不思議系な先輩と仲良くなる(意味深)

石田フビト

一話 「お茶漬けの交差点」と先輩は言った


 僕は自分が、人よりもお節介な性格であると自覚している。


 頼まれもしないことをほいほいと。何がどうしたどうすればいい。そうか分かった任せなさい。

 悪癖この上ない節介を働く。

 何とも傍迷惑な存在。

 それが僕、小戸森詩温こともりしおんという人間の生態だった。


「えー、じゃあこの問題を……中村」

「はい」


 別に節介を否定したいわけじゃない。勿論人助けは喜ばしい行為だし、実際僕も感謝されたことはある。

 問題はそうでない場合だ。

 電車で高齢者に席を譲る、道案内を見ている人に声をかける、泣いている子供を宥める。

 人によっては感謝されるがこともあるが。

 逆に、有難迷惑だと顔を顰められることもある。

 僕はそれが、たまらなく申し訳なかった。


「~~です」

「よろしい。中村が言ったように、この問題は三角関数を用いて……」


 申し訳ない。

 申し訳ない。

 心と口でそう謝ったところで、彼らが受けた不快感は拭いようもない。過去は覆せないのだ。

 いつか取り返しのつかないことになる。

 きっと、そうなる。


「……よし」


 決めた。

 僕はもう、絶対にお節介を焼かない。

 誰かから頼まれない限りは、決して口を挟まない。迷惑をかけない。絶対にだ。

 鳴り響くチャイムを聞きながら、僕はそう固く誓って……。

 

「……ん?」


 チャイムが、鳴って?


「では今日の授業はここまで。全員、寄り道せずに帰るように」

『うぃーす』


「え、ちょ」


 やばいやばいやばい。

 全然話聞いてなかった。何だあの数式。新手の黒魔術かな。まだ死にとうない。

 てか早くしないと消される。

 やばい。

 

 厳かに組んでいた指を解き、急いで板書を取り始めた。

 しかし現実は非情である。

 無慈悲にも日直の石井君が黒板消しを手に持ち。


「あっ、ちょい待って! もうちょい、もうちょいだからっ」

「おーい。早くしろよ小戸森ー」

「ほんとごめん!」


 謝りつつ、殴り書くように数式を写す。

 くそ、なんて汚い文字なんだ。本当に後から読んで分かるのか? 

 だが消し直す時間はない。腕も限界が近づいている。


 右手に嫌な痛みがこんにちはしてきた頃、漸く全ての書き終えた。


「ごめんっ、終わった。ありがとう!」

「うーい」


 さらば、よく分からぬ数式よ。 

 次会うのは数ヶ月後だろう。できれば二度と会いたくはないな。

 別れの言葉を心の内で済ませ、ため息をつく。


「はぁ」


 またやってしまった。

 授業中、考え事はなるべくしないように気を付けているのだが。やはりどうにも、数学とか難しい話を聞くと頭が旅立ってしまう。

 いかん。

 このままではいかんぞ、小戸森よ。

 そうだ、僕は変わったのだ。授業を犠牲にして、大いなる変身を遂げたのだ。

 僕は昨日までの小戸森じゃない。

 今の僕は……えーと。


「……」


 うん、まあとにかく変わったのだ。

 ニュー小戸森だ。ダサいな、もっとかっこいい名前にしたい。

 小戸森、改。エクストラ小戸森。スーパー小戸森。

 むむ、悩ましいところだ。


「って馬鹿。こんなことしてたら部活に遅れるわ」


 教科書を鞄に仕舞い込み、教室を出る準備をする。

 部長は時間に厳しいので遅刻は避けたい。あの人無表情だけど、何か感情豊かなんだよなぁ。

 ほんと、不思議だ。

 

「……よし」

 

