16_黄瀬真城-quiet girl-

「あ……」


 本を拾ってあげるべきか、それとも見なかったことにするべきか――そんな迷いが脳内を駆け巡ったこともあって、真中は一瞬立ち尽くす。


 ただ、そんな思考を巡らせていたとしても目線は正直だ。留めてしまったその視線の先から、『黄瀬が何をしていたのか?』を真中が『察したこと』を、黄瀬は察したようだ。


「あっ――ち、違うの! これは……――」


 そう言って慌てて本を拾おうとする黄瀬だったが、今日の彼女はどうやらツキというものに見放されているようだ。


 かがんだところでバランスを崩した黄瀬は、転ばないように一歩足を出し、そのせいで本を蹴飛ばしてしまった。


「「あ……」」


 そして、その本はスルスルと床を滑っていき、運悪く通行人の足に当たって停止した。


「す、すみません……」


 黄瀬はあわてて小声でそう言うと、急いで本を取るために近づいていくが、それよりも先に通行人がしゃがんで拾い上げた。


「……本はもう少し丁寧に扱ってくださいね?」


 彼女が眉をひそめながら言うセリフに、黄瀬の顔がみるみる赤くなる。


「すみません……」


 エプロンを身に着け、忙しそうに本の移動をしていた女性は、たしなめるように少しきびしめの口調で話を続けた。


「お友達と来館していただくのは構わないですが、図書館では他の利用者の方もいらっしゃいます。最悪の場合は当館の利用禁止をお伝えしなければならなくなりますのでご注意ください」


「はい……」


「それと、本の貸し出しは8冊までとなっています。館内で読んでいただく分には結構ですが、その本をここで立ち読みされると通路をふさいでしまいますので、空いているようであれば、あちらの席をお使いください」


「はい…………って、え?」


 平謝りしていたせいで気が付かなかったのか、黄瀬は女性の司書が指定した場所の方を見て固まった。


「……お友達と来館しているのですよね? 相席でお願いします。では、仕事がありますので」


 それだけ言うと、司書の女性は引いてきていたワゴンを引いていき、次々と本棚に書籍を戻していった。


「あぁ……えっと、その……」


 動揺している黄瀬は、小さくなっていく背中に何か言いたげだったが、もう声が届かないと悟ると、チラリと真中を見てすぐにうつむいてしまった。


 それを見かねて、真中が助けを求めるように比和に目を向けると、彼は明らかに楽しそうに口元をゆがめている。


「あいつ……楽しんでやがるな……」


 いたずらっぽく笑う比和は、ニヤニヤしながら小さく手招きをして真中を呼んでいる。何か腹案があるようだ。


 黄瀬には悪いと思いながらもその場に残し、真中は比和のいるテーブルに戻ると、比和に顔を近づけて立ったまま声をかけた。


「どうするんだよ?」


「どうするも何も、あの人が言ったように俺たちは『黄瀬さんを含めて一緒の机で仲良くお勉強してます』ってやらなきゃ追い出されるんだろ? だったら言われたとおりに大人しくするしかないって」


「そうだけど……」


 比和の言うことはもっともだ。ただ、黄瀬が何かを隠したがっているということは、彼女の態度を見れば否が応でも伝わってしまう。


「『彼女がなんか隠してる』って言いたいんだろ? なら、そのことには触れないでとっとと本を持ってやれって。うかうかしてたら本当に追い出されちまうかもしれないぜ?」


「わ、わかったよ……」


 別に、この図書館に居座る理由はない。ただ、何となくで放っておけなかった真中は、意を決して黄瀬に近づいた。


「あの、黄瀬さん……もし良かったらだけど、運ぶの手伝おうか? あ、いや、嫌だったら別に良いんだけど……ほ、ほら、このままだったらどっちも図書館追い出されちゃって困るだろうし、ここはお互いを助ける意味で――的な?」


 自分で言ってても良く分からない言い訳を理由に、真中は黄瀬に相席の提案をしたが、その必死さが黄瀬は可笑しかったらしい。


「…………ふふっ――」


 黄瀬は背中を丸めて首を後ろに回し、笑い声を押さえようとした。ただ、隠しきれなかった笑い声が少しだけ漏れてきた。


 自分でもおかしなことを言動をとってしまったと気が付いた真中は、今になって顔が火照ってくる。


「あ、いや――なんかごめん……」


「いや……真中くんが、すごく……一生懸命で、ちょっと――おかしくて……ふふっ――」


 クスクスと笑う黄瀬を見て、真中は嫌がられていなかったことにホッとする。


「でも確かに……このままじゃ邪魔になっちゃうね」


 黄瀬は足元の本を見下ろして少し悩むように考えこみ、意を決したのか真中の方を見てきた。


「じゃぁ、手伝ってもらおうかな。その代わり、あんまり中身は見ないでね?」


 そう言って、黄瀬は真中にいくつかの本を差し出してきた。興味本位で本のタイトルを少し見てみてみ真中だったが、それらは図鑑の類だった。


「中身を見なくても、表紙で図鑑だってすぐ分かっちゃうって……」


「ふふっ……それもそうだね」


 ちょっとは心を開いてくれたのか、黄瀬の顔に張り付いていた警戒心は、少し解けているようだ。


「それじゃぁ移動しようか」


 受け取った本をテーブルに運ぶべく、真中はそう言ってから先にテーブルへ足を向けた。

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