5.その時間を大切に

5-1. 体育祭

 さぁ、八月が終わった! 

 来週にはいよいよやってくる! 

 我ら湘南生の青春、体育祭! 


 今年のテーマは「Liberty ~自由~」


 九色の湘南生たちが描く「自由」! 

 とくとご覧あれ! 


 ――『湘南新聞』体育祭特別号、コラム潮騒の風、『Liberty』(代筆、岩田真緒)より、抜粋



「成瀬先輩、いますか」

 二年五組ブラウン。教室の入り口で、近くの席にいた女子生徒にそう、訊ねる。

「成瀬くん? 今日来てるっけ?」

 と、教室の中に目をやる先輩。彼女はそれからひとしきり室内を見渡すと、ぽつんと空いている席を見つけてからこう返してきた。

「ごめん。いないみたい」

「そうですか」

 私は感情が表に出ないように努めた。ふらふらと二年五組ブラウンの教室を離れる。

 ふと、泣きたくなる。

 夏休み。もう終わったのに。

 来てくれると思ったのに。

 二年五組ブラウンの教室から離れると、私は俯いたまま、静かに歩き出した。何もできない自分が悔しい。何もできない自分が情けない。好きな人の支えになれない。好きな人の傍にいられない。それどころか、大事な時に、私は、声一つ……。

「よう」

 不意に声がして私はそちらの方を振り向いた。持ち上げた視線の先。そこには園江健斗先輩がいた。

「リシューを探しに来たのか」

 そう言われて、私はカッと血の気が上るのを感じた。

「今更何ですか」

 私は先輩を無視して歩き出す。すると園江先輩がいきなり私の腕を掴んだ。

「離してくださいッ」

 と、声を荒げると園江先輩が真剣なまなざしで私を見つめた。

「話したいことがある」

 強い目線だった。

「リシューのこと、それから君のことだ」

 さすが、九英傑の一人。

 私は彼の力強い一言に抵抗する力を失った。「ここじゃ話しにくいから場所移そう」そうつぶやいた先輩に黙ってついていく。

 やがて先輩が私を連れていったのは、アルコーブの一画だった。夏の日差しが空間ごと熱していて、ちょっとむせ返りそうになった。

「まず、謝りてぇ」

 振り返るなり、園江先輩がいきなり頭を下げた。

「ごめん」

 私は何とか、喉の奥から言葉を引っ張り出した。

「今更謝られても」

 しかし園江先輩は続けた。

「本当はもっと早く謝りたかった。でも柳生先生の目があるからなかなか言えなかった」

 柳生先生、の名前が出てきたので私は訊ねる。

「園江先輩は何でそこまで柳生先生に入れ込むんですか」

「伝説の総務長だからだ」

 と、即答される。

「俺さ、クラス全員の推薦で総務長になったんだけど」

 周りの人間が祭り上げる。そういう総務長のなり方もある。リシュー先輩と一緒に総務長について調べるようになってから知ったことだ。

「最初はどうして、って気持ちだったんだ。こんなの絶対浪人コースじゃん。そう思ってさ。なかなかやる気になれなかった。でもそこで、柳生やぎゅう匡則ただのりの伝説を聞いた」

 園江先輩は小さく鼻を啜った。

「学生運動真っ只中で、学校側と生徒が決裂する中、一人果敢に動いてその年の体育祭を成立させた男。すっげぇかっこいいって思ってさ。だってたった一人で逆境に立ち向かって、事を成し遂げたんだぜ? 俺もああなりたい。そう思ったんだ」

 九人で体育祭成立させるだけでもすげぇ大変なんだぜ? 