 準備完了。

 時間は十分間に合いそうだ。

 余程のことがない限り、遅刻はしないはず――


「うえぇぇ!? 俺、今日掃除当番かよ!」


 瞬間、大きな声が教室に響いた。


「サボれねぇの?」

「無理だろ。確か理科の藍沢が見張ってるとか何とか」

「うわ、めっちゃだるいやつじゃん」

「はははっ、運悪ぃなーお前」


「ええぇー……じゃあゲーセンどうすんだよぉ」


 ツンツン頭が特徴の武内君。所謂、クラスで一人はいる系のやんちゃな子である。

 そんな彼が、心底残念だという声を出していた。

 何とも珍しい。


「どうするも何も、俺ら先行ってるからよ。後から来ればいいじゃん」

「そうそう」

「うえぇ、まじかよー」

 

 ……ふむ。

 なるほど、話を聞くに彼は掃除当番で、なおかつ今日は友達と遊ぶ約束があったらしい。

 加え、掃除場所は理科室。

 あそこの噂は聞いている。というか、ちょくちょく僕も掃除している。

 確かにあの眼光で睨まれたら、サボるなんて到底出来ないだろう。


 でも、ちゃんとしていればそんなに怖い先生じゃないと思うんだけど……。

 

「はぁ、誰か代わってくれねぇかなぁ」

「もう諦めろよタケ」

「ははは、そうだそうだ。観念して行って来いよ、ほれ」

「いやだぁぁぁ、めんどくせぇぇ……」


「……」


 ……おっと、そこの小戸森。君、何か馬鹿なことを考えているね?

 駄目だよ駄目。これは掃除当番で、決まっていることなんだから。

 ニュー小戸森になったんでしょ?

 やめときなよ。

 部活に行きなよ。


「……そうだ、僕はニュー小戸森。もう要らぬお節介は」


 しない。

 絶対にしない。

 お節介なんて、もう絶対に。


「……んだよ。せっかく俺、新しいゲームが出来ると思ったのに……」

「あー、確かに。タカ、楽しみにしてたもんね」


 絶対、に。


「しゃーねぇって。ほら、俺らもお前が来るまでやらねぇから、な?」

「……分かった。けどよ」

「あん?」


 絶……対……に……。


「約束、守れよ。絶対だからな。俺行くまで、勝手にやるなよ」


 寂しげな声。

 普段とは違う、彼の声を聞いて。

 僕は。



 あ。



「……ああ。んじゃ俺ら、先に行って――」


「あの、ちょっといいかな」


 後ろから声をかける。 

 僕の存在が意識外だったのか、東山君は驚いて振り向いた。

 対し、僕はにっこりと笑う。

 そして。



「多分、力になれると思うんだけど」



 ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……。














「はぁ……」


 とぼとぼと、四号館に繋がる通路を歩く。

 気分は沈鬱。

 項垂れた背中が、僕の志の弱さを物語っているようだった。


「何がニュー小戸森だ」


 馬鹿らしい。そもそも名前がダサい。

 口だけなら何とでも言える。ましてや、頭の中ならお察しだ。

 有言実行の対極。

 僕なんて、所詮そんなもんだった。


「……まぁ、喜んでくれたけどさ」


 不幸中の幸いというか。ある種の救いというか。 

 大型犬もかくやと喜んで、揺れる尻尾を幻視させながら、彼は感謝してくれた。

 あの嬉しそうな顔。

 正直、失礼だが有難い。自分が犯した罪が、少しでも許されるような気がして。

 僕の方こそ彼に感謝したかった。

 ただ……。


「問題は、だ」


 顔を上げ、部室へと続く道を見つめる。

 何て長い道だろう。地球の半径くらいはあるんじゃなかろうか。

 足が重い。とても行きたくない。 

 がというより、主に申し訳なさが原因で。


「流石に三日連続はやばいよなぁ……」


 そう、何を隠そうこの小戸森。

 昨日も一昨日も遅刻しているのである。

 ある時は重そうなプリントを代わりに運び、またある時は誰かの落とし物を一緒に探し。

 誰に言われるでもなく、厚かまし気に任せろと。

 恥を知れ、恥を。

 休み時間でやるならまだしも、それで遅刻するのは駄目だろうが。


「この馬鹿たれめ」


 呟くように罵倒する。

 これで何千回目の馬鹿たれである。ばーかばーか。

 おっとまずい。そんな馬鹿なこと考えてたらもう部室だ。

 どうしよう。

 もはや部長に合わせる顔がない。かと言って帰るのも本末転倒だし。でも申し訳ないし。

 ああ、こうなったら。


「……勢い、だな」

 

 これしかない。

 初っ端、謝罪というビックウェーブで何もかも押し流す。先輩も僕の気持ちも、勢いで何とかするしかない。

 ……できるのか、僕?

