偶然知り合った訳あり美人女子大生と一緒に住むことになりました

まさ

第1話 また無茶ぶりかあ

「えええええ!? そんなの無理っすよ、綾子さん!」


 陽光が降り注ぐ窓際に沿って責任者用のデスクが並び、その前にはお見合いのように対面してぴったりとくっついたデスクが長い列を作っている。

 どこも雑然としてカオス状態で、ノートパソコンが雑誌の山に埋もれていたり、細かな活字が並ぶペーパーが散乱していたり、食べかけのカップ麺が置かれて出汁の匂いが周りを浸食していたりする。


 けれど、今目の前にあるデスクだけは整然と片付いていて、そこに座る長い髪の黒縁眼鏡の女性は、窓から差し込む光を後光のように受けて、女神様のように儚く美しく見える。

 のだけれど、この人はそんな優し気な外見とは真反対に、時々悪魔のような表情をちらつかせて、色々と遠慮なく無茶ブリをしてくるのだ。


 そんな中でも今回の依頼は格別で、すぐ傍にいる中年男性社員や若者イケメン社員が、一瞬目を向けるほどのトーンで反論の声を上げてしまった。


「頼むよ、小暮君! 社会部からピンチヒッターをお願いされたんだけど、こっちも今は手がいっぱいでさ。丁度入稿が終ったばかりの君しか、頼れる奴がいないんだ!」


 合掌を端正に整った顔の前で作って、上目使いで懇願の顔を向けてくる。

 全く、今までこの甘い顔のせいで、何度修羅場をくぐったことか……


 けれど、俺がこの人の頼みを断るのは難しい。

 大学を卒業して入社した会社が超ブラックで、元々コミュ障だった俺は全く馴染めずに三か月後には体と心を病んでしまって、長期休暇の末に解雇になった。

 この人はそんな俺のことを、拾ってくれたんだ。


 織部綾子おりべあやこさん、大学の二つ上の先輩で、サークル活動である文芸部『あじさい』で知り合った。

 清楚系美人で大人しくに見える反面、サバサバとして面倒見がよくて。

 しかも、超がつくほどの巨乳なのだけど。


 飲み会で酔った輩からそこをつっこまれても、軽く受け流してそいつのでかい鼻を上げ足にして、「君のその鼻もでかいけど、女性とキスするのに困らないか?」とさらっと返すきっぷの良さ。


 そんな外見と性格もあって、大学の中でも有名人だった。


 卒業後にたまたま文芸部のOB会があってそこで彼女に再会して、優しい笑顔にほだされて洗いざらいをぶちまけた。

 すると、


「うちの会社、今嘱託社員を募集しているんだよ。取材して記事を書いてもらうんだけど、興味あるかい?」


 そんな言葉をくれて。

 心身ともぼろぼろで職も失っていた俺は、すぐにそれに飛びついた。

 以来約三年、今はここ、都内の一棟建てビルに居を構える『カノカワ出版株式会社』で、今年から文化部第一課課長に抜てきされた彼女と一緒に、嘱託社員として働いている。


 もっぱら文化部の仕事として、地方を旅して地元文化やご当地グルメに触れたり、著名人にインタビューをして記事にすることが多いのだけれど、

 たまに社会部や政治部、エンタメを扱う総合部といった別の部門からの仕事も舞い込んでくる。

 どこも人手が足りないので、お互いに融通しあっているのだ。

 

 俺は仕事を選べる立場でもないし、色々なことができるのは面白い。

 けど今回の依頼は、どう見てみても俺には向いていないんだ。


「頼むよ、受けてくれたら今度飯でも奢るよ? それに今回は、助っ人もつけるからさ」


「……助っ人?」


「ああ。今年入社した女性社員だけれど、なかなか見どころがある子だ。今回は男である君だけよりも、女性もいて二人の方がやりやすいと思う。けど彼女はまだ経験が薄いから、そこは君に助けてやって欲しんだ」


 ―― なんだ、結局は新人の御守りってことか?