 園江先輩はそう続けた。

「それを一人で、しかも周りに誰も味方がいない状況でやり切ったんだ。すげえよ本当」

 この時私は、憧れを熱く語る先輩のことを目にして、どこか自分を見ているような気持ちになった。

 慕情と尊敬は違う。でも、先を行く人の背中を追いかける。その姿勢において、私と園江先輩の間に差はないような気がした。

 だから、頷いた。

「気持ちは、分かりました。でも今の柳生先生は、権力を振りかざして生徒を追い詰める悪党です」

 と、園江先輩が被せてきた。

「そう。暴走している」

 先輩は悲しそうだった。

「在りし日の、伝説の総務長じゃない」

「なら、どうして……」

 そう言いかけると園江先輩がハッキリと告げた。

「落ち目で見限るのは本当にその人のことを好きだったことにならない」

 ハッとした。私は黙った。

「俺は俺なりの方法で柳生校長に目を覚ましてほしくて行動した」

 その行動が、お前らに頼ることだった……そう、園江先輩は続けた。

「お前ら新聞部に醜聞スキャンダルの火消しをさせる。そういう方法だった」

 園江先輩は続けた。

「俺は俺で、柳生先生の手足になったフリをして任務ミッションを進める。その一方で、リシューと花生ちゃんに任務ミッションの相殺を求める。生徒たちが頑張って体育祭を輝かせようとしている、そんな姿を見れば柳生校長も目が覚めるって思ったんだ。お前たちが……新聞部が、それも三年生じゃない、未来ある二年生と一年生が懸命に動いているところを見れば、柳生先生ももしかしたらって、そう思ったんだ」

「でも実際は……」

 そう言いかけると、園江先輩は俯いてつぶやいた。

「ああ、実際は駄目だった。俺が調整に失敗した。先生の目があった都合上、ある程度任務ミッションの成果を見える形にしておかなきゃいけなかったんだ。それが佐藤の、三騎士の一件だった。でもあそこから新聞部お前らは崩れた」

 先輩は悔しそうだった。

「リシューに迷惑をかけた」

 暗い、表情。

「総務長失格だ。後輩を危険に晒した。後輩を守り切れなかった。何が総務長だ。笑っちまう」

 だが。

 と、先輩がそうつぶやいたこの瞬間。

 彼の目に、光が灯った。

「まだ終わりじゃねぇ」

 それは力強い輝きだった。

「俺たちには『あの言葉が胸にある』違うか?」

 私は思い出す。

 ――花生! 

 ――あの言葉は胸にあるか! 

 くそ、涙が出そうになる。リシュー先輩が最後に残した問いかけ。それに答えるだけの勇気があの時の私にはなかった。

 でも今は……こんな状況でも諦めない、英雄の一人を目の当たりにしたら。

 私だって、頑張らなくちゃ。

「あります」

 力強く。

 私はそう発した。

 すると園江先輩が、真剣な、真っ直ぐな目をして、こう告げてきた。

「考えがある」



 九月、第二土曜日。

 いよいよ本番、体育祭。

 熱狂のままに、始まる。

 まず、去年の優勝カラーである五組ブラウンから優勝旗の返還が行われた。そして準備体操代である「湘南体操」が執り行われ、それから各カラー自分の応援席へとついた。

 応援席の後ろ。ベニヤ板十二畳分で作られた巨大な絵、B.Bがある。

 一組パープル。螺旋階段を上る少年の絵。タイトルは『成長』。

 二組グレー。大草原でピクニックセットを広げる女の子の絵。タイトルは『在りし日の思い出』

 三組ホワイト。私のカラー。大空に向かって羽ばたく白い鳥の絵。タイトルは『勝利』。

 四組ブラック。ミロのヴィーナスのような女神像が、千手観音のようにたくさんの腕を広げて微笑んでいる。タイトルは『その美しさ』。

 五組ブラウン。メリーゴーランドから脱走する黒馬。タイトルは『Escape』。

 六組グリーン。少年に摘まれようとしている苺。タイトルは『甘酸っぱい』。

 七組イエロー。断崖絶壁に立つ一頭のライオン。タイトルは『王者の悲しみ』。

 八組オレンジ。多彩なインクを撒き散らす少年アーティスト。タイトルは『キミイロニソメテ』。

 九組ネイビー。おもちゃ箱から脱走するおもちゃの兵隊。タイトルは『いざ、君の元へ』。

 各カラー、思い思いの体育祭を描いている。

〈第一競技、ムカデ競走に出場される選手は、正門裏にお集まりください〉

 体育祭の司会進行は体育祭実行委員が行う。放送は放送部が行い、新聞部はその情報を逐一SNSにアップして体育祭速報とする。

 私は放送部が話した内容をX上にポストする役割を仰せつかった。スマホとモバイルバッテリーを片手に、放送席から体育祭の行く末を見守る。

 第一競技、ムカデ競走。

 前の人の左足に自分の左足のロープを、同じく前の人の右足に自分の右足のロープを結ぶ。そんな調子で縦に並んだ十名近くの生徒が、息を揃えて競走する。リズム、呼吸、そういうのが大事だ。

