然様なら、それで

中村千

飴屋

「よお、坊っちゃん」

 生気に溢れた声だ。坊っちゃんと呼ばれた少年はその丸い瞳を光に濡らした。

「茜」

茜と呼ばれた女。鮮やかな紅の着物を身にまとい、たすきをかけた袖からはすらりと日に焼けた腕が伸びる。乱雑に結われた髪が着物の明るさからは浮いているが、本人は気にしていないのだろう、額の目はぎょろぎょろと楽しそうに動いている。

「相変わらず辛気臭い面してるじゃないか。どうだい、一本」

手に持つそれは、りんご飴。赤く、艶々と輝く様子は、茜とよく似ていた。

 厚く、厚く塗り重ねられた水あめ。茜いわく、色粉は使っていないのだそうだ。真っ赤に熟したリンゴを使うのが、彼女のこだわりなのだそうで。

「いらない。…知っているだろう、甘味は苦手だ」

「ひゅう、つれないねえ」

紅を引いた三つの眼を瞬かせ、茜が言う。視線をそらした少年を見やって、ずいと右手を眼前に突き出した。

「こっちはどうだい?姫りんごっていう小さなやつだ。なんでもどっかの小さい小さい姫さんがつくってるんだと。甘いけど酸っぱい。甘いだけじゃないって大人気さ」

「…」

「あんまりにも小さくてね、油屋の爺さんに見せたらなんて言ったと思う?『なんて大きなどんぐりじゃ』だってさ!信じられるか?本気なんだぜ?」

ゲラゲラと腹を抱えて笑う茜を、少年はじっと見つめていた。茜が笑いすぎてにじんだ目じりの涙をぬぐうまで、ずっと。

「…一本もらおう」

「お、毎度あり!」

 小さな、といっても握りこぶしほどはありそうな棒の刺さったそれをひょいと取って手元に寄せると、茜は何やらがさごそと茶色の紙袋を取り出した。

 少年ははてと首を傾げる。紙袋に入ったりんご飴など見たことがない。

 こちらに背を向けて何かを袋に投げ入れると、りんご飴とともに差し出してくる。満面の笑みだ。

「そんな顔すんなって、信用ねえなあ。辛党の坊っちゃんに煎餅のお土産さ。折角うちのを買ってくれたんだからね」

もらいもんだから美味いだろうよ、と少年に袋を抱えさせる。額の眼が少年をとらえて笑いかけた気がした。

「また来る」

茜の店からしばらく歩いて、少年は一口、りんご飴を食む。

「…甘いな」

橙の光が、目に染みた。

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