第11話 アルバイトはお化け屋敷で

「お化け屋敷?」

 ダイニングテーブルの上を片付けながら雪矢が聞き返す。

 夏休み中盤、衣緒里が商店会でアルバイトを始めた。

「そう。夏休み期間限定で開催しているの」

「衣緒里がお化けを演じるの?」

「まさか。私は受付のスタッフよ」

「なんだ。衣緒里に驚かされるなら、さぞ楽しそうなのに」

 雪矢がダイニングテーブルの前に立ちながら机の上を拭く。

「雪矢さんに怖いものなんかないでしょう」

「そんなことないさ」

「えーうそだぁ」

 笑って夕飯の片付けをする衣緒里の後ろ姿を、雪矢が目で追う。

「僕が怖いのは、衣緒里がいなくなってしまうことだ」

 振り向いた衣緒里に、そっと近づいた雪矢がふわりと抱きつく。

「僕は衣緒里を失くすことが耐えられない」

「神様なのに?」

 衣緒里は振り向いて雪矢の顔を覗く。

「人も神も関係ないさ。大切な人がいなくなってしまう悲劇は古今東西、人間界も天上界も同じことだよ」

「いなくなったりしないから大丈夫」

 雪矢は衣緒里の方に向きを変えると、軽くハグをした。衣緒里がハグを返す。

「さぁ、片付けが済んだし、散歩がてらコンとアカを連れてご近所をぶらぶらしてくるわ」

 そう言って、雪矢から離れると外に出かけて行った。


「衣緒里、アルバイトしてるんだって?じいちゃんが商店街で見たって」

 スタビで夏休みの宿題を教わっていると、晴臣が聞いてきた。

「うん。お化け屋敷で」

「神社で巫女のバイトしてなかったっけ?」

「あれはお手伝い」

 衣緒里はバナナロールケーキを一口食べながら説明した。

「何か欲しいものでもあるのか?」

「んーん。必要なものは実家から送られてきたり、雪矢さんが賄ってくれたりしているから、困ってないんだ」

「じゃあ、どうしてまた急に」

 少し考えてから、

「うーん、社会勉強?」

 と言ってみた。本当は医者になりたいという晴臣のようにはっきりとした目標がない自分にとって、今やれることを考えてみた結果の行動だったのだけれど。

「衣緒里が?」

「何よー!私が真面目だとそんなにおかしい?」

「ごめんごめん。おかしくないよ。じゃあバイト代出たらどこか遊びに行こう。雪矢さんには内緒で」

「いいよ!」

「よくないだろう!」

 現代風の内装のスタビに似合わぬ和装の麗人が、会話する二人の間に割って入る。

「雪矢さん!どうしたのその格好で」

「神社の会合があったから出席してきた帰りなんだ。ところで小僧と聞き捨てならない約束をしていたようだが。花火大会といい、僕に内緒で出かけてはいけないと言ったはずだろう?」