 この競技において総務長は先頭選手の目前に立ち併走し、メガホンを片手に音頭を取る。「いっち、にっ、さんっ、しっ、せーのっ!」の掛け声で選手たちは一斉に足を上げ下げさせて走り始める。実はこれ、危険なレースだ。一人が躓いて前に転ぼうものなら、先頭にいた選手が大勢の後続選手に潰されて怪我をしてしまう。過去にそうした事故もたくさんあった。対策として生徒たちは躓いて転びそうになったら仰け反るか真横に倒れるよう訓練される。大勢の呼吸を揃えるのは難しい。なので転んだり足が止まったりしてしまうことはよくある。大事なのはそこから立て直す力だ。総務長の掛け声と選手の息とを合わせて果敢に前に進む覚悟が必要である。

〈第二競技、三本綱引きに出場される選手は正門前にお集まりください〉

 三本綱引き。

 ステージには三本の綱が設置される。対決は一色対一色。三本ある綱のそれぞれに選手がつき、用意ドン! で一斉に綱引きが始まる。勝敗が決した綱からは選手の離脱が許可される。離脱した選手は残った綱引きのどれかに参戦して助力することが許される。三本ある綱の内、二本以上取ったカラーが勝ちとなる。

 私たち三組ホワイトは第一回戦で四組ブラックとの対決になった。ふと、隣の応援席を見ると金和先輩が総務長法被を着ながら応援している。

「頑張れぇー! みんなぁー!」

 史上初の女子総務長に鼓舞された面々は士気が高揚するあまり殺意さえ感じられる状態だった。そんな相手を前に我々三組ホワイトの面々は若干引き気味だ。

 勝敗はあっという間についた。四組ブラックが三本を引きちぎらんばかりの勢いでかっさらっていったのだ。

「ひゅー! さっすがみんなぁ!」

〈第三競技、男女混合障害物競争に出場される選手は正門前にお集まりください〉

 この競技は男女混合だ。

 一周回るコースの中には様々な障害物がある。時に男子が女子を助け、時に女子が男子を助け、駆け抜ける。この競技で恋が芽生えるカップルも多い。

「ぶちかませ!」

 そう叫んだのは九組ネイビーの藍崎壮五先輩だった。

「俺たちの根性見せてやれ!」

「負けるな七組イエロー!」

 阿良木先輩も負けじと叫ぶ。

「俺たちの絆見せてやろうぜ!」

 三騎士の阿良木先輩を見て、私は思った。

 懲戒の対象にされそうになった四人の総務長。

 柳生校長の言っていた通り、彼らは体育祭前には無事に何らかの決着がついて厳戒態勢が解かれた。四人とも処分らしい処分は受けなかったが、四人とも大人しい活動を強いられた。

