第4話 氏神様の嫉妬はめんどくさい

「聞いたぞ、雪矢の妻になったんだって、衣緒里!?」

「やっぱり衣緒里は雪矢のこと好きなのね!嬉しいワ」

 朝、神殿の中で目を覚ますと、コンとアカが入ってきて出し抜けにそう言った。

 私は起き抜けの目をこすりながら、

「天上で神の祝福を受けただけよ。この地上ではいつもと何も変わりないわよ」

 そう言ったが、

「そうは行かないよ」

 雪矢さんが起きてきて私の希望的観測を打ち砕く。

 自慢の銀髪をボサボサにしながらあくびをする寝起きの氏神様は、それだけで色気があって麗しい。

 見惚れていると目が合った。

「アマテラスの祝福を受けたんだ。地上でも制約があるに決まっているではないか」

 氏神様は挨拶代わりに私のおでこにチュッとやると

「君はもう現実世界でも正式に僕の婚約者だ。くれぐれも人間の男にほだされたりしないように。特に幼なじみとかな」

「なんで晴臣?」

「僕は君達が小さい頃から見てきたんだぞ。伊達に縁結びの神をしているわけじゃない。あいつの気持ちくらい手に取るようにわかる」

 そう言って、

「仕事をしてくる」

 鏡の中に入っていった。


 学校に着くと、幼なじみの晴臣が声をかけてきた。

「昨日は悪かったな。で、お見合いはどうだったんだ?」

「うん。結婚することになったよ」

 私が意外なことを言ったので、

「は?一昨日までと打って変わってどうしたんだよ。お見合い、嫌じゃなかったのか?」

 晴臣は驚いた顔をして言った。

「嫌だったけど、神様の祝福を受けて、結婚することになった」

「神様の祝福?婚約の誓約か何かか??しっかし展開が急だなあ。それで相手は?」

「うん、お白様だった」

「うん。ん?」

「氏神様と結婚することになったの」

「うん、衣緒里、大丈夫か?熱は?」

「ない」

「……衣緒里、ちょっと話が見えないんだが…」

「つまりね、私は生贄で…」

 これまでの経緯を説明すると、晴臣は信じられないという顔をして言った。

「それじゃあ神様と結婚したっていうのか!?」

「結婚したって言っても、形式だけで何もないけどね」

 晴臣はしばらくの間押し黙っていたが、突然こんなことを言い出した。

「今日の帰り、神社に行こう。俺もお白様に会いたい」

「いいけど」

「じゃあ放課後、校門のところで待ってるから」


 放課後、私達二人は連れ添って神社にやってきた。

「雪矢さーん」

 私は本殿に向かってお白様を呼んだ。だが、お白様は姿を現さなかった。

「なんだ、いないじゃないか。やっぱり衣緒里の妄想だったか。

 なあ、衣緒里、婚約が嫌でたまらなくて、神様と結婚する妄想が働いたんだろう?」

 晴臣が慰めるような顔つきで言う。

「帰ろう。神様は空想の世界の存在だよ」

 そう言って私の手を引いた。

 その時、

「誰が空想だって?」

 雪矢さんが本殿の扉を開けて制止した。

「衣緒里おかえり。またチンチクリンな者を連れてきたな」

「あなたが雪矢さんですか?チンチクリンで悪かったですね。

 ここの氏神だと言うのは本当ですか?

