困ったときは茸をむしろう

 ココは早朝からブルーノ料理店へお勤めに来ていた。はずだったのだが。

 料理店の入り口に貼り紙がある。


『売却済』と。


 慌てて窓から覗いた店内は、がらんとしていた。ブルーノが朝いないのはいつものことだが、テーブルや椅子すらもない。


「そんな……どうして」


 ココは隣の店へ駆け込む。


「ああ、ブルーノさん店を売っちまったんだよ。もっと大きな街へ行くんだと。あんた知らなかったのかい?」


 昨日は日曜で店は休みだった。たった一日で何があったというのだろう。

 放心状態でうなだれるココ。その視線の先、足元の地面では、働き蟻たちがせっせと獲物を運んでいた。


(あ、蟻さんだ……)


 蟻にすら仕事があるというのに、自分は。

 無職になってしまった。


 ココは放心状態のままふらふらと家に戻った。

 



 家に帰ってきたココは、一直線にキッチンへ向かう。キッチンにはたくさんの植物やきのこが生えていた。食用、兼観賞用だ。キッチンだけではない。ココの家の中はさながら森のようであった。


 ココはその大切に育てているきのこたちをいくつかむしる。そして居間の長椅子に腰かけると、そのきのこをむしっむしっと手でさいていく。


 気持ちを落ち着けたいときはこれが一番だ。一見、無意味に思える行為だが、実はそうでもない。心がすっきりするころにはきのこが食べやすい大きさになっている。


 無心できのこをさいているココのとなりに、七歳になる双子の妹、リリとララが心配そうな様子でやってきた。

 お姉ちゃん、とココを見上げる。


「どうしたの? おしごとは?」

「きょうはお休み?」


 そこへ、十ニ歳になる弟のヘーゼルも居間にやって来た。いつも氷のように冷めた彼の瞳が、わずかにゆれている。

 ココがきのこをむしるときは食べるときか、困ったことがあったとき。現在、後者であることは弟妹きょうだいたちにはお見通しであった。


「実は、お姉ちゃん……仕事をなくしました」


 ココは事の次第を三人に告げた。弟も妹たちも衝撃を受けた顔をしている。


「おねえちゃん、ぬすみ食い見つかっちゃったの?」

「がまんできなかった?」


 幼気な瞳で見つめてくるリリとララ。


「……いや、お姉ちゃん。盗み食いはしてないよ?」


 何で、姉が常習的に盗み食いしてた設定になっているのだろう。いったい姉をどんな人間だと思ってんだ。妹よ。

 というかそもそも今回のことは自分に原因があってクビになったわけではない。店がなくなって仕事を失っただけだ。これは大きな違いである。


 一方、弟のヘーゼルはしばらく冷めた瞳でじっとココを見つめていたが、すっとキッチンに消えたかと思うとなにやらカップを持って戻ってきた。

 差し出されたカップには暖かいお茶。

 ココは思わず涙が出そうになる。

 その茶を受け取って、これからのことを考えた。


 さて。どうしたものだろう。


 遠くへ出稼ぎに出ている母も、仕送りはしてくれているが、それだけではとても姉弟きょうだい四人食べていけない。自分が働くしかないわけだが、この町の料理店はブルーノ店以外すでに門前払い済み。仮に仕事を変えたとしても、新たな職を探すとなると一筋縄ではいかないだろう。


 茶を飲み終えたココがまたきのこむしりを再開したとき、ヘーゼルが窓の外に目をやった。


「姉さん。表に変な人が来てるけど」


 ココは手元のきのこから目を上げる。


(変な人……)


 ココは勢いよく立ち上がった。


「私が出る。あんたたちはここで待ってなさい」


 ココはツカツカと玄関に向かう。

 そして、玄関の扉をわずかに開け言った。


「あの、もううちきのこ教に入ってるんで。新しい宗教はちょっと……」


 そう言って扉を閉める。が閉まらない。


「違う違う!」


 来訪者が叫ぶ。構わず扉を引くが、外から物凄い力で抵抗されている。


 とうとうココは根負け、いや腕力負けした。扉が全開になる。見上げると、明るい陽の光の下立っていたのは、あの白髪碧眼の青年だった。

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