 しかし今、体育祭の現場において。

 四人は声を枯らして応援をしていた。

「いっけーいけいけいけいけ六組グリーン!」

「おっせーおせおせおせおせ二組グレー!」

 多分、ここまで来てしまったらやるしかない、そう思ったのだろう。

 いずれの総務長も、自分のベストを尽くしているように見えた。

 しかし、その実……。

 私は、知っている。

 Xで飛び交う様々なポスト。

〈山沢の奴、どの面さげてやってんだろうな〉

〈体育祭来たからって佐藤の一件が許されるわけじゃねぇだろ〉

〈黒澤金和のチームに負けてて草〉

〈松田の奴、体育祭本番の日まで空き教室で勉強してやがったよ〉

 怨恨は残っている。少なくともみんな、無傷じゃない。

〈第四競技、タイヤ取りに出場される選手は正門前にお集まりください〉

 タイヤ取り。

 グラウンドの真ん中に大小様々なタイヤが大量に置かれる。

 参戦するのは四色ずつ。選手は六名ずつなので一試合で戦う選手は計二十四名。各カラーの足下には白線で円形の陣地が作られており、その陣地内から選手はスタートする。

 ルールは簡単。中央のタイヤの山からできるだけたくさんのタイヤを自分の陣地内に集めること。

 ただ、このタイヤ取りには「横取り」が許される。運搬中の敵からの強奪、あるいは敵の陣地からの盗み、これらが許されている。

 巨大なタイヤをみんなで取って陣地に運ぶか。

 小さなタイヤを一人で大量に稼ぐか。

 それらが集まっている敵陣地から、あるいは運搬中の敵から強奪するか。

 何でもあり。とにかく、タイヤを集めろ。

 それがルール。

「位置について、用意、ドン!」

 掛け声とともに戦士たちがタイヤに殺到する。体格のいい選手は果敢にタイヤの山に飛び込み、体格に恵まれない選手は自陣の防御を任される。防御のコツは、四肢にタイヤを一つずつ引っ掛けて「自分もタイヤの一部になってしまうこと」当然ながらただのタイヤを運ぶのより人がぶら下がっているタイヤを運ぶ方が大変だ。

「死ねぇ!」

「ぶっ殺す!」

 体育会系の男子たちはほとんどバーサーカー状態である。中には巨大なタイヤ複数を一人で楽々運んでいる選手なんかもいて、「男の子ってすごいなぁ」と感心する次第である。もちろん女子の部もあるのだが、男子の部と違ってやや大人しい……わけではなく、あれはあれでなかなか熾烈な争いが勃発する。

〈騎馬戦に参加される選手は、正門前にお集まりください〉

 騎馬戦。

 体育祭競技の花形とも言える。

 ルール自体は、「騎手の被った帽子を奪い合う」という、一般的な騎馬戦と大差はないのだが、しかしこの湘南高校には総務長という概念が存在する。

 そう、一般生徒の騎馬戦があった後、九人の総務長同士の一騎打ちがあるのである。

 例年だと、総務長は男子がなるものなので総務長戦も男子だけ、誰もハンデがなかった。だが今年は金和先輩がいる。と、いうわけで……。

「前野くんっ! 頑張ってぇ!」

 総務長法被からチアの衣装に着替えて応援している金和先輩。その熱い視線の先。四組ブラック競技パートのリーダーにして澤田先輩の彼氏、前野まえの昌義まさよし先輩が総務長戦の騎馬に立つことになった。

 二人は……というより澤田さんを含めた三人は『金和紗織は応援します』の一件でわだかまりがなくなった状態である。むしろ金和先輩は前野推しを公認されているので応援にも力が入る。

 一般男子部門、一般女子部門、それぞれの対決が終わってすぐ、総務長戦が始まる。

 この戦い方にはいくつかの定石が存在する。

 一、逃げ回る。要は残った一人を下しさえすればいいのだから極力戦闘を避けて最後の一人のみに集中する。あるいは、混戦状態の中に入っていって漁夫の利を狙う。だがまぁ、これは当然ながらヘイトを買う。やり方には気をつけないといけない。

 二、猪突猛進。騎馬に体格のいい選手を集めて突進しまくる。騎手同士が戦う前に足元を崩してしまう戦法だ。この戦法の弱点は後ろががら空きになること。背後につかれて襲撃されると手も足も出ない。基本的に直進しかしないのでパターンを読まれやすいというのもある。

 三、連携。「最終決戦で正々堂々戦おう」と盟約を交わして他のカラーの総務長と二対一で別のカラーの総務長を潰して回る。だが片方が脱落すれば当然もう片方もピンチになるわけで、そういう意味では弱点が二倍になっていると捉えることもできる。

 第七十八代目総務長戦。

 午前十一時十五分、きっかり。

 火蓋は切って落とされた。

 まず突進したのは五組ブラウン園江先輩の騎馬だった。正面にいた七組イエロー阿良木先輩との対決になる。だが阿良木先輩はどうにも動きが鈍い。これは何かある。私がそう踏んでいた時だった。