 僕は衣緒里の幼なじみです。彼女のことなら小さい頃からよく知っています」

「おや、言ってくれるね。私は間違いなくここの主だよ。

 私も小さい頃から衣緒里を見てきたよ。彼女のことなら、君の100倍よおく知ってるね。

 たかだか十数年生きただけの人間の小僧に衣緒里の何が分かるというのかい?」

「へええ?何千年神様やってるのか知りませんけど、あなた方は所詮、実体のない存在。幽霊と同じじゃないですか。人間の女性に手を出さないでもらえますぅ?」

 二人はバチバチと火花を散らす。

「衣緒里、帰ろう!」

 晴臣は私の腕を引っ張って、晴臣の家へと連れて行った。


「あら、久しぶりね。衣緒里ちゃん」

「こんにちは。お邪魔します」

 晴臣の家に招かれると、晴臣の母親が出迎えてくれた。

「衣緒里ちゃん、お見合いしたって本当?」

「えと、本当です」

「あら残念。昔は晴臣のお嫁さんになるって、衣緒里ちゃん言ってたのにね」

 晴臣のお母さんはクスクス笑った。

「それは子どもの頃の話で…」

「ふふ、分かってるわ。そういえばアルバムを整理していたの、見る?」

「はい、是非」

 アルバムは晴臣の生まれた時の写真から始まっていた。

 幼稚園の写真で私が登場した。私はなかなかの悪ガキで、あの頃は晴臣に悪戯を仕掛けては泣かせていたっけ。

「衣緒里もこんな悪ガキの時があったっけ」

 晴臣は懐かしそうにアルバムをめくる。

「お、お祭りの写真があるぞ」

 小学生の時の写真だろう。お白様の神社の境内で行われたお祭りだ。大量の風鈴が後ろで揺れている。

「雪矢さんはこんな小さな頃から私たちのことを知っているんだろうか」

「いや。生まれた時から知ってたろうよ。なんたって氏神様だ。ここいら一帯の氏子を見守るのが仕事だ」

 晴臣が面白くないという表情で言った。

「神様が相手なんて分が悪い」

 何やらぶつぶつと独り言を言う。

「何の話?」

「何でもない」

 晴臣はアルバムの次のページを開いた。中学生の写真だった。

 その時、チャイムが鳴った。晴臣の母親が応対に出ると、

「衣緒里ちゃん、お迎えよ」 

 と、私が呼ばれた。出ていくと、スーツ姿の雪矢さんがそこにいた。

「衣緒里、帰ろう。用事があるだろう?」

「あっ、おまっ」

 晴臣が何か言いかけたが、雪矢さんが神力を使ったのか、それ以上追っては来なかった。

 雪矢さんから何やら殺気を感じる。男の家に上がるなと念力で送ってくる。

 めんどくさいなぁと思ったが、仕方がないので私は帰ることにした。

「お邪魔しました」

 とぼとぼと帰路を歩いていると、雪矢さんが私の肩を軽く叩いて言った。

「人間の男にほだされるなと今朝言ったばかりだろう?」

 とお説教。

「晴臣は幼馴染だよ」

「向こうはそう思っていない」

 お白様、めんどくさい。心でそう言ったら

 コツン

 頭を小突かれた。

「衣緒里、神社に行こう」

「どうして?私の家に帰るんではないの?」

「『用事』を用意したんだ。来れば分かる」


 神社に着くと、そこには100個余りの風鈴が境内の広場に垂れ下がっていた。

 あの日のお祭りと同じそれは、夕方の風を受けてカランカランと涼しげな音を大音量で奏でていた。

 風鈴を垂らす木枠は雪矢さんが用意してのだろうか。いつもはそこにない。

「すごい…!いい音。壮大ね」

「衣緒里に聞かせたかったんだ」

「うん。ありがとう。雪矢さんが用意してくれたの?」

「そう」

「お祭りを思い出すわ」

「……ねえ、衣緒里に話があるんだ」

「うん?」

「君は今日からこの神社で僕と暮らす」

「はい?」

「ご両親にはもう許可を取ってある。何せ僕たちは婚約者同士だ」

 うちの両親が同居を許可したって?私は一昨日、16歳になったばかりのいたいけな娘のはすだが?

「そうは言っても、色々と不便があるでしょう?寝る部屋とか寝る部屋とか」

 私は少しばかりの抵抗を試みた。

「それなら大丈夫。神の森に君の部屋を用意した。おいで」

 雪矢さんに手を引かれて本殿に上がると、鏡の中に連れて行かれた。

 中は静かな森だったが、そこに一軒の平屋の日本家屋が建てられていた。

「今朝、作ったんだ」

 ほくほくしながら雪矢さんが言う。

「君の部屋はここ。今日から好きに使っていい。当然、隣は僕の部屋。

 本当は僕、どこででも寝られるんだけど、衣緒里のそばにできるだけいたいからね」

 私は唖然とした。いくら神様とはいえ、年頃の娘が男の隣で寝るだと……!?

 雪矢さんは私の考えを見抜いてこう言った。

「心配しなくても、手は出さないから大丈夫。安心して」

 安心しろだ?どの口が言う?手は出さなくても唇は出すくせに!

「それはもちろん別」

 お白様はニヤリと笑って、当然と言わんばかりに私の頭頂にキスをした。


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