第8話 のんびりスローライフ



 ラグナランカシャの暮らしは、ほんとにのどかだ。村には伯爵家が後見する神殿があるので、レルシャはその一室で寝泊まりし、食事は僧侶や神官たちが作ってくれる。洗濯もしてくれる。勉強も教えてくれる。レルシャは気がむいたときだけ家事を手伝えばいいので、あとはずっと自由時間だ。神殿にある古書など読んでいたが、やはり、どうしてもあの光る遺跡群が気になる。


「ウーウさん。ぼく、散歩に行ってきます。村のなかを見てみたいし」

「わかりました。案内いたしましょうか?」

「いいよ。ここは魔物いないんでしょ? 一人で行く」

「では、夕食までには戻ってきてください」

「はい」


 遺跡を調べてみたいなんて言ったら、きっと止められるだろう。レルシャはクーデル砦へ行こうとした無謀な子どもだ。ここでも危険だと見なされれば、へたすると神殿から出してもらえなくなる。


 ただの散歩と偽って、外へ出た。この神殿は二百年ほど前に建てられたばかりの新しいものだ。レムラン伯爵家の先祖がシャルムラン地方の領主になったとき、聖地が放置されているのを嘆き、この神殿を建立したという。


 今ではこの神殿が村の中心になっていて、修行僧や神官の住処として活用されるほか、巡礼者の寝泊まりにも貸しだされている。もっとも、巡礼者なんて数年に一人あるかないからしいが。


 神殿のまわりに集まるように民家があった。大昔から、この村で放牧や農作業をしている人たちだ。井戸や噴水がもうけられ、夜には神殿前広場でかがり火もたかれるので、平和な村のなかでも、ことに利便性がいい。


 村には商いらしい商いはないものの、山をおり、街まで買い出しに行き、持って帰った品物を村人に売る雑貨屋が一軒だけあった。野菜も麦も砂糖も村で作れるが、塩だけはとれない。それに、焼き物のかまはあってもガラス製品は街から買ってこなければならない。雑貨屋は必須だ。


 今のところ、レルシャは生活に困ってはいないが、いずれ、そこで買い物をするだろうと思っていた。新しい靴とか? 服は神官たち、どうしているのだろうか? 麻や綿の畑があったから、もしかして自分たちで糸を作って織っているのだろうか?


 まあいい。今はとにかく、古代遺跡だ。それも、光る古代遺跡だ。光る遺跡と光らない遺跡があるのはなぜだろう? もっと近くで見てみたい。


 レルシャにとって最初の奇跡は、住居の神殿からわずか百歩ほどのところにあった。ごく近所だ。なんなら、神殿の裏庭の一部と言っても過言ではない。


 到着した初日、レルシャにあたえられた二階の部屋の窓からのぞくと、光っていたのだ。とても淡くて小さな白い光。白のなかに銀粉がキラキラして、雪の結晶のようにも見える。


 裏庭はトウモロコシ畑だ。修行僧たちが丹精している。が、朝夕に水をやるほか、たまに草ぬきをするとき以外、人は来ない。


 背の高いトウモロコシのわきをよこむきに歩いて、なんとか通りぬけると、はあった。遺跡というには、とても小さい。祠? 扉の表面には古代文字が刻まれ、とぼけた顔のウサギだか馬だかの像がとなりに置かれていた。古代の精霊信仰では、よくそういう像をまつったらしいのだが?


 祠は子どものレルシャなら、ギリギリ入りこめる。あたりに誰もいないのを確認してから、扉に手をあてた。すると、なぜか、レルシャの頭に『1〜10』という数字が浮かんでくる。よくわからなかったが、そのまま押してみた。石造りなので重いだろうと思ったのに、かんたんにあいてしまう。


 一瞬、まぶしい光がさして、レルシャは目を閉じた。


「ほう。今どき、ここへ来られる者がいたとはおどろきよの」

「だ、誰?」


 あわてて目をあける。が、さっき光がチカチカしたせいで、よく見えない。目を細めると、やっと、目の前に二つの青い目が光っているのが見えた。


「あなたは誰ですか?」

「ふふふ。われか? われこそは第百七十代めの天なる使い。インフィニティクス・アエテルニタス・クスクス・ル・スピカだ。恐れ多いぞ。ひれふすがよい」

「う、うん?」


 なんだかよくわからないが、とりあえず頭を低くする。でも、声は妙にかんだかくて子どもっぽい。


「天の使いがこんなところで何してるの?」

「またの名を遺跡の案内人とも言う」


 なんだ。案内人だったのか。ひれふして損しちゃった——と思ったのが、クスクスには聞こえたみたいだった。


「えーい。無礼なやつめ。おまえごときにくれてやるのは惜しいが、ここまで来たのだ。いたしかたない。女神との約束どおり、おまえに解放をあたえよう」

「えっ? 解放?」


 とつぜんの展開についていけない。みすぼらしい祠に入っただけなのに、それで解放が得られるなんて。そもそも、解放するために砦へ行こうとした結果、幼なじみを死なせかけるし、自分はこんな僻地へきちに追いやられてしまった。そう。追放。家族がレルシャの安全を思っているのはよくわかっている。わかってはいるが、やっていることは追放にほかならない。伯爵家の人間として、レルシャはふさわしくなかったのだ。なのに……。


(なのに、こんなあっけなく解放って?)

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