第4話 ブラックな日々

「...お前さぁ...これ何?」と、書類を指差す上司の若松わかまつ。会社内のあだ名は禿松はげまつ


 綺麗なバーコードを見せつけながら静かに怒る。


「えっと...すみません。すぐに直します」と、頭を下げる。


「...はぁ。3日休んで頭ボケたか?ったく」


「はい。すみません」と、もう一度頭を下げる。


「クビにしてやろうか?そしたら一生休めるぞ?良かったな」


「...すみません」


 そうして、小さく握り拳を握る。

お前が無茶な仕事量振るからだろうが!

そのくせてめーは定時にあがりやがって!

こっちが何連勤したと思ってんだ!ハゲ!と、心の中で怒号を飛ばしながら謝罪し続ける。


 これがいつもの日常。


 社会人になって初の3連休で心を休めている間に起きた、非日常的な出来事で忘れそうになっていたが、俺はペンタゴンブラックより黒い会社に勤めていたことをようやく思い出す。


 それでも、今は少しだけ心の頼りができたことは素直に喜ぶべきなのだろう。



 ◇昼休み


「おっす、悠人」と、同期の大坂おおさか玄太げんたが話しかけてくる。


「...おう」


「どうだったー?三連休は」


「まぁ...うん。あっという間というかなんというか。バタバタしている間に気づけば三日目の夜だった気がしなくもない」


「んだよ、それ。ぜーんぜん休めてないだろ?朝起きれば会社のこと思い出して、夜は会社のことを考えて怯えながら眠る日々...。けど、今日はちょっと顔色いいな」


「...そうか?朝からミスしまくりでなんかもうね...」


「おっ、ストップ!そこからの言葉は今日の飲みできいてやる」と、くいくいと指でお酒を飲むポーズをする。


「悪い。飲みはきつい」


「ん?先約ありか?珍しいな。...もしかして女か?...ってそんなわけ「そんな感じだ」と、食い気味で言ってみる。


「...はぁ!?なんだよそれ!?抜け駆けか!?くっそー!どこで出会ったんだよ!何歳の子!?」と、口からご飯を撒き散らしながら迫って来る玄太。


「ちょっ、汚っ」


「わりわり。お前が女できたというからつい...。女とかキョーミないって言ってなかったか?」


「...まぁ、あんま興味はない。というより、出会いそのものがないしな」


「...なんでそんなやつに彼女ができて俺にできねーんだよ。んで、その子の写真とかねーの?」


「...ないな」


「お前なんか怪しいな。もしかして...相手は人妻とか?」


「ちげーよ。そんなわけねーだろ」


「そっかー。飲み無理なんかー。んじゃ、ここで話すしかないなー。転職の話なんだけどさー」


「...おう」


「うちブラックだろ?いつまでも続けられるほど体力が持つわけじゃねーし。それにもし恋人が出来たら将来を考えたいし、安定した仕事に就きたいしなー」


「...うん」


「よし、一緒にやめるか」


「...いや、一緒にやめる必要はないだろ」


「そうなんだけどー。ほら、俺もやめるきっかけが欲しかったというか...。どこかで踏ん切りつけないとずーっと繰り返すんだろうなって」


「...そっか」


 けど、このブラック企業がそんな簡単にやめされてくれるわけがないことは容易に想像がついた。


「...とりあえず、詳しい話はまた今度しようぜ」


「おう。その時には彼女の写真くらい用意しとけよー」


「うい」


 そうして、いつものように残業をして家に帰るのだった。



 ◇帰宅 PM9:12


 これでもいつもより早いんだよなー。

いや、本当狂ってるよな...。


 そんなことを思いながら帰宅すると、そこにはエプロンをした葵ちゃんが待っていた。


「おかえりなさい...。もう少しでできるから待ってくださいね」


「ただいま。...って、帰る時間に合わせて作ってくれてたの?」


「はい...。やっぱり、あったかいの食べてほしいし...」


「ありがとうね」


「いえいえ。...いっつもこんなに遅いんですか?」


「...これでもいつもよりは早いんだけどね」


「...ブラックですか?」


「そうだね。漆黒企業だね」


「それはちょっとカッコよさそうですね」と、クスクスと笑う。


 このかっこよさがわかるとはなