第11話 はじまり

「髙橋悠人です!これからよろしくお願いします!」


 大卒の就活は1社しか受けなかった。

理由は単純に面倒くさかったからだ。

それなりの給料とそれなりの仕事、それなりの残業で済むなら全然いい思っていた。


 若松とかいう禿げてるおじさんにダル絡みされていると、「おっ、お前がこの部署の新人か?よろしくな。俺は篠田和也。わかんないことあったら何でも聞け」と、挨拶される。


 この当時はまだ篠田は営業ではなく、うちの部署で働いていた。


「...はい!よろしくお願いします!」


 この篠田という人間は最初は良い先輩だった。

仕事のこと以外でも社会人としてのマナー、上司に気に入られるためのテクニックの全てを教えてくれた。


 それに倣って仕事を続けていたわけだが、なかなかうまくいかず、俺は仕事はできない人というレッテルを貼られた。


 そうして、少しずつ肩身が狭くなっていく俺を庇ってくれたのもまた篠田だった。


 俺は篠田に強い憧れと感謝を抱いた。

この人のようになりたい、この人のためになりたい。

篠田からの命令ならばどんな事だってやった。


 篠田の仕事を代わりにやったりするのは当たり前で、言われる前に飲み物やタバコを買ってきたり...。

その関係は上司と部下ではなく、奴隷と王様に近かったのかもしれない。


 しかし、新卒でなんとかこの会社にしがみつこうとしていた俺はそれがだんだんエスカレートしていくことにも気づかず、2年が経とうとしていた。


 その時には裏で殴られることすら平気であった。けど、俺は何も思わなかった。

いや、むしろこれで篠田の役に立てるならそれでいいとさえ思っていた。


 そんなある日のことだった。


「...なぁ、悠人。お前本当に大丈夫か?」


「何が?」


「いや、残業もめちゃくちゃしてるしさ...。最近顔色もずっと悪いし...。病院行って見てもらったほうがいいんじゃねーの?」


「大丈夫。俺は大丈夫だ」


「あと、篠田先輩?あの人とは距離をとった方が...」


「篠田先輩の悪口を言うな!あの人はすごいんだ!一人で何でもできて、俺みたいな人間にも優しくて!」


「悪い悪い!俺が悪かったよ...」と、玄太は少し悲しい顔をした。


 そんな言葉も虚しく俺は1ヶ月後に過労により倒れてしまったのだった。


 医者からは入院を命じられ、俺はしばらく会社を休むことになった。

なんだか、もう戻れない気すらしていた。


 それから数日経ったある日。


「よっ。大丈夫かー?」と、玄太が見舞いに来てくれた。


「おぉ...ありがとうな。来てくれて」


「おう。顔色、少し良くなったな」


「...そうか?」


「おう。少し話しいいか?」


「?」


 ポケットから携帯を取り出すと、ある音声が流れる。

それは篠田の声だった。


『あーぁ、高橋の野郎壊れやがった』


『篠田先輩、だいぶ可愛がってましたもんねー』


『流石に戻ってこねーだろうし、次のおもちゃ探すか』


『てか、どうやってあんな風にコントロールしたんですか?』


『別に?簡単だよ。あいつの悪い噂を流して、会社の人間から避けられたところで手を差し伸べる。あいつは仕事もできなかったから余計にちょうど良かったんだよなー。そういう面でもフォローしてやったら簡単に落ちたよw変わりはいくらでもいるし、また新しいおもちゃを見つけるとするかなーw』


 そうして高らかに笑う声。


 以前までは心地よく感じていたその声も、今ではもう不快でしかなかった。


「...そっか」と、俺は諦めたように呟いた。


「...会社辞めろ」


「...悪い。それはできない」


「おい、なんでだよ。今のまま戻ったら...」


「分かってる。ただ戻るわけじゃない。きっちり復讐してやる」


「お前...」


 こうして俺は奴への復讐を覚悟したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る