あの言葉は胸にあるか

飯田太朗

0.ゴールデンドリーム

ゴールデンドリーム

 神奈川県立湘南高校の特異さと言ったらまずその体育祭にあるだろう。秋に行われる年に一度、たった一日のお祭り。湘南高校生……湘南生は、この一日に全てを賭ける。

 まず体育祭の規模から説明しよう。

 体育祭には一クラス四十人が九クラス、つまり一学年三百六十人、それが三学年で千八十人、参加する。まぁ、この程度なら余所の高校でも同じくらいはあるだろう。

 しかし特異なのはその組み分けである。多くの体育祭は赤白に、多くても赤白緑に分かれて体育競技の得点を競い合うものだろう。しかし湘南高校の体育祭は違う。

 先程一学年に九クラスあると言った。湘南高校の体育祭は一クラス=一色である。つまり九色の組が存在する。湘南高校の体育祭ではこの九色がしのぎを削る。

 カラーは、一組から順に……。

 一組、パープル

 二組、グレー

 三組、ホワイト

 四組、ブラック

 五組、ブラウン

 六組、グリーン

 七組、イエロー 

 八組、オレンジ

 九組、ネイビー

 レッドがないと覚えてもらえると嬉しい。

 そしてさらに、特色がもう一つ。

 組み分けは縦割りなのである。つまり一年一組二年一組三年一組でひとつのチーム。ひとつのカラーなのである。先程も書いたが、一組は紫なので一年一組二年一組三年一組でパープルチーム。こういうくくりになるのだ。

 年に一度の体育祭。

 三年生が盛り上がりのピークを迎えていることは想像に難くないだろう。体育祭では三年生が下の学年、二年生と一年生を引っ張っていく。

 二年生から三年生になる際、クラス替えはない。なのでその年の二年生はそのまま次の年の三年生になる。体育祭の組分けの中で言えば、来年のカラーを支えるのはその年の二年生なのである。三年生は祭りの盛り上がりの中で二年生の教育をする。彼らが来年、楽しめるように。そして自分たちのカラーが来年も、輝けるように。

 一年生はまだ湘南高校に入ってきたばかり。この体育祭が目当てで入学した生徒も一部いるがそんなのは存在も知らなかったという生徒もかなりの数いる。三年生は彼らに青春の楽しみ方を教える。湘南高校は東大生を年に二十名以上出す進学校である。故に勉強も捨てられない。三年生は勉学を捨てず、そしてなお青春を楽しむ方法を一年生に教える。三年生のその姿勢が続く一年生たちの三年間を決める。三年生はその背中で青春を語らねばならない。

 三年生はクラスの中で「パート」に分かれ、その「パート」での活動を通じて後輩たちを楽しませ、鍛え、そして一人一人と向き合っていく。ではその「パート」とは? これからその説明をしよう。

 体育祭と言う以上は体育競技がメインなのだろうと考える人も多かろう。

 しかし湘南の体育祭は違う。

 仮装と呼ばれる文化がある。各カラー、それぞれストーリーを組み立てひとつのミュージカルパレードを作り上げるのである。これが体育祭の真ん中に来る。

 ミュージカル、という以上は衣装や大道具、小道具が必要になる。それぞれのカラーはクラスの中にこれらの製造を請け負うパートを作る。すなわち「衣装パート」「大道具パート」「小道具パート」である。これにダンスやストーリーなど仮装そのものを統合的に考案する「仮装パート」が加わり体育祭の花である仮装を作り上げる。

 また、湘南高校の体育祭は芸術の祭典でもある。

 各カラーはそれぞれが思い思いの「体育祭」を表す絵を描く。そのキャンバスの大きさ、約十二畳。冗談ではない。体育祭ではこの巨大絵、バックボードこと通称B.Bが各カラー観戦席の背後に立つ。このB.Bの制作を請け負うパート「B.Bパート」が存在する。湘南生は彼らが腕いっぱいに描いたB.Bをバックに体育祭を駆け抜ける。

 そしてもちろん、体育祭と銘打つ以上は、体育競技も欠かせない。仮装の存在が大きいとは言え、やはり体育祭だから体育競技は絶対なのだ。

「競技パート」というものがある。彼らは体育祭競技に関わる一切――練習から審判講習など――を取り仕切る。このパートがいないと体育祭は回らない。

 最後に、これらすべてのパートのマネージャー的パートがある。「総務パート」である。このパートは各カラーの持つ予算の管理や裏方作業などを行う。

 そして、そう、この「総務パート」には。

「総務パート」のリーダーこと、「総務長そうむちょう」が存在する。

 湘南生に「生徒の中で一番偉いのは誰か?」と訊くと、全員が全員「(各カラーの)総務長」と答える。生徒会長ではない。総務長なのである。

 総務長は各カラーに一人ずついる。総務長たちこそが体育祭の王、各カラーの先陣に立って引っ張っていく、頼れるリーダー、青春の誇り、そんな存在なのである。

 今年も九英傑揃った。九人の総務長たちは以下だ。

 一組パープル山沢やまざわ活平かっぺい

 二組グレー佐藤さとう綾弥りょうや

 三組ホワイト黒澤くろさわ仙吾せんご

 四組ブラック金和かなわ紗織さおり

 五組ブラウン園江そのえ健斗けんと

 六組グリーン松田まつだゆう

 七組イエロー阿良木あらき辰比古たつひこ

 八組オレンジ至御しおん七雲なぐも

 九組ネイビー藍崎あいさき壮五そうご


〈中略〉


 さぁ、君もカラーの一員になろう! なりたいパートを見つけよう! 憧れの先輩を見つけよう! 

 そして体育祭を、夏を、湘南を楽しみ、栄光熱狂の日々と、輝く青春ゴールデンドリームを手に入れよう! 


 ――『湘南新聞』春の新入生向け号外、コラム潮騒の風、『ゴールデンドリーム』より、抜粋

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