19_黄瀬先生~teacher Kise~
ただ、そんな感情は一瞬にして現実に引き戻されてしまった。
「俺がいない間にいい雰囲気になってるなぁお二人さん?」
「うおっ」「ヒャッ――」
二人の座っている席の後ろから、比和が声をかけてきたのだ。
「俺が、ハジメの課題と真城ちゃんの情報から推測した内容を、司書さんに伝えて原作を探してる間に、すっかり仲良しこよしじゃん? どんな裏テク使ったか教えてくれるかな真中くん?」
不敵にメガネを光らせて、ニヤニヤしながら比和が聞いてくる。
「友喜……お前、いつから居たんだよ?」
「真城ちゃんがハジメに告白するんじゃないか? ってくらい思い詰めた目線を送ってるところからかな〜」
「わ、私そんなんじゃないよ!!」
冗談めかして言っていた比和だったが、それに割って入るように黄瀬が静かに叫び、彼女が声を荒げるという中々見られない光景を見て、比和は少したじろいだ。
「おっと、冗談のつもりだったんだけど……ちょっとやり過ぎたかな?」
「……そういうところ、やめたほうがいいと思うぞ?」
友人とはいえ、少し度が過ぎると思った真中は比和に注意をすると、彼は軽く片手を挙げて謝罪のジェスチャーをした。
「ごめんごめん、次から気を付けるよ」
真中と『恋仲か?』と茶化されたことにか、思わず声を荒げかけてしまったことにか、あるいはそのどちらにもか。いずれにせよ、黄瀬が頬を赤らめたまま何も言わずにうつむいている様子を見て、真中は胸が少し締め付けられるような感覚を覚えた。
「で、聞こえてきた話からの推測だけど、ゴールデンウィーク明けからは『真城ちゃんがハジメの勉強を見る』ってので合ってる?」
ただ、そんな中でも、比和は相変わらずマイペースだ。固まっている黄瀬のことはお構いなしに、真中に確認をしてきた。
「あぁそうだよ。友喜には悪いとは思ってるけど、さすがに先生から毎日居残りで課題出されるのはちょっときつくて……悪ぃな」
黄瀬を困らせたことについて思うところはあるものの、今まで勉強を教えてくれていた友人に相談無く話を進めてしまったことに、真中は今更ながらしまったと思った。ただ、比和は怒るようなことはなく、むしろ笑って快諾してくれた。
「いいっていいって、俺は好きでやってたわけだしな。放課後に図書委員の仕事をしなきゃいけなくなるのはちょっと辛いけど……まぁ何とかなるだろ」
「……ちょっと待て友喜、もしかしてお前――」
比和と放課後に図書室へ行ったことは数えるほどしかない。
「おいおい、なんだよその目は」
「友喜が放課後に図書室へ行ってるとこ、ほとんど見たことないんだけど……?」
真中が非難するような視線を向けて比和を見るが、当の本人は肩をすくめて笑った。
「そりゃあ仕事は効率的にやってるからなぁ。オレにしかできないことはもちろんやるし、みんなでできることはみんなと一緒にやってるし?」
「……『友喜にしかできないこと』だって?」
言葉の一部に不可解な言葉が含まれていたが、比和は『いやいや』と手を振った。
「そりゃもちろんあるよ。ま、今のところそれをしたことがあるのは数えるほどしかないけどな」
本気で言っているのか、適当に言い訳をしているのか――その違いを真中が的確に判断するには、まだ比和と知り合ってから共に過ごした日々は長いとは言えない。
これ以上考えても深みにはまるだけだと諦めた真中は、溜息をつきながら頭を
「まぁいいけどさ。ゴールデンウィーク明けからはちゃんとやれよ? 今のままだと、図書委員の仕事はサボってるとしか見れないぞ?」
「ヘイヘイ、友人であるハジメ君からのお説教だしな、ちょっとは気を付けとくよ」
本当にわかっているのか、比和の軽い口調に真中は呆れるばかりだった。
「……先に言っておくけど、放課後に図書委員の仕事を手伝う羽目になるとかはごめんだからな?」
「おう、そこは大丈夫だ。お前を巻き込むつもりはないから安心しろって」
本当に大丈夫なのか真中は不安でしかなかったが、にやりと笑う比和に少しだけ肩の力を抜いた。
「じゃぁ――ゴールデンウィーク明けの勉強を指導する予行練習ってことで、真城ちゃん、ハジメの翻訳を見てくれる?」
「え? あっうん……」
急に話を振られ、少したじろいだ黄瀬だったが、その後の教え方は比和と変わらない――あるいはそれ以上のものだった。
「さっき真中くんが読もうとしてたところだけど、真中くんならどう訳すかな?」
「えっと…………『南の広場で働いているサーバント達の数を数えるには十分閉じていた』……って変だよな」
自分で訳していて、正直なところ全く意味が分からない。
ただ、黄瀬はそうではなかったようだ。
「ううん十分だよ、そこまで翻訳できてるならあと一歩だね。『servants』は『召使たち』って意味だよ。それと『十分閉じていた』って訳したところ――そこは距離のことを表しているって考えてみると?」
「『距離が近かった』ってことか」
初めに訳しにくい単語を教えてから翻訳させる比和とは違い、黄瀬は一度翻訳してから、わからないところを伝えていくようだ。
両者に教え方の違いはあっても、真中はどちらも理解しやすかった。
「ありがとう黄瀬さん。今まで以上に翻訳しやすいと思ったよ」
「そ、それほどでもないかな……真中くんの基礎力があってこそだと思うし……」
「これならハジメも安心してゴールデンウィーク明けから頑張れそうだな。真城ちゃん先生に教われば、きっと成績も上がるぞ」
「そ、そんな先生だなんて――」
真中の素直な感謝に照れる黄瀬、そしてそれを茶化しながらも見守る比和――
こんな和気あいあいとした雰囲気がいつまでも続いてほしいと、真中はこの時心の底から願っていた。
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