」
カイナン百貨店は、今度取材をする仙崎社長が率いる海南グループの傘下で、都内の一等地にも店舗を構える。
そこがアルバイトを募集中らしい。
「そっか。いい所に決まるといいな」
「うん。頑張ってみるね」
そう話しながら嬉しそうに振舞う美来だけど、ふと気になっていたことが頭を過った。
「なあ美来、ちょっと訊いていいか?」
「なに?」
「前のバイトって、何でクビになったんだ?」
訊いてよかったのかどうかは分からない。
あまり思い出したくなかったのか、美来の表情が暗く沈んでいくのを目にして、後悔の二文字が頭に浮かんだ。
「あの、答えたくなかったら、別にそれでもいいからさ」
そう伝えると、美来は首を横に振って、俯いたままで言葉を発した。
「バイト先の店長がね、その…… セクハラっていうか…… 色々と迫ってきて…… それを断っていたら、なぜかみんなに嫌われて、いづらくなったっていうか……」
「……そうなのか?」
「うん。お店のレジのお金が少ないってことが分かった時、なぜか私の責任にされてね。それでさよなら~って。もちろん、全然身に覚えはないんだよ。でも多分、そのせいで……」
「なんだよそれ、酷い話だなあ」
腹の底がふつふつと熱くなってくるけれど、実際にこういうことは、外でも耳にする。
セクハラは何があったか証明することが難しくて、弱い方が泣き寝入りするケースも多いのだという。
「それで、他のバイトをたくさん入れたりしたんだけど、体を壊しちゃってね。それでどうにもならなくなって」
それで、あの公園にいたっていうことか。
美来がしようとしていたことがいいことだとは思わない。
けれどだからといって、彼女のことを嫌いにはなれない。
そんな彼女にあの日あの時出会えた、こんな俺でも何かの役に立てたのだったら、それだけで取材に行った意味があったように思う。
「苦労したんだな。今は安心して、ここにいていいから」
「うん、ありがとう」
美来は少し涙ぐみながらも、軽く笑みを浮かべて小さく頷いた。
「ところでさ、俺今度、海南グループの仙崎社長に取材をするんだよ。カイナン百貨店もその人の会社の一部だよ」
少し話題を変えたくて、そんな話を持ち出してみた。
「え、そうなの?」
「うん。色々と調べてみてるけど、その会社は顧客満足度は高めだし、従業員からクレームがあって紛争になったって話も聞かない。だからいい会社なんじゃないかな」
「凄いね、小暮さん。そんな会社の社長さんと会うなんて」
「俺は別にそうでもないさ。会社の先輩が社長と面識があってさ、それで紹介してもらっただけだよ」
「そっかあ。じゃあそこ、頑張って受けてみるよ」
「うん。上手くいったら、お祝いしよう」
その日はその後も話が弾んで、取っておいたウィスキーの瓶を空にしながら、夜遅くまで二人で話しこんだ。
美来はやっぱりお酒が強くて、少し顔が赤くなるだけで、ずっと普通に喋っていたんだ。
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