「どうして一緒に遊びに行ってはダメなの?」

 衣緒里がどうしてダメなんだという目で雪矢を見る。

「衣緒里、そんな目で見ないでくれ。その小僧は下心があってお前を誘っている。とてもじゃないが許せるはずがない」

 このセリフに異を唱えたのは晴臣その人だった。

「お言葉ですが、衣緒里に対して下心があるのはあなたも同じでしょう?衣緒里から聞きました。頼んでもいないのにベタベタしてくる、と」

 晴臣の言葉に雪矢はダメージを受けたが、そんなことは表に出さず、晴臣をじろりと睨みつけ、

「だからなんだと言うのだ。僕は衣緒里の婚約者だ。ベタベタしようが、当然の権利だ」

 と開き直った。

 周りは衣緒里達の一連の会話を聞いて面白そうにヒソヒソ話をしている。

「お白様、恥ずかしいからもう帰ってくださいな」

 雪矢は衣緒里の一言で退散する羽目となった。


 翌日、雪矢と晴臣は衣緒里のバイト先に来ていた。

「なぜ小僧がここにいるのだ」

「そちらこそ、なぜここにいるんですか?」

「僕は衣緒里にここのチケットをもらったんだ」

「俺もです」

「と言うことは衣緒里は二人にチケットを配ったのか」

「そのようですね」

「でもなぜ同じ日、同じ時間帯のチケットを…」

「それは二人に仲良くして欲しいからよ」

「衣緒里」

 二人は同時に衣緒里の方を見た。Tシャツにジーパンの衣緒里がスタッフの名札をつけて近づいてくる。

「このお化け屋敷のアトラクションは二人一組で入ってもらっているの。二人とも今日は仲良くしてちょうだいね」

 衣緒里にはめられた二人は仕方なく、揃ってお化け屋敷に入った。

 中は当然だが暗かった。

「ふん、神の私に怖いものなぞあるか。こんな子どもだまし…ぎゃっ」

 雪矢の上から逆さになったお化けが落ちてきた。

「いや、びっくりした。……小僧はこういうアトラクションは苦手か?」

「いや、むしろ好きですね。ワクワクします」

「ワクワク……」

「この先も驚かす仕掛けがありそうですから、気をつけてくださいね、氏神様」

「言われずとも」

 それからも仕掛けは続き、その度に雪矢が悲鳴を上げるのだった。

 出口まで来た時、ほとんど雪矢は疲れ果てて、晴臣に抱えられていた。

「小僧はなぜそんなに元気なのだ?」

「昔からこういうアトラクションはよく行ってましたから。慣れですかね?」

「……」

「雪矢さん、晴臣!どうだった?」

 出口で待っていた衣緒里が出迎えてくれた。

「二人とも仲良くなれたみたいね」

 雪矢を抱える晴臣を見て、衣緒里は嬉しそうに言う。

 仲良くなったわけではないのだが、疲れて何も言えない雪矢。仲良くなったわけではないのだが、衣緒里が喜んでいるのならそれでいいと思う晴臣。なので二人は何も言わなかった。

「私はまだバイトがあるから、二人とも先に帰っててね」


 雪矢と晴臣は連れ立って商店街に来ていた。

 商店街は賑わっていた。雑貨屋コーヒーショップ、おもちゃ屋、地産地消の野菜屋、大きな本屋にデパートもある。

「寄りたい所はあるのか?」

 雪矢が晴臣に聞く。

「そうですね…本屋に参考書を見に行きたいですかね」 

「ふうん。付き合ってやろう」

 晴臣は志望大学の過去問題集を見ていた。

「小僧は医者になりたいのか?」

「えっ?ええ、まぁ」

「難しそうな参考書ばかり選ぶなぁ」

「そうですね、難しいです」

「だが、大丈夫だ。おまえは合格するよ。その努力は実るだろう」

「それは氏神様の予言ですか?」

「さて、何とでも」

「雪矢さんは神様の受験とかないんですか?」

 晴臣が冗談交じりに聞いた。そんなものあるわけ無いと思いながら。

「なくはない。神たるべきかの試練ならある。神として適性がなければ神を降ろされることもある」

「はぁ」

 神様の世界もシビアだなと感じる晴臣。大量の参考書を興味深そうに眺める雪矢の後ろ姿を見ながら、この人も大変なんだな、と思った。

「さて、俺は用事が済みましたし、帰ろうと思います」

「小僧、いや、晴臣、ちょっと寄りたいところがある。付き合ってくれ」

「寄りたいところ?」

 二人は衣緒里のバイト先に戻ってきた。

「衣緒里がアルバイトしている姿をじっくり見てみたくてな。一人だと周りに怪しまれるだろう?」

「それはそうですが」

 衣緒里は笑顔で来客を出迎えている。はたから見た限りではアルバイトでは問題なさそうだ。

「衣緒里は急にアルバイトをし出したが、一体どうしたんだろう」

 雪矢が不思議がりながら一人呟いた。

「社会勉強らしいですよ」

 晴臣が衣緒里から聞いた言葉をそのまま伝える。

「社会勉強?」

「はい。何か目標を持ってみたかったんじゃないかなぁ」

「目標か」

 人間の世界で役に立とうと考えたのだろうか。雪矢は考える。それならば、自分と共に彼らを見守る使命を全うして欲しいと雪矢は願った。

「帰ったらご馳走を用意してやろう。晴臣も食べていくか?」

「え?いいんですか?」

「ああ。買い出しに行こう」

 雪矢はそう言うと、商店街のスーパーを目指して歩いた。晴臣もそれに続いた。衣緒里は相変わらず客達に笑顔を振り撒いていた。



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