ハロウィーン1

 収穫祭ハロウィーンは、死した魂が、冥界から帰ってくると言われている日だ。

 だからこの日は火を焚いて、現世へ帰ってくる魂が迷わないよう導き、亡くなった家族や友人の霊と一緒にご馳走を食べる。


 ココは収穫祭ハロウィーン前日、ノアと厨房に残ってせっせと準備に勤しんでいた。

 まずはボウルに卵白と砂糖を入れ、しっかり泡立てる。そこへ薄力粉、溶かしたバターを加えさらにかきまぜ、しっかり混ざったら、油を塗った天板に、生地を手のひら大に薄くのばしてのせる。あとは、少量残った生地にココアパウダーを混ぜ、袋から絞り出すようにして、先ほどのばした生地にジャック・オー・ランタンの顔を描いた。


「うわ、こわ」


 ノアがココの手元を覗きながら呟いた。


「え? こわい? どこが?」


 弟のヘーゼルなら絶対喜んでくれるところなのに。ノアはちょっと感性が変わってるんだな。

 と思いながら、ココはジャックたちを熱々のオーブンへ入れた。


「ところでノア。そっちは順調?」


 ノアは羽ペンを持ち紙切れと格闘していた。その顔はいつになくウキウキしている。


「おう、任せとけ。おれ、こういうの得意みたいだ」


 ノアは意気揚々と紙切れに文字を書きこんでいた。

 

◇ ◇ ◇

 

 いよいよ収穫祭ハロウィーン当日。

 大学のメイン通りには、学生や街の商人たちの露店がずらりと並んでいた。

 ココとノアも、その一画で店を開く。ちなみにミランダおばさんは、家族と収穫祭を祝いたいということでお休みだ。


 さて、売り出すのは、『占い入りクッキーフォーチュン・クッキー』である。


 ジャック・オー・ランタンの顔が描かれたクッキーの中に、ノアの書いた占いの紙が入っている、お菓子としてはシンプルなものだが、ココたちの店は開店するやいなや、瞬く間に多くの客が訪れる繁盛店となった。


 というのも、まずクッキーに描かれている顔が、子どもが泣きだすほどにキモコワ珍妙極まりないと噂になり、さらにその噂を聞きつけ『占い入りクッキーフォーチュン・クッキー』を買っていった客たちが、クッキーの中に入っている占いもこれまた一風変わっていて面白い、と評判を広めてくれたのだ。


「それ、一つ頂けるかしら」


 大勢の学生に混じってマダム、おそらく街に住む富裕層と思われる人もやってくる。ただこのマダム、どこかで見たような気もするが、もし想像している人なら眼鏡をかけているはずだし、こんなに派手な人ではなかった。


(人違いだよね)


 そう思って他の客と同じように接していたところ、


「あなたは食堂の料理人さんだそうね。知り合いが仕事を探してるのだけど、あなたはどうやってその仕事を得たの?」


 なぜか、自分のことを根掘り葉掘り聞いてくる。

 不審に感じたココが、忙しいふりをして適当にあしらっていると、そのうちマダムは諦めた様子で店の前から姿を消した。

 何だかよく分からない人だったが、街の人には興味はない。ココが興味があるのは学生だった。


「おい、この調子だと完売も早いんじゃないか」


 『占い入りクッキーフォーチュン・クッキー』は予想を上回る売れ行きだった。


「でもさあ。ココって占い苦手じゃなかったか? 何で苦手なものやろうと思ったんだ?」

「占いが好きな人って、他の占いにも引き寄せられるものでしょ」

「んん? どゆこと?」

「占いクッキーを買ってくれるお客さんは、サルヴィエの占いもやったことのある可能性が高い。ってことだよ」

「なるほど。占い好きを集めて、サルヴィエの情報を聞き出そうってことだな」


 占い師サルヴィエのゆくえは依然、知れないまま。大学や警吏は、学生からサルヴィエの情報を集めようとしているようだが、学生たちからしてみれば、下手なことを話して自分まで疑われることになってはかなわない。みんなサルヴィエに関することを聞かれてもだんまりを決め込んでいるらしかった。


 ココはやはり、サルヴィエのことが気になっていた。別に退学になった学生たちのためというわけではない。ココはただ単純に、奴が学生たちにしたことの、理由が知りたかったのだ。愉快犯だとしても、何がきっかけで、なぜ女学生ばかり狙っていたのか、その理由、動機が知りたい。

 大学も警吏も占い師を見つけられないのなら、自分で見つけるしかない。


 そこでこの『占い入りクッキーフォーチュン・クッキー』である。


 この大きな大学の中で、占い師サルヴィエの情報を持った学生と出会うためには、占い好きを一ヶ所に集めればいい。そして占い好きが集まる場所は、当然占いをやっているところだ。

 ココの予想通り、店にやってきた客のなかにはちらほらサルヴィエの話をする者がいた。ココとノアは、怪しまれないよう、それとなく学生たちにサルヴィエのことを尋ねてみた。


 結果。


 占い師サルヴィエが現れるのは、決まって夜。いつも長いローブですっぽり体を隠し、手には手袋、顔は仮面で隠していて、肌の露出は全くない。会話は全て筆記で声を聞いた者はいなかった。さらに筆跡も毎度変えるという徹底ぶりだそう。


(でもこれくらいのことは、さすがに大学も把握してるだろうしな)


 もう少し情報が欲しいところ。

 だが。

 『占い入りクッキーフォーチュン・クッキー』、完売。


「ぬわああ」


 予想を上回る勢いで売れ続けた『占い入りクッキーフォーチュン・クッキー』は、早くも十三時には全て売り切れてしまった。


「まあ、いいことじゃんか」


 ノアの言うとおり、自分の作ったお菓子がたくさん売れたことは喜ばしいことではある。それに情報源はまだ有力な人物が残っていた。マリー・ビッツである。

 彼女とは今日の夜開かれる、舞踏会で会う予定になっている。彼女も占い師に直接接触している人物だ。何か彼女しか知らないことも知っているかもしれない。


 ココたちは早めに店を撤収した。

 夜の舞踏会まではまだ時間があるので、他店の出し物に興じて余った時間をつぶすことにした。

 

 多種多様な店が軒を連ねるなか、二人がまず挑むことにしたのは、収穫祭ハロウィーンの伝統的なゲーム、「りんご取り競争アップル・ボビング」だ。

 これは水を張った大きなたらいにりんごを浮かべ、それを口で取るゲームである。基本的には何人かで一緒にやり、誰が一番早く取れるか競い合う。

 ココとノアは二人で勝負することにした。


「よーい、はじめ!」


 店主の掛け声と同時に、ココとノアがたらいに顔を突っ込んだ。

 ノアは意外と口が小さいのか顎の力が弱いのか、顔が水びだしになるばかり。一方のココは、何度かりんごに逃げられながらも、ノアより早く、しかもかなり大きなりんごをくわえ上げた。


「やるねえ、嬢ちゃん」


 周りの客から拍手があがる。

 もらったりんごをかじりながら、二人は再び露店が立ち並ぶ通りを見て周った。

 メレンゲで作ったお化けに、紅茶漬けの果物が入ったケーキバームブラック、血のように真っ赤なカップケーキはベリーで色付けしてあるらしい。ココは、それらのお菓子を少しずつ買っておいた。本当は今すぐにでも食べたいが、我慢する。夜に開催される舞踏会では、王宮の厨房から料理が振る舞われることになっているのだ。こんな機会、お腹をすかせておかないともったいない。


「そういや、これ取っておいたんだ。ココの分」


 そろそろ宿舎に戻ろかというとき、ノアが『占い入りクッキーフォーチュン・クッキー』を渡してきた。


「私はいいよ。誰か他の人にあげて」

「そんなつまんねーこと言うなよ」


 ノアはぐいと『占い入りクッキーフォーチュン・クッキー』を押し付けてくる。

 仕方なく、ココはクッキーを受け取った。ノアが、早く中を見ろ、と言わんばかりにワクワクした目をこちらに向けてくる。ココは小さく嘆息すると、クッキーを割って中の占いを見てみた。


『あなたは近々、風邪を引くでしょう』


「……なんか不吉なこと書いてある。どうせならもっと良いこと書いてよ」

「何言ってんだ。良いことばっかの占いなんて面白くないだろ」


 でも大丈夫、とノアは微笑む。


「そういうこと言う奴のために、裏に回避策を書いておいたんだ」


 とノアは胸を張るので、ココは紙きれを裏返してみた。


『回避策:王子様との口づけ』


 ココは瞬時に紙切れを握りつぶした。


「こんなの絶対無理でしょうがあ!」

「なっ、わっかんねえだろ。 そこの蛙が王子様かもしんないじゃんか!」


 とノアは、近くの草むらにいた、でっかいガマガエルを指さす。


「そんなの、どの蛙が王子様か分かんないよ。やだよ。王子様にあたるまで蛙に口づけしてまわるなんて」

「んだよ。わかったよ。なら占い書き換えてやるよ。だからもう、舞踏会の準備しに戻るぞ」


 元も子もないことを言うノアに引きずられ、ココは宿舎に戻った。


 


 夜の舞踏会。

 大学関係者であれば誰でも参加することができるが、会場に入るには仮装が必須であった。

 収穫祭ハロウィーンに帰ってくる霊は良い霊だけとは限らない。中には悪霊も混じっているため、そういった悪い霊にいたずらされないように、自分たちもお化けの恰好をして悪霊から身を隠すのである。


 化粧はノアがしてくれるというので、ココはまず自分の部屋で、仮装用の衣装に着替えてからノアの部屋に向かった。


「おま……。それで行く気か?」


 ココが着てきたのは、死んだ祖母のワンピースである。


「うん。これ着てると、よく魔女って言われるからちょうどい――」

「却下だ」

「何でよ」

「今日は収穫祭ハロウィーンだぞ。今日は誰でも、何にだってなれる日だ。おまえは、何かなってみたいもの、ないのかよ」

「でも、私これ以外に服持ってないし……」


 ノアは嘆息すると、クローゼットを開ける。中にはずらりと、多種多彩な衣装が入っていた。


「どうしたのこれ」

「まあ、小姓時代の伝手でちょっとな。そんなことより、ほら、なりたいもの言ってみろよ」


 困ったココは、本棚に目を向ける。

 並んだ本の背表紙。その中で一番目を引いたものを、呟いた。

 

 

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