八章 拝啓、初冬の候 ストーカー様ご清祥のこととお喜び申し上げます

拝啓、初冬の候 ストーカー様ご清祥のこととお喜び申し上げます①

「随分と早いお帰りで」


 死神界に帰ってきたヘルはその足でアイの部長室へと赴いていた。

 いつもならアイの小言には耳の痛い思いをするのだが、今日は全く耳に入ってこなかった。


「あの!」


 ずいっとアイの眼前で口を開けば、一瞬で鬱陶しそうな顔を見せる。


「近いです。離れて要件を話してください」


 すみませんと一度小さく謝り、少しだけ後ろに下がり、端的に要件を伝えた。


「統括部へ異動するにはどうしたらいいですか?」


 ヘルの突然の申し出にアイは目を見開いた。


 死神統括部。

 全死神の状態管理、審査、死神界の環境整備、法の確立、それから人間界の情報把握などあらゆることの知り、統括を行う部。


 殺人処理部のように魂狩りはほとんど行わない。どうしても人手が足りない時にだけ特別に手伝う。

 それは今の状態と相反することだった。


「……願いを叶えることは諦めるのですか?」


 あれだけ懇願したものをアッサリと諦めるのかとアイはジッとヘルの真意を探るように見つめる。


 でも、ヘルには異動したい明確な理由があった。


「いいえ、むしろ願いを叶えるために統括部へ異動したいと思いました」


 もうこれ以上、理不尽に命が奪われないように。

 大切な人たちがその人生を全う出来るように死神の管理体制を変えなくてはいけない。

 誰かがやってくれるのを待つのではヘルが望む体制にならないかもしれない。ならば自分の手で変えていく他なかった。


 強い意志でアイに訴えると彼はニヤリと口角を上げた。


「何だか、願いを叶えるために必死に頼み込んできた時と同じ目をしていますね」


 そんなヘルの様子を察したアイは一枚の紙を渡す。


「異動はすぐに叶いませんが上申はしておきましょう。まずはこちらから」

「昇進、試験?」


 渡された一枚の紙は昇進試験の案内書だった。


「今の君には試験を受ける資格があるようなので」


 昇進試験のことは知っている。

 一定数の任務をこなし、上長の許可が降りた者しか受けられない試験。

 自分の役職をあげるチャンスの一つだ。


「試験は二十四時間後。内容を確認して時間までにこの部屋に集合してください」

「わかりました」

「それでは少しだけ概要を説明します」


 案内書には必要な物や日時が記されていた。

 どうやら必要最低限の物があれば試験を受けられるようだ。

 気になる部分も多々あるが、初めてのことなのでこういうものなのだと認識するしかなかった。



 昇進試験は四十八時間の面接方式。

 八時間に一回休憩を挟みながら行うため、実質四十八時間+五時間。

 アイの話によると、眠らない疲れない食事のいらない死神の特性を生かして、ぶっ続けで行う試験だと聞いている。


 ジンシからカブへの昇進は人間の時の過去と向き合うこと。


 人を殺さなかったから賞賛される、自殺したから悪い、罪を償うではない。どうにも出来ないことは何もしない。ただ自分と向き合うだけ。向き合い方、折り合いの付け方によって面接官が位を上げるかどうか判断する。

 そのため、反省して次に生かそうとしたとしても受からない可能性がある。何かしらの条件があるのだろう。


 時間になっため、指定された会場に向かうと二人の死神が立っていた。

 一人はのほほんとした優しい笑顔が印象的な死神。

 もう一人は背中を丸め、ひたすらメモを取って見向きもしない死神。


「いらっしゃい、ヘルくん。今回試験官を務めるケークです」

「カラクリ。よろしく」


 この二人がヘルの今後を決める死神達だった。



「この子、なんで今まで試験を受けられなかったのかしら?」


 ヘルのこれまでの行いが記録された資料を見ながらケークは首を捻った。


「彼の所属は殺人処理部。今回はアイの推薦」

「アイくんの配下ね。そっかそっか~」

「おおかた、昇進試験を意図的に止めていたのでしょう」

「ふふっ。そうね。彼、歪んでいるものね~。それならもう合格でいいんじゃないかしら?」

「確かに。彼の経歴は本来であればカブのベテラン勢、あるいはブンカクラスの死神が対処するものばかり。一番下の役職の者がやるべき任務ではない。まあでも彼は訳ありのようですね」


 記録していたノートとは別に、カラクリは資料を取り出した。


「あらあら?」


 チラリとカラクリの持っていた資料を盗み見たケークは、内容を把握すると納得したように頷いた。


「ああ。それ、ヘルくんだったのね。特殊な任務をしている死神がいるとは聞いていたけど」

「まあでも規則は規則。しっかりと試験に臨んでもらいます」


 今までヘルを見ていなかった二人が同時にヘルを見る。

 背筋がピンと伸びる思いだった。


「君の口からなぜ死神になったのか、死に際を振り返っていただきます。思い出せない、はありません。全て思い出してもらいます。この試験の目的は強い精神を持つこと。人間の時の出来事如きで精神をぐらぐらさせていたら今後任務は務まりません。わざと向き合ってもらいます。さあ、話してください。あなたの過去を」

「そうね、まずは死亡した日の朝から振り返りましょうか」


 話を止めることは許されなかった。

 全部思い出して、全部話して、なぜその時そう思ったのか行動原理を話した。


 事故に遭う日の行動。あった瞬間何を思ったのか。

 ケークとカラクリは視線を逸らさずずっと話を聞いていた。途中で言葉に詰まると。


「なぜ止まるんですか? 話しなさい。話せないことなんて何もない。もう君は死んでいるのですから。死ぬ前のことを隠しても意味はない。もう人間は誰も知りたいと思わないのだから」


 その言葉に確かにそうだと納得した。

 もう叶わないと口に出すことをしなかったことを、今ここでなら吐き出してもいいんだと思ったヘルは、それからベラベラと水のように話をした。



 今まで過去を振り返ることは何度もあった。

 アイを説得するため、魂狩り、キラー討伐。

 たくさん思い出して、その度に大切な人が目に浮かんだ。

 どうにもならないことだったけど、たくさん悩んで自分の中で折り合いをつけた。無理やりにでもつけるしかなかった。

 家族との思い出、結衣との思い出は嫌な記憶以上に何度も思い出した。

 そしてこの試験で細部まで思い出して口に出した。


「ここまでほとんどスラスラと話す死神は始めてみた」


 試験管の二人にそう言われるほどだった。

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