「園江! 後ろ!」

 五組ブラウンの応援席から澤田先輩の声が飛んだ。と、七組イエローに突進していった園江先輩の背後に二組グレー佐藤先輩の騎馬が迫っていった。

 まずい。

 そう判断したのか園江先輩の騎馬は急旋回して逃げの一手を取る。寸でのところで挟み撃ちは避けた園江先輩、しばし様子を見ることにしたようだ。

 一方その頃、戦場の端では三組ホワイト四組ブラックの戦いが勃発していた。

「我は黒澤仙吾っ! 前野昌義、手加減はせんぞぉっ!」

 四組ブラックの前野さんを相手に、黒澤さんが声高に叫ぶ。どうも一騎打ちを仕掛けるつもりのようだが……。

「やりぃっ!」

 ものすごい速度で二騎に接近してきた八組オレンジ至御七雲先輩の騎馬が、名乗り口上を述べている黒澤さんの帽子をかっさらっていった。帽子を奪われた姿のまま硬直する黒澤先輩。三組ホワイトの応援席から女子たちの失望の声が漏れる。

「だよねー」

 至御先輩はその後もスピードに任せたヒットエンドラン戦法で七組イエロー二組グレーの帽子もかっさらっていった。どうも三騎士内での盟約は至御先輩のみが結ばなかったらしい。

 逃げの一手を取り続けているのは六組グリーンの松田先輩。彼は余裕綽々といった態度で戦場の成り行きを見ている。

 一方、挟み撃ちを仕掛けてきた相手がいなくなった五組ブラウン四組ブラックと対決になっていた。騎手がお互い手を伸ばし、戦い合う姿はさながら格闘技を彷彿とさせた。

 だが勝負は残酷な時の運。決着は一瞬でつく。

 四組ブラック前野先輩の騎馬の陣形が崩れたのだ。足元で果敢に体当たりを続けていた五組ブラウンの騎馬が四組ブラックの騎馬を崩壊させた。必然、前野先輩は大きく崩れる。園江先輩がすかさずその頭に手を伸ばし……帽子を奪った。前野先輩は滑落。しかし園江先輩がそのままでは済まさなかった。

 彼は前野先輩の腕をがっしり掴むと、体勢が立て直されるまで彼のことを支えていたのだ。そこには美しいスポーツマンシップがあった。応援席から拍手が送られる。

 一組パープル九組ネイビーの因縁の対決は、しかし九組ネイビー藍崎先輩の勝利に終わった……かと思いきや、勝敗が決した直後に背後から迫っていた六組グリーン松田先輩に急襲され、九組ネイビーも敗北した。松田先輩はやはり、余裕綽々と言った様子で藍崎先輩の帽子を手にしていた。

 勝負は五組ブラウン六組グリーン八組オレンジの対決となった。

 先に仕掛けたのは園江先輩だった。四組ブラックの足下を崩した強靭な騎馬が六組グリーンの騎馬目掛けて突進した。八組オレンジの騎馬は大きく旋回してその様子を見守った。おそらく漁夫の利を狙う作戦だろう。しかし六組グリーンの騎馬は真正面から敵と向き合うことはせず、八組オレンジ同様旋回し、五組ブラウンとは距離を取った。

 だが戦局は一瞬で変わった。

 五組ブラウン六組グリーンに届かないと悟るや否や、近場にいた八組オレンジに急襲を仕掛けたのである。スピード面に重きを置いていた八組オレンジの騎馬は五組ブラウンの重装甲の騎馬に敵うはずもなく陥落。帽子を取られる前に騎手が落地して敗北となった。

 さぁ、五組ブラウン六組グリーン

 仕掛けたのはやはり園江先輩だった。重戦車と化した騎馬が六組グリーンの騎馬目掛けて突進する。六組グリーンは再び逃げる……かと思いきや。

 私は松田先輩の足下を見た。騎馬はいずれも体格のいい選手で構成されている。あの人たち、今まで戦闘を避けていただけでスペックは十分なんだ! 五組ブラウンの突進を、正面から迎え撃つ! 

 ゴツン、と音がしそうな勢いでぶつかり合った両騎馬は乱闘状態に陥った。突進を続ける騎馬、格闘を始める騎手。揉み合って、ぶつかり合って、激しく火花を散らせた先、両者の騎馬が崩れた! 騎手も一瞬、姿が見えなくなる。決着は……! 

 体勢を立て直したのは、五組ブラウン園江健斗選手だった。

 手には六組グリーンの帽子。

 決着。総務長対抗騎馬戦。優勝、園江健斗。

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