第3話 俺が何者かは俺が決める

「俺が何者かは俺が決める。っていい言葉だよなあ。日々をだらだらと浪費していてる俺でも、思いようによっちゃあ青春を満喫しているような気分になれる。まさにフレディ・マーキュリーは音楽界のニーチェといえるだろう…」


 俺たちは今日も今日とて映画研究会の部室で雑談に花を咲かせていた。


「うーんフレディはそんなニヒリズム的な解釈で言った訳じゃないと思うけどね。」


 相変わらず女子よりの男子である陸は、律儀に俺の雑な議論に返答してくれている。とても嬉しい。


「ルサンチマンの塊である相ノ木らしいな。」


「俺が妬み僻みの化身とでもいいたいのか紫音?」


ニヒルな表情で紫音は俺に皮肉を言い放ってきた。ちなみにコイツはアホの子なのでルサンチマンなんて言葉を知っているはずがない。最近、YouTubeか何かで見たのだろう。


「アホの紫音がニーチェなんて知ってるわけないだろ?ショート動画で流れてでもきたんだろ?」


心の中だけで消化するのももったいないのでふっかけてやろう。


「ふっマーシャルアーツは紳士の嗜み…」


「それを言うならリベラルアーツだろ!おまえは格闘家か!!」


やっぱりダメだこいつ。俺の横ではツボの浅い陸が肩を小刻みに震えさしてる。小鹿みたいでかわいいな!ナイスボケだ紫音!


「う、うるさいな!いい間違えただけだ!」


「ははは、二人を見ていると飽きないなあ。」


「ツッコむ方は大変なんだぞ?」


あぁフレディ・マーキュリーよ…何の生産性もないこの日常が輝ける日々だったと思える時はいつかくるのだろうか?


「相ノ木こそ最近、ボヘミアン・ラプソディーでも試聴したのか?」


「おーう!ビデオ屋に入荷してたから借りて見たぞ!」


因みに俺はサブスク隆盛のこの時代において未だにビデオ屋で借りている。特に理由はない、なんとなくの意地だ。


「相ノ木、ギター上手だもんね!QUEENが音楽の入りなの?」


「陸のピアノ程上手くは弾けないけどな、入りはバック・トゥ・ザ・フューチャーからのスクールオブロックだな!あれを見てからギターが弾きたくなって、ちょいちょい練習したんだよ。そういや紫音もドラム出来るけど習ってたのか?」


「ふっ…僕か?僕はセッションを見てからだな。氷水を入れたバケツに手を突っ込むシーンをみてよくマネをしたものだ。」


セッションという映画で主人公が腱鞘炎になりそうな腕を氷に突っ込んで冷やしながら練習するシーンがあるのだが、コイツの場合はただただなんとなしに氷バケツを用意して悦に入っていただけだろう。容易に想像がつく。


「陸は二歳くらいからピアノをしてるんだよな?やたら上手かったがプロでも目指してたのか?」


「えっと…うん。結局挫折しちゃったけどね。今は嗜む程度に楽しくやってるよ!」


一瞬、陸の表情が曇ったように思えた。墓穴を掘ったか!?


「悪い、あんまり聞かれたくなかったことか?」


「ううん!そんなことないよ!ほら、自分の才能というか…そういうのに気付いちゃうときってあるじゃん?よくある話でよくある話だからこそ…今、僕にとってピアノはちょっぴり得意なことってくらいで楽しく付き合えてるよ。それに今は二人とだらだら会話できるこんな日々が楽しいよ!」


俺を気遣ってか朗らかに陸は笑った。


「因みに戦場のメリークリスマスがピアノにハマったきっかけかな!」


「Merry Christmas Mr. Lawrenceか…名作だし坂本龍一の楽曲も素晴らしい映画だな!」


ああ、あのホモセクシャルな感じの…という言葉は自重しつつ


「陸が自主制作映画のBGMを作ってくれるから本当に助かってるよ。」


「ありがとう!僕もアレ作るの楽しいよ!」


俺達が所属する映画研究会も存続するためには一応、活動らしいものをしている痕跡を残さなければならず、一年に一度ローコストな自主制作映画を作っている。


「ところで今年の映画制作はどのような題材にするのだ?僕の自伝でもいいぞ?」


「紫音の自伝?一応15分くらいの尺は欲しいんだぞ?」


「おまえはどれだけ僕の人生が薄っぺらいと思っているのだ!?」


未だに掛け算すら満足に出来ない奴が濃密な人生を歩んでいるとは思えないけどな。


「大体、何処の誰かも分からない一般ピーポーの自伝なんて需要がないだろ、何様だよ。」


「僕が何者かは僕が決めていいのだろう?」


「おまえは自分がアホなのをちゃんと自覚した方がいいと思うけどな。」



                  つづく

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