2.辺境騎士団と偽りの騎士【Rewrite】

小路つかさ

第1話 プロローグ

 アマーリエは乾き切ったフォッカチャを歯で引きちぎると、水で薄めた葡萄酒で胃に流し込んだ。

 丸太を組んで急拵えした狭い部屋には、騎士たちが詰め寄り、共に食卓を囲んでいる。

 狭く無機質な部屋だが、食卓は豪勢だ。

 ハーブと芋を腹の中にパンパンに詰め込んでから焼き上げた七面鳥や、暖かいそら豆のスープ、ヤギの内臓のトマト煮込み、山桃やイチヂクなどの果物もあった。これらは、街の人たちが提供してくれた料理だ。時間は無いが、せっかくなので、一品でも多く口に頬張る。

「なんでもコランティーヌ嬢は、美容に眼がなく、肌を美しく保つという噂には、すべからく喰らい付き、金を惜しまず手に入れる浪費家だという噂だ」

 口から豆を飛ばしながら、オラースが街から仕入れて来たらしい噂話に花を咲かせる。彼は、背は低めだが、頑強な筋肉の上にたっぷりと脂肪をコーティングしたかのような、猛々しい騎士だ。外見に見合わず、噂話が好きなのかも知れない。

「錬金術師を雇っているのいうのは、そういう理由か。馬鹿馬鹿しい。いい金づるじゃねぇか。歳をとれば、皆衰えるというのにな」

 シュバインシルト出身の騎士クルトの軽口に、ミシェルが咳払いをして不快を主張する。

 女性がいるのだから、発言には気をつけろ、という意思表示だ。

 神官騎士の彼女は、三姉妹の真ん中、いわゆる調整役である。しかし、姉妹にはそれで伝わるかも知れないが、クルトには分かりやすく言ってやらねば理解はされまい…とアマーリエは思う。

 豪勢な料理で舌の調子が良くなったのか、オラースがさらに話を続けた。

「中でも壮絶なのはだな…月に一度は、処女の生き血を溜めた風呂に浸かるって話だ」

「まじか…」

 適当な相槌を打つクルト。

「オラース卿…」

 ミシェルは天を仰いだ。

「食事中よ!?」

 オラースは怯まない。

「王侯貴族は、食事しながら懇親を深めて政治を論ずるもんだ。楽しい話題を提供して何が悪い?もしかして、お前は楽しくないのか?よもや、そんな事はあるまいに」

「あなたが下品だから、イネスがここに寄り付かないじゃない!少しは空気を読んで」

 オラースは、俺は下品か?と隣のワルフリードに尋ねて、苦笑を返される。

「セヴリーヌとイネスはどこに?」

 アマーリエの問いに、破壊された神殿の復旧工事を指揮しているとミシェルは答える。

「土木工事は、後でも良いだろう。今は戦士の仕事をするべきだ」

「オラース、彼女らのおかげで、今の食卓があるのよ?仕事は人それぞれ、己が成すべき事を彼女らはしているの。皆、手が止まっているわね。もう満足かしら?では、私たちの成すべき仕事に戻りましょう!」

「さっき座ったばかりなのに…」

「人使いが荒い」

 ワルフリードとクルトは、互いに愚痴をこぼし合いながらも、最後の一口を詰め込んで立ち上がる。

 アマーリエは、出口を覆う毛皮を押し広げた。


 眼下の谷間に広がる美しい大都市。

『病からの解放者!』

 アマーリエが姿を見せると、集まった市民たちから一斉に喝采が沸いた。

 辺境の北限、ハイランド王国との国境近くに位置するグラスゴーの街並みだ。

 深い谷間に拓けたこの大都市は、オレリア公爵のお膝元。しかし、今や市民は拍手喝采で辺境騎士団を出迎えてくれている。

 アマーリエたちは木製の艀を踏み鳴らし、小屋の反対側に回る。

 そこには、堅固な城砦が、その雄姿を誇示していた。

 街と城砦を隔てるのは、第一から第三までのカーテンウォール。

 第一城壁を突破した辺境騎士団は、急拵えの“指揮所“を、わざわざその城壁の上に築いた。

 下を見れば、視線が合った兵士たちが、気勢を挙げて応えてくる。

 小隊指揮官たちは矢継ぎ早に指示を飛ばし、投石器は岩を飛ばし、第二城壁を襲う。

 岩の砕ける轟音と、怒鳴り声、そして弓矢が飛び交うそこは、激戦繰り広げられる最前線だった。


 山の民との激戦を制し、支配地域を広めた辺境騎士団の次の狙いは、オレリア公アナイス・コリンヌ=コランティーヌ・ファビエンヌが治める大都市、グラスゴーの攻略だった。

 すでに、直接対談による交渉は決裂している。

 カーテンウォールの上にわざわざ“指揮所“を築いたのは、アマーリエの意向による設えだ。

「見栄っ張りな城代に対し、威圧と危機感を与えるため」というのが彼女が皆に語った理由だった。それに対して、騎士たちは“あえて“誰も異論を述べなかった。意見として、敵の矢が部屋の中まで飛んで来ないように、街側に出入り口を設けること、が述べられたに留まる。

 男たちが異論を切り出せなかったのは、“藪蛇だ“と感じたからに他ならない。


 今回の戦は、女同士の意地が正面からぶつかり合う様相を見せていたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る