ゾンビを狩ってガチャを引く!?社畜の俺が生き延びるためのサバイバル戦略
UFOのソース味
第1話
俺はひとり膝を抱えている。
硬い床に長時間座っていたからか断続的に続いていた腰の痛みは、限界を通り越して足の感覚がない。それでも、そんなことは気にもせず、じっと耐えている。
リビングの真ん中に仰向けに女性が倒れている。倒れているというよりは死んでいるというのに、未だに彼女のいない現実を受け入れることができない。羽虫が飛んでいる。この季節だからか、死体にはもう虫がたかっていた。
彼女は恋人だった。幸せの絶頂に変わり果ててしまった結衣は、血溜まりに沈んでいる。もう、あの心配そうに見つめてくれた眼差しも、ボケればなんでも笑ってくれた優しさも、その手の温もりさえも二度と感じることはできない。泣いても、泣いても、とめどなく溢れ続ける涙は治ることを知らない。そのまま身体中の水分が流れ切るまで止まらないのではないかと思うくらいに。
そうして時間も忘れ堂々巡りのように、じっと考えている。どうしてこうなってしまったのか。頭のなかをグルグル回っている。
「おい、月城、その客、1時間で押し込んでこい。別の客から反響が入ってるから」
「承知いたしました」
「今日だけで、お前に5本も案内当ててんだから全部決めてこいよ。店舗で一番案内当たってんだからな。全部決めてくるまで帰ってくんな」
「はい」
「あ、佐藤も一緒に連れて行け。後輩の前でカッコ悪いとこ見せんなよ。死んでも決めてこい」
店長にどやされながら壁にかかっている時計をチラリと見れば、12時を過ぎようとしている。客とは12時30分に物件現地での待ち合わせのため、そろそろ車に乗っていないと間に合わない。慌てて鞄を取り、クリアファイルに入れてある物件資料を適当に放り込む。一歩外に出れば、回れ右したくなるほどの熱気に身体を包まれた。
「こんなに暑いのに、働かされるなんて頭おかしいわ。しかも、もう6月の終わりやのに、今月入ってから、まともに1日も休めてないんやけど。ま、それはいまに始まったことじゃないけど」
「結衣は昨日休みもらえたよ?」
「ええなぁ、可愛い女の子は簡単に休みもらえるから。もし生まれ変わることがあったら、今度は女の子になろ」
「毎日化粧しなあかんし、毎月、生理もあるし、飲み会があったらセクハラされるし、それでも女の子になりたいんか?」
「いや、やっぱりやめとくわ」
ドアを開け素早くエンジンをかける。ムッとした生暖かい空気に耐えかねて、すべてのウィンドウを全開にする。そして冷房を最大にして待ち合わせ場所の物件現地まで車を飛ばした。大通りは路上駐車が目立った。ホテルはどこも満室のため、あぶれた人々は車中泊をして生活を凌いでいるらしい。
「東京のニュース見た?いま大変らしいよ」
助手席に座る結衣を見る。白いブラウスに黒のスキニーパンツ、社会人として標準的な格好をしている。この服の中まで確認したことがあるのは俺だけだと思うと、沸々と優越感が湧き上がってくる。
「え、無視?」
「ごめん、めちゃくちゃぼんやりしてた」
「どうせ、変なこと考えてたんでしょ。今日の夜のこととか」
「あはは、それはどうかなー?」
今日は久しぶりに飲み会のない日になりそうだ。毎日出勤して、毎日飲みにいく。あまりのハードスケジュールに肝臓と頭がおかしくなりそうになるけれど、二人でいる時だけは忘れられていた。一種の精神安定剤かもしれない。
裏道を使っては渋滞をかわし、どうにか物件まで辿り着くと、すでに客は待っていた。車から降り、わざとらしく駆け寄る。
「大変お待たせいたしました。本日はよろしくお願いいたします。月城と申します。こちらは研修で同行している佐藤です」
「よろしくお願いいたします」
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」
客は一人だった。今日は気温29度と夏日なのに、上下にスーツを着てネクタイまで締めている。おかしな人だとも思ったが、過去にも仕事の途中に抜け出して内覧に来た客もいたから、そこまで不自然に思わず室内へと誘導していく。
「では、さっそく見ていきましょうか。ちなみに今日はどちらから来られたんですか?」
「昨日の夜にやっと大阪に着いたんです。電車も高速道路も封鎖されているので、千葉から下道で車を走らせてきました。渋滞の影響もあって、2日ぐらいかかりましたかね」
客は溢れる汗をハンカチで拭いながらついてくる。いっそのこと上だけでも脱げばいいのにと思いはしたが、別にどうでもよかったので特に気にせず、案内予定の部屋の前に立ち止まった。
「それは大変でしたね」
「ええ、もう二度と同じことはしたくないです」
「じゃあ、大阪は初めてなんですか?」
会話を続けながら案内用の鍵を探し、玄関を開け、スリッパを揃える。頭上にあるブレーカーをあげるといつもなら電気が点くはずなのに暗いままだった。
「いえ、もともと出身は大阪なので、ある程度は土地勘があるんですよ。ただ関東が長かったので、結構忘れているかもしれません」
「そうだったんですね。あれ、ちょっと電気がつかないみたいなので、カーテンを開けてきます。暗かったらお手数なんですけど、スマホのライトで足元とか照らしてもらえたらと思います」
「わかりました」
1LDK、築15年、キッチンは外付け、エアコンは別途購入が必要と、なかなか選ばれにくい物件ではあるものの、オーナーがボケてるのか、それとも良心からか、一斉に値上がりしている家賃相場のなか、最寄り駅から徒歩5分で共益費込み5万円という破格の家賃だった。けど悲しいかな、すでに一番手の申し込みが入っているため、キャンセルか審査落ち待つ形になってしまう。
「ここって、ほかの物件よりもかなり安いですよね」
「ですね。最近は東京のこともあったので、ひどいところだと倍以上に家賃を上げてる物件も結構あります。そういう意味ではかなりお得かなと思いますね」
「事故物件じゃないですよね?」
「事故物件なら、怖くて私が内覧できないので紹介しませんよ」
「あはは、そうですか」
結衣は客を俺と挟むようにして、最後尾についてきていた。某RPGゲームみたいだなとも思いながら、いつものように話を進めていく。
「いま、関東の方だと感染症とかも流行っているので、住宅街にある方がやっぱりいいですね」
「感染症ですか?」
「ええ、狂犬病みたいなのが流行っているみたいで、あ、僕は感染してないので安心してください」
「は、はぁ」
「あ、ベランダって降りてみてもいいですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
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