 心の中で自問する。


 答えは、イエスだ。


「……っ」



 ガラガラ!



「先輩! すみません遅れました言い訳はしませんどうか僕を磔に――」


「お茶漬けの交差点」



 え。



「……あ、はい。こんにちは」

「エジプト文明の復興?」

「え、まあ、はい。いつもの……はい。そんな感じです」

「嘆かわしき技術革命かつ祇園精舎」

「えと、ごめんなさい」


 美しく、に光る長髪。揺れる度、色が変化し眩しく照らす。

 ぱっちりと見開かれた、虹色の瞳。螺旋を描いたような虹彩はその名の通り、万の彩りを映し出す。

 身長は僕の胸元辺り。

 椅子に支えられる華奢な体は今にも折れそうなほど、儚くしなやかに存在している。

 

「隕石の微塵切り?」

「ああ、その、ちょっと掃除当番を代わって。武内く……えと、クラスの子に用事があったみたいで」

「反復横跳び千回」

「うぇ!?」

「……?」

「あ、いや、そうか。すみません、何でもないです」


 首を傾げる様の、何と愛らしく美しいことか。

 美と可愛らしさが奇跡的に融合している、先輩の容姿。

 相も変わらず、人間離れした綺麗さと言葉遣いである。


 ……反復横跳び千回が僕の罰じゃなくてよかった。

 ほんとに、よかった。


「サングラス三段活用」

「はい、以後気を付けます……すみません、先輩」

「ドントウッド」

「……ありがとうございます」


 もう一度頭を下げる。今度は謝罪ではなく、感謝のために。

 と言っても、心の内では申し訳なさで満席なのだが。

 

「……右に曲がった大予言」

「え? 読みました、けど……」

「天啓こそ我にあり?」

「は、はい! 凄く面白かったです。なんと言っても宇宙人の設定が細かくて、文章も読みやすくて。正直、何で売れてないのか不思議……って」


 しまった、返すの忘れてた。今日返すって決めてたのに。

 ああちくしょう、色々考え事してたせいだ。

 恥ずかしい、面目ない、穴に入りたい。

 急いで鞄から本を取り出して、先輩に返す。


「すみません、遅くなりました。これ、本当に面白かったです」

「ろ過ココア」


 手渡した後、彼女が座る席の正面に移動する。

 邪な意図があるわけではない。ただ単純に、椅子が二つしかないのである。だから別に、他意があるわけではない。

 合法的に美少女が眺められて役得とか、全然思ってない。

 ないったらないのだ。

 

「嘘つき男の長い耳」

「本当にごめんなさい」

「……?」

「あ、今のは違くて。……ええと、感想をもっと聞かせて、ですか?」

「おみくじ大吉」


 いつもの無表情のまま、彼女は頷く。

 とんとん、と細い指がテーブルを叩いた。ここがどこか忘れたのか、と問われた気がした。


「千年後の水」 

「……じゃあ、まず冒頭のところですけど……」


 ここは『読書感想部』。

 本を読んで、本の感想を言うだけの、それだけの部。

 部員は僕と先輩の二人。後は名ばかりの幽霊部員が十数名。

 正直、僕も本に興味があったわけじゃないけれど。


 数ヵ月前。入学したての僕は、先輩に捕まってしまったのだ。

 霞川廻かすみがわめぐりという、何とも不思議な先輩に。


「それでですねっ、あそこでヒロインの女の子が正体を現すのが、もうほんと秀逸で!」

「ぶった切りループ」

「ですよね! いやぁ、一度この展開考えた作者さんに会ってみたいですよ。あ、それでそれで……」



 時は過ぎて行く。


 緩慢に、力強く。


 意味不明な言葉を放つ彼女と、何故かそれが理解できてしまう僕。

 

 これは、そんな二人の物語。

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