第10話 Take it easy
「相ノ木~おまえそろそろ入る部活決めとけよ~」
ホームルーム、担任の清水先生がヤル気のなさそうな声で言った。
この春から入学したこの高校では全員なんらかの部活に入っていなければならないらしく帰宅部志望だった俺は頭を悩ませている。
「相ノ木、背高いしバスケ部でも入ればいいやん?」
隣の席に座るいかにも野球部です!みたいな坊主頭が俺に話しかける。こいつ名前なんだったっけ?"山"なんとか君だったと思うけど…
「うちのバスケ部って滅茶苦茶強いんだろ?俺には荷が重いよ。」
「じゃあ、バレー部とか?」
こういうタイプってなんで部活といえば運動部だろ!みたいな感じを出してくるんだろうな。
「まあ考えとくよ、提出期限は5月いっぱいまであるしな。」
「運動部に入るなら急いだ方がいいぞー!もう入部届けだして活動してる奴らと差がついちゃうからな!」
多少、脳筋気味だが悪いやつではないのだろう。たぶん山田くん。
「いやいや、山根氏!相ノ木氏は某と同じ科学部に入るべきですぞ!聞いたところによると入試も上位の成績だったらしいですからな!」
あ、そうだ山根だ!でかしたぞ…えっとコイツも名前なんだっけ、、、鈴木だったか?そして話し方に癖ありすぎだろ!
「まじかよ!よく知ってるな熊埜御堂(くまのみどう)!」
え、こいつ熊埜御堂って名前なの?やたらかっこいいな!
「あはは、ありがとう。でも、たまたまだよ。ヤマをはった所がいい感じに出題されただけさ。」
とりあえずコイツと同じ部活には入りたくないので遠回しに断りを入れる。
「よし、じゃあ面倒なホームルーム終わり~、お前ら、一限は移動教室だからな~ハキハキ動けよ~」
ハキハキとは対極にいるような感じで担任がそう答えた。部活か…まあ後で考えよう。
昼休み
「相ノ木ー!一緒に弁当食おうぜ!」
山根と熊埜御堂が机をくっつけて昼食の用意をしている。意外とウマがあうらしい。
「おーう、でも俺弁当ないからちょっと購買でパン買ってくるわ。」
「合点承知ですぞ!」
俺は熊埜御堂の癖のある話し方に軽くツボりながら教室を出て購買部へ向かう。
「そこの少年!ちょっと待ちたまえ!」
購買へ向かう道すがらまるで安っぽいライトノベルのようなセリフを投げ掛けられた。この学校は癖のある生徒しかいないのか?
「えっとどちら様でしょうか?」
「相ノ木くんだな!177cm68kg現在一人暮らし!なにより未だに部活に入ってない!ちなみに私は幡代光希!君の先輩だ!」
怒涛のマシンガントークで撃ち抜かれる。
「はぁ…まあなんで僕の個人情報が流失しているかはさて置き…」
「君のクラスの熊なんちゃらっていうやたらカッコいい名字の奴が教えてくれたぞ!」
おのれ熊埜御堂!リテラシーというものがないのかアイツは!
「私には分かるぞ少年…君は迷っているのだろう?」
「俺が迷ってる?」
「そう、我が映画研究会かエクストリームアイロニング部のどっちに入部するか迷ってるのだ!」
「すごい決めつけてくるじゃないですか!別に迷ってな…いや、エクストリームアイロニング部ってなんですか!?」
くそ、ちょっときになるじゃないか!!
「ん、世界中の危険地帯や深海でアイロン掛けを文字通り命掛けでやるスポーツだぞ知らないのか?」
知りたくなかった。というかこの高校、頭おかしいのか?一応進学校だったよな??
「少年はそんなハイリスクにギリギリで生きたいタイプではないと見た!!エクストリームアイロニング部で二階級特進よりは、私の支配する映画研究会で穏やかに余生を過ごすのがいいだろう!」
「それはそれでディストピア感あって嫌なんですが?」
ツッコミが追い付かないなこの人。
「ふむ、おかしいな?そろそろドアなんとか?みたいな心理学的に映画研究会に入りたくなるハズなのだが。」
「ドアインザフェイスですか…。」
大きい要求のあとは小さい要求が通りやすいっていうテクニックだがこの人の場合は極端過ぎる。
「そうそれだ!入部したくなっただろう?」
「今の流れでどうやったらそう思えるんですか!?」
「ふむ、年上の綺麗なお姉さんに少年呼びされると術からず言うことを聞いてしまうはずなんだがな…」
ダメだこの人、本能的に関わってはいけないと身体が警鐘を鳴らしている気がする。
「大体、俺は穏やかに高校生活を過ごしたいんですよ。」
「それなら映画研究会はうってつけだぞ!なにせ私と昨日拉致した1年以外部員もいないし特にやることもないかな!好きに過ごすといい!」
拉致したというところは精神衛生上よくなさそうなのでスルーしよう、しかしそう聞くと悪くない気もしてきたぞ…?
「わ、悪くはないですね。」
「よし!じゃあ入部届けは私が偽装して提出しておいてやろう!」
「いやいや、ちょっと考える時間をくださいよ!」
く、どうにかこの場から立ち去りたい!
「あ、そういえば俺購買に行く途中なんでした!いやー早く行かないとしまっちゃうなー!」
「ふむ、では最後に…少年、君に夢はあるか?」
「夢…ですか?」
急な質問だな。まあ金輪際関わらないだろうし最後にちょっと話していくか。
「夢なんて高校1年生ならほとんどまだ明確なものはないでしょう?俺も小金持ちになりたいとかそんな感じですよ。」
「そうなのか?私には夢があるぞ?」
世界征服とか言いそうだよなこの人。
「すばり世界征服だ!!」
ほんとに言うのかよ!?
「お巡りさーん!ここに危険分子がいまーす!」
「はっはっは!国家の犬を怖がっていて世界征服ができるものか!」
「先輩、よく浮いてるって言われません?」
「なに、私以外が沈んでるだけのことだ!」
このメンタリティだけは尊敬してもいいのかもしれない。
「それじゃあ俺は行きますね。」
「医者になりたいって夢は捨てたのか?」
去り際、先輩がそういい放つ?
「なんで知ってるんすか?」
突然のことに語気を少し強めてしまう。
「小学生の卒業文集に乗ってたぞ!山なんとかという坊主頭のやつに借りた!」
山根ぇええ!あいつら録なことしねえな!というか俺と山根、同じ小学校だったのかよ!!
「くっ、子供の頃のよくある夢ですよ。ほら小学生がなりたい職業ランキングでも9位くらいでしょあれ。」
「確か君のご両親は医者だったな?清水女史が言っていたぞ!失業したときは頼ろうとな!」
俺の個人情報流出し過ぎじゃありません?まあこの先輩のことだ清水先生の弱みを1つ2つ握っているのだろう
「あのグータラ教師め。」
「恨んでやるな!清水女史の弱みならいくらでも握っているらかな無理やり脅迫したのだ!」
もうやだ、あのクラス…
「それで少年、君には妹がいた…」
「それ以上はやめてくれませんか?」
それは踏み込み過ぎだろう。侵してはならない領域もある。
「なるほどな…すまない私としたことが言い過ぎたな。」
「それでは失礼しますね。部活勧誘がんばってください。」
気まずい雰囲気と鈍い心の痛みを振りほどくように俺は後を去った。
先輩と別れた後、購買部に訪れたのだが、おにぎりサンドイッチとか言うパンで米を挟んだアホなパンしか残っておらず試作品なのか無料だったので渋々それを頂戴した。
俺はさっきのことがあってかクラスに戻る気にもなれなかったので適当な場所でぼっち飯と洒落込もう。
「屋上でも行ってみるか。」
階段を上がり屋上を目指す。学校の屋上なんて普通立ち入り禁止だがダメならドアの前で食べればいいさ。
ダメ元で屋上の扉のノブをひねると意外なことにあっさり開いた。
春の柔らかい風が吹き抜ける。御机高校は高台に立てられているので景色も悪くない。こんなロケーションなら人気スポットなハズなのだがどうやら俺しかいないらしい。間抜けな先生が施錠し忘れたのだろう。
俺はそこら辺に腰掛けおにぎりサンドイッチを頬張る。うん、まずい!
「ふふふ、やはり現れたな少年!」
「ぐほっ!」
な、なんで先輩が!?というか驚いた表紙に米とパンが喉に張り付いて苦しい!死ぬ!
「どうどう!落ち着きたまえ!ほら水だぞ!」
「あ、あり、が、どうござ…」
先輩の持つペットボトルに手を伸ばす。
「で、映画研究会に入部する気になったかな?」
先輩はひょいっと水の入ったペットボトルを後ろに下げる。こ、コイツずりぃぃ
「ぢょ、ぞれどごろじゃな…」
「私だったら変なパンを食べて死ぬなんてやだな~」
ぐっ絶対、映画研究会なんて入るものか!おれは最後の力を振り絞って屋上から逃げ…ようとしたがドアが開かないぞ!?
「ヒント1、普通は危機管理の観点から屋上を閉鎖している高校が大半だ。ヒント2、私は君の担任の弱みを複数握っている。ヒント3、おにぎりサンドイッチなんて本当に発売されてると思ぅた?ヒント4、センチメンタルになった男の子って何故か高いところで一人になりたがるのよね。」
このアマァァァアア!全部テメェの差し金かあああっ!!ヤバい、視界がブラックアウトしてきた。
「少年が映画研究会にどーーしても入りたいっ!って言うんだったらこの水をプレゼントしてあげるんだけどなあ?」
小悪魔のように扇情的な笑みで先輩がこちらを見る。ぐぅぅう悔しいけど命には変えられない。
「わがっだがら…み、みずをぐれ…」
「どうしても映画研究会に入りたい?」
「ど、どうじでもッ、えいがげんぎゅうがいにっ、はいりだいでずっ!!」
人間、生殺与奪の権利を握られてるときは惨めにも懇願してしまうものだ。悔しすぎるッ!
「はーいよく言えました!ほら水だぞ!」
俺は先輩の手から水を奪い取ると一気に喉に入れる。
「ゴホッ、ケホッ、グッハァパッアハァハァ」
「よーしよし辛かったねーヒッヒッフーだよ?ヒッヒッフー」
「なんで…ラマーズ…法…なん…だよ…。ハァハァ…生まれたのはお前への憎しみだけだ…。」
肩で呼吸をしながら空気を肺に入れれる喜びを噛み締める。
「おやー?同じ部活の先輩にたいしてお前はよろしくないな?これからはみっちゃん先輩と呼ぶがいいぞ!」
「誰が呼ぶか!!」
俺の叫びが大空に吸い込まれて行った。
「結局、俺は最初から最後まで先輩の手の上で踊らされてたってことですか…。」
「ハッハッハッ!どうだ相ノ木!参ったか!」
少年から相ノ木に俺の呼び方が変わったのは俺が入部を承諾してしまったからだろう。
「ところで先輩は俺のことどこまで知ってるんですか?」
「ん?特には知らないぞ!」
「ええ!?なんか訳知り顔だったじゃないですか!?」
「なにやら妹が何かあったとは風の噂で聞いたがな…別に話さなくていいぞ!調べるから!」
「いや、そこはなんか過去なんて関係ないとか言って余計な詮索はしないべきでしょ!」
「知らないことがあるなんて不快じゃないか!それに部員のことはしっかり把握しておきたいしな…。」
この先輩にはどうやっても敵わないんだろうな…調べられるのも不気味だしここで話しておくか…
「まあ、ありきたりな話ですよ。妹が難病を患っていて、俺は小さい頃特有の正義感で医者になって妹を救いたいとか思ってたんですよ。」
先輩が静かに俺の話を聞く。一応気を遣ってくれてるのだようか。
「そんでいい高校に入っていい大学の医学部に入るためにすげえ勉強してたんですけど…俺が中学三年生のとき呆気なく妹は死んでしまったんです。」
割りきった気ではいたけど、話してみると胸にくるもんだ。そんな俺を察してか先輩は無言で俺につづきを促す。
「なんかそこから目標とか生きる意味とかどうでもよくなって、中学時代の友達にもなんか気を遣われて居づらかったし受験のモチベーションもなくなったのでそこそこ家から遠くてそこそこ頭のいい高校でそれなりに普通に過ごせればいいなと思ってここに来ました。」
うわあ自分でも自分がセンチメンタルになっているのを感じてキツイな…。
「だからまあ部活なんてどこでも良かったんですよ。まさか映画研究会に入らされるとは思いませんでしたけどね!」
なんかしんみりした雰囲気だったのでツッコミをいれておこう。
「それは、大変だったな…」
「ぐっ…」
あれ?なんだこれ涙が出てくる!?いやだ!こんな先輩の前で!?いや、さっきまで傲岸不遜だったのに急に優しくされたからメンタルが不安定になってるだけだ!耐えろ俺!!
「別に強がって割り切った振りなんてしなくていいぞ?私の前では特にな」
「ぐっ…うっ…先輩…俺…」
「よーしよし泣け泣け!かわいい後輩よ!」
そういって先輩は泣いている俺の背中を撫でてくれた。
後で恥ずかしくなる奴だと頭では分かってても止まらない嗚咽をもらす俺に、5限のチャイムが鳴り終わった後も先輩は隣にいてくれたのであった。
放課後、早速先輩に連れられて映画研究会の部室に向かっている。
「いや、トントン拍子で入部させられましたけどなんか納得いかないのですが?」
上手く言葉に出来ないがよく考えてみれば俺が映画研究会に入るのおかしくないか??なんかDVと洗脳を喰らったような気分なんだけど!?
「ハッハッハッ!案ずるな私についてきたら間違いはない!テイクイットイージーってやつだ!」
色んな映画でよく聞くセリフだった。
「先輩には言われたくないセリフですね。」
「相ノ木は自分を見つける努力をするんだ!長く待てば待つほど、見つかる可能性はどんどん低くなるぞ!」
「"今を生きる"のセリフですね。」
この先輩は不意に的を射た言葉をいってくる。
正直少しかっこいい、まあそれを帳消しにするくらい性格は最悪だけどな!
「お!よく知ってるじゃないか!映研向きだな!よーし到着!ここが部室だ!おい紫音生きてるか!!」
部室棟の最奥にある部屋に通される。隣の部室がエクストリームアイロニング部であったことと何故か亀甲縛りされて吊るされている紫音とか呼ばれていた男がいる以外は普通の部室だ。いや、異常が過ぎるだろ!
「先輩、退部します!」
「そうか、でもいいのかな?」
先輩が胸ポケットから写真を取り出す。それをよく見てみると俺、先輩に寄り掛かりながら号泣してる写真じゃないですか!??なんか画角的に俺が先輩に告白しら振られて泣いてるみたいだぞ!
「ぐっ謀りましたね!?」
「と、いうわけでこの写真をバラ撒かれたくなかったら退部なんて考えないことね!」
ワッハッハッハッ!とふんぞり返って笑う先輩と海老反りで亀甲縛りされフゴフゴと猿ぐつわされながら身体をよじっている同級生。
俺はこんなところで本当にやっていけるのだろうか。
「さあ!相ノ木に紫音!今日も素敵な日々にしていこうか!」
こうして俺の退屈だった日常は終わりを向かえた。いや、この人達に関わるくらいなら退屈な日常でよかったよ!!
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます