第18話 迷宮もあるのか
目の前には迷宮。どこまでもひろがっている。というより、たぶん、そう。
なぜなら、そこはいつもどおりの古代文字の陽刻された一室なので見通しはきかない。だが、四方の壁に四角い穴があり、次の部屋がうっすらと見えている。そのむこうには、さらに四角い穴が……無限地獄だ。
「な、なにこれ? どうなってるの?」
「叡智系だからのぅ」
「いやいや。だから、叡智系だとなんでこうなるの?」
「叡智解放遺跡は知恵を試されるのだ。謎かけやトラップ、迷宮などが定番だな」
「だから……そういうことは最初に言っといてよ」
もうダメだ。なんの準備もせず迷宮に迷いこんでしまった。この時点ですでに入口は消えている。ただひたすら、四方に次への出入り口のある部屋がならんでいる。
「ぼく、ここで飢え死にかなぁ?」
「パンを持ってきてはおらぬのか?」
「今日は昼ご飯、神殿で食べたもん。持ってきてない」
「……何、無条件に入れる遺跡なのだぞ。さまで難問ではないはず。きっと謎さえ解けば、すぐに出られるとも」
めずらしくスピカが励ましの言葉をなげてきた。逆に怖い。まさか、ほんとにここで飢え死にしてしまう運命なのか?
泣きたい気持ちになった。が、
「なー」
そっとニャルニャが手をつないでくれる。
「ありがとう。ニャルニャ。ぼく、がんばるよ」
おかげで元気が出た。ここで何もしないでは出られるものも出られない。あきらめたら終わりだ。とにかく、出口がないか探さないと。
しかし、むやみに動くと確実に迷う。今のこの場所さえわからなくなってしまう。
「そうだ。とりあえず、まっすぐ、まっすぐ歩いてみよう」
「うむ。うむ。よいぞ」
「……というかさ。スピカって遺跡の案内人だよね? 道順はわからないの?」
「な、何を申すか。わからないわけがあるまい。が、これはおまえの試練だからな。われが口出ししてはならんのだ」
嘘だ。絶対に嘘だ。やけに目が泳いでるスピカを見ればわかる。道順がわかってないのだ。
しかたないので、まっすぐ歩いてみた。同じ方向へ進み続ける。五つ、六つ、七つ……同じ部屋がひたすら続く。さらに進んでも景色は変わらない。
「こ、今度はよこに移動してみようかな?」
「待て待て。レルシャよ。それではいよいよ迷ってしまうではないか?」
「だって、どれだけ進んでも同じなんだもん」
「せめて、もとの場所まで戻ってから、よこ移動したほうがよい」
「そうだね」
でも、もう何部屋ぶん歩いたのか、正確な数はおぼえていない。七部屋のあと、四つか五つ進んだはずだ。四つは確実なので、十一部屋、戻る。
「どうしよう。ここでいいのかな? ていうか、どの部屋も区別がつかない!」
「だ、大丈夫だ。そのうちには、外へ出られる。うむ。きっと……」
スピカも不安なのか、姿がフニャフニャして、なんの動物なのかわからなくなった。
すると、イラついたのか、急にニャルニャが壁にネコパンチをくらわせた。
「なー!」
が、そのまま、こぶしを押さえてうずくまる。自分の手が痛かったらしい。壁には傷一つつかない。いや、ほんのちょっぴり、かすり傷がついた。レリーフの彩色にひとすじだけ線が入る。爪がひっかかったのだ。
「大丈夫? ニャルニャ」
「なーん……」
「見せて。ケガしたなら治してあげるよ」
涙目のニャルニャにプチヒールをかける。涙はおさまった。
「さ、じゃあ、今度はよこに歩こう」
さっきまでとは違う左手の穴をくぐった。やはり、そのさきも似たような一室。
「たてもよこも同じかぁ」
だが、そのときだ。レルシャは気づいた。出入り口に近い壁に、うっすらとひっかき傷がついている。
「あれ? これ、さっき、ニャルニャがつけた傷だ」
「なー?」
まちがいなく、見おぼえのある傷。でも、ここはさっきの部屋ではない。その左どなりのはずだ。なぜ、傷だけ移動しているのか?
(違う。傷だけじゃないんだ。たぶん、部屋ごと移動してる……というか、ずっと同じ部屋なんだ。無限に続いてるわけじゃなく、たった一つの部屋が四方の出入り口でつながってるだけ)
だとしたら、この部屋のなかに答えはある。
レルシャは入念に室内を観察した。何かが発見できないかと。たとえば隠し通路。あるいは、女神の像。この迷宮のようでいて迷宮ではないねじれた空間のなかで、正しい道へ進む方法——
すると、なぜか床全体が淡く光った。いや、じっさいに光っているのではない。レルシャの目には光って見えるのだ。
(発見——)
この謎かけに対して、レルシャのスキルはすこぶる相性がいい。
「わかったよ。たてにもよこにも進んでダメなら、あとは上か下。上はぼくみたいな子どもには手が届かないから、誰でも行ける場所。それは下だ」
思いきって、とびはね、床に着地の衝撃をあたえる。それがスイッチになったように、床そのものが降下し始めた。
「わっ。落ちる!」
「大事なかろう。そこまでの速さじゃないぞよ」
「なー」
やがて、床は自然に止まった。さっきとよく似ているが、四方の出入り口がない部屋にたどりつく。祭壇があり、女神の像がまつられていた。それがパッと輝き、レルシャは自分のなかに新たな力がわきあがるのを感じた。
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