 そんな役目を、くたびれた嘱託社員に任せていいのかよと言い返したいけど、まあそれは今度飯を奢ってもらう時までとっておこう。


「……分かりました。けど俺には不得意な分野なので、あまり期待はしないで下さい」


「ははっ!? この前もそう言いながら、刑務所の受刑者への取材でいい記事を書いていたじゃないか。まあ今回も何とかなるって!」


 いや、それとこれとは全然違うでしょと言いたかったけど、ひとまずそれはゴクリと飲み干した。


「お~い、影山君!!」


「はい!!」


 綾子さんが高らかに声を上げると、俺の背中の後ろから、若々しくて透き通る声が返ってきた。


「お呼びですか?」


 綾子さんに呼ばれて俺のすぐ真横に姿を見せたのは、さらさらのピンクブラウンの毛髪が肩口で揺れる、小柄でスレンダーな女性だ。

 白いシャツに紺色のパンツスーツ姿は、ここ文化部のフロアの中ではかなり異質だ。

 ここでは何日も同じ色のジーパンを履いていたり、寝ぐせのついた髪を気にしない面子がはびこっている。

 その初初しさが、このケイアティックな毎日の中で、果たしていつまでもつのか……


 同じフロアにいるのは知っていたけれど、こうして絡むのは初めてだ。


「こちら、小暮隆一こぐれりゅういち君。今回の仕事の君のパートナーだよ」


 綾子さんが俺のことを紹介すると、その子はぱっと笑って、俺の方にくるりと向き直った。


「どうも初めまして。私、影山瑠奈かげやまるなです。よろしくお願いします!」


「ああ、小暮隆一です。こちらこそよろしくお願いします……」


 目がくりくりとしていてとても可愛らしい。

 天真爛漫の言葉がぴったりはまりそうな子だ。

 こんな子が、今回の仕事ができるのか……?


「じゃあ後は任せたよ。二人で話し合ってやり方は適当に決めてくれ」


 ―― やっぱり鬼だな、この人は……

 きらきらの笑みの綾子さんにそう言い放たれて、俺は何とも絶望的な気分になる。


 気は進まないけれど、これだけ外堀を埋められていては、どうしようもない。

 それに、あまり仕事の選り好みをして、嫌われて雇用契約を切られても困るのだ。


 ひとまず、影山さんのデスクの脇で腰を下ろす。

 他のデスクと同じように、彼女のデスクの上も書類やお菓子の包装紙なんかで、物の置き場が無いような状態だ。


「ごめんなさい、ちらかってて。昨日の夜にやっと原稿を上げることができて、そのままで」


「いや、気にしなくていいよ。昨日は遅かったんだね?」


「はい。初めて任せてもらった老舗蕎麦屋の記事を書いていて、帰ったのは終電前で。それで今日の朝この話を聞いたんです」


 なるほど、見ようによっては、ここは俺の元職場にも負けないほどのハードワークなのだ。

 けれど、ここではいわゆるPハラのような人権無視の扱いや罵詈雑言は受けたことがないので、みんな忙しいながらも好きなように仕事に打ち込めているのだろう。


「じゃあ、今から取材に行きましょうか?」


「え、今から?」


「はい。あまり時間も無いので、早い方がいいですよね!?」


 影山さんはそう笑いながら言うけれど、俺はとても気が重たい。

 今回の取材対象は女性たちなのだけれど、ただでさえコミュ障の俺は、女性との会話になど全く慣れていなくて。

 そこへの飛び込み取材など、真冬に富士の頂きに昇るほどに高い障壁を感じてしまう。


 しかもその相手は、都内某所で立ち並んで、男性との出逢いを求めている女性たち。

 それは純粋な恋愛とか出逢いとかではなくて、割り切ったお金と体の関係。


 いわゆる立ちんぼと呼ばれる女性たちだ。

 そこには、生い立ちや経済事情や価値観とか、色々な人生模様が渦巻いているはず。

 生の声を聴いて記事にして、社会問題として一石を投じるのが狙いということなのだけど、果たしてそんな話、こんな俺とまだ学生のような新人とで、上手く訊きだせるのだろうかな……?

 




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