第6話 父の決断



 レルシャの行動がもたらした結果は、屋敷じゅうのあらゆる人に知れわたった。父はひじょうに憂いている。


「レルシャ。そなたは利口な子だと思っていたのだがな。まさか、子どもだけで危険な砦へむかうとは。わかっているだろうが、そなたは魔物のいる場所では生きていられない。砦のそばには大人でも苦戦する獣人がいくらでもやってくるんだぞ。もう二度と近づいてはいけない」


 レルシャはひたすら、うなだれるばかりだ。何度も謝罪したが、父はそれだけでは安心できないようだった。さらに、いつもはおとなしい母までが泣きながら言うのだ。


「アラミスやラランシャも母にとっては大切な子どもです。だけど、レルシャ。おまえはとくに守ってあげなければならない弱き子なのですよ。あなたに何かあったらと思うと、母は生きている心地がしません」

「そうよ」と、ラランシャも賛同する。

「気持ちはわかるわ。強くなりたかったのね? クーデルの砦には解放の遺跡がある。でも、それは無謀というものよ? レルシャ。あなたのことは一生、わたしやお兄さまが守ってあげる。もう危ないマネはしないで。いいわね?」


 口調はキツイが、姉の目には涙が浮かんでいた。


 話を聞きつけ、急ぎ砦から帰ってきたアラミスが、腕を組んで思案する。


「父上。レルシャにとって、この地は危険すぎるのかもしれません。クーデル砦にいた魔物の残党も多い。それにこのところ、不審なダークエルフを見かけたという兵士が多いのです。魔族のあいだに重大な事件が起きているに違いない。これまでのようにこの城も安全とは言えません」


 そして、とうとう父はこう決断した。


「レルシャよ。そなたと離れるのはひじょうにさみしい。しかし、おまえの安全を第一に考えねばならん。わが領地のなかでも、とくに僻地へきちにあたるのだが、ラグナランカシャという村を知っているかね?」


 もちろん、知っている。それは古代の聖地だ。大昔、そこに女神が人や精霊、獣人のともに暮らせる場所を築いたという伝説が残っている。シャルムラン地方では有名な話だ。ただ、ほんとにものすごい片田舎なので、じっさいにレルシャは行ったことがない。

 聖地だったせいなのか、魔族は恐れて近よらないのだという。女神関連の遺跡だけはたくさんあるが、住民は人間より飼われた牛や羊のほうが多いという話だ。


「父上。母上。イヤです。ぼく、もうムチャしません。ずっと屋敷にいるから。そんな遠くへやらないで」

「これはおまえのためなのだ。何、ずっとじゃない。おまえが大人になったら呼びもどそう。それまで安全な土地でおとなしくしているのだ」


 さんざん泣いたが、父はガンとして聞き入れてはくれなかった。説得はできないと理解したレルシャは、ではせめてと、こんなお願いをした。


「ソフィをいっしょにつれていかせてください。ソフィと二人なら、さみしくないよ」


 それに、ソフィアラのケガの責任はレルシャがとるべきだ。もともと大好きな幼なじみではあったが、伯爵家の一員になればお金や生活に困らない。大人になったら結婚しようと、レルシャは決意していた。しかし、それに対してさえ、思いがけない返答だった。


「いや、ソフィアラは武人としての才能が高い。今後はここで本格的な兵士の訓練を受けさせよう。そのほうが、あの子自身のためになる。それに、あの子は容姿もよいからな。成人のあかつきにはアラミスの妃に迎えてはどうかと考えるのだ。傷のせいでほかに結婚相手ができぬでは哀れだからな」


 兄は何も言わなかった。ソフィアラはまだ子どもだから、とくに好きとも嫌いとも思ってはいないようだ。それに、今のところ兄自身に恋人や好きな相手もないようすだった。


 たしかに、次男で出来そこないの自分の嫁になるよりは、継嗣けいしでいずれは伯爵になる兄の妃のほうが、ずっと立場がいい。そのほうがソフィアラに対して誠意ある謝罪と言えよう。


 レルシャは何も言えなくなった。これが身勝手で無謀な思いつきにソフィアラをまきこんだ自分への罰なのだとかみしめて……。


 別れの前日、ソフィアラがレルシャの部屋にやってきた。


「レルシャ。伯爵さまがあたしをアラミスさまの妃にするって言うのよ? ねぇ、とめてよ。そんなのイヤだって。あたしはレルシャと遺跡だらけのド田舎に行くわ。そうでしょ? レルシャはあたしがいないとダメなんだもんね?」


 涙まじりに訴えられて、もちろん、レルシャの胸は痛んだ。ほんとは『ぼくも君と行きたいよ。兄上のことは好きだけど、ソフィが兄上のものになるのは絶対にイヤだ』と言いたかった。でも、レルシャの弱さはいつかまた、先日のとりかえしのつかない失敗と同じ事態をくりかえすだろう。自分は一生、ソフィアラを危険なめにあわせてしまう。彼女を守れない。守ってもらうだけだ。だから、もうここで別れたほうがいい。そのほうが、ソフィアラは幸せになれる。


 それで、思ってもみないことを言った。


「ソフィ。君にはガッカリだよ。ぼくを守ってくれるって言ったのに、てんで弱いんだもんね。黙って兄上の妃になっとけばいいんじゃない?」


 ソフィアラの瞳から、ワッと湧きだしてくる水晶玉みたいに透明な粒が、レルシャの心臓をザクザクと切り裂く。声がふるえていなかったか、自信がなかったけど、ソフィアラに本心は気づかれなかったらしい。


 よかった。ほんとに。これでいい。


 なら、どうして、一人になると、涙があふれだして止まらなかったのだろう?

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