拝啓、初冬の候 ストーカー様ご清祥のこととお喜び申し上げます②

 最初の八時間が終わった。

 一時間の休憩。

 五回ある休憩は全てあることをしようと決めていた。

 あらかじめ見つけていた一人になれる場所へ行き、懐から封筒を取り出す。

 それは結衣がストーカー宛に書いた手紙だった。


「拝啓、初冬の候 ストーカー様ご清祥のこととお喜び申し上げます」


 最初の一文を口に出して読んでみる。


「やけに丁寧な挨拶なんだよな、最初は」


 この手紙を彼女はどんな気持ちで書いたのだろうか。

 結衣は気づいていただろうか。

 今までストーカーと称して手紙を書いていたのはヘル、春日縁だということを。

 最初は警戒心を持ってもらうために書いたストーカーからの手紙。

 いつの間にか彼女の笑顔になることだけを考えて書いていた。


 この手紙は縁という人間が死んだ後に手に入れた大切な唯一のもの。

 読むたびに人間だった頃のを思い出し、死神になってからの結衣との日々を思い出した。


 どの記憶も彼女は笑顔でそこに現れた。

 そしてその隣でヘルも笑顔だった。


 人間の時に何も出来なかったヘルが唯一、出来たことは結衣を笑顔にすることだけ。


 もっと大人だったら、もっと力があれば。

 何度もそんなことを考えた。子供の自分が憎らしかった。


「そういえばもう一通あるんだっけ……」


 受け取っていたのに今まで開いてすらいなかったその手紙を取りだし、丁寧に開封する。

 そして最初の一文を読んで目を疑った。



「春日縁……様、っ」



 人間の時の名前。縁宛の手紙だった。



ーーー

 春日縁 様


 お元気ですか? 今何をしていますか?

 私はひょんなことから死神さんと関わるようになりました。

 それからどうやら私にはストーカーがいるようです。びっくりですよね。

 それでも毎日が楽しいです。


 昔、縁が私のために買ってくれた小物。

 そこに添えてくれたメッセージカードを覚えてますか?

 私はあの言葉を何度だって叶えたいと思っています。

 どこに行くにも縁と一緒がいい。

 また、一緒に行きたいな。

 

 死神さん、叶えてくれませんか?

ーーー



「……っ」


 もう手紙の続きを見ていられなかった。


「ふざ、けんなよ……夢、見過ぎなんだ、よ」


 結衣はヘルが春日縁でストーカーとして手紙を出していたことに気づいていた。

 気づいていてあえてあのような態度で接していた。

 それはきっと彼女なりの優しさ、だったのかもしれない。


 一緒に行くことはもう叶わない。


 だから、とっておきの贈り物をした。

 生前、あの時の縁ができる精一杯のことを一つだけ実行した。


 もしも自分の身に何かあった時、少しでも大切な人の救いになればと書いた意思表示。

 将来、医師になる決意は堅かったし、それに向けて勉強もたくさんしていた。

 だけどまだ年齢が追いつかなくてもどかしかった。

 日に日に近くで大切な人が体調を悪くしているのに元気にしてあげることができなかった。


 だから調べて書いた。

 一致する確率は低いし、助けになるかもわからない。


 でも何もせずにいられなかった。

 このことはもちろん、大切な家族に話した。


「お前が決めたことなら」


 そう言った父。父が言うことならと従った母。何も言わない兄。

 嫌だと誰一人として言わなかったが、生まれてからの付き合いだ。

 心の奥底で嫌がっているのはわかっていた。

 結果的には家族には辛い決断をさせ、悲しませることになったかもしれないがそれでも意思を通した。そうしないと後悔すると思ったから。


 そうして縁の心は彼の意思の元、大切は人へと引き継がれた。

 そのことを知ったのは死神になってすぐの事で、当時魂を回収したのは上司であるアイ。

 彼が教えてくれた。


 嬉しかった。自分の死は無駄じゃなかったんだと思わせてくれた。

 そして死んだ後、もう一つやりたいことができた。

 アイにはダメと言われたが叶えられないわけじゃない、絶対にできないと彼は口にしなかった。


 ヘルとなった今、自分ができる精一杯のことを実行しよう。そう決めて何度も懇願した。

 どんなに辛いことがあってもこの願いが叶えられるなら耐えてみせる。

 与えられた任務はどれも目を当てられないものばかりだったが、得られたものもたくさんあった。


 普通は死んだらそこで終わりなのに、死後、こうしてたくさんの経験をさせてもらっている。

 それはとても光栄なことで、死神も存外悪くないと思わされている。

 だいぶこの空気に侵されているのかもしれない。


 それでも死んだ後、大切な人に逢えるのは『しあわせ』なことだと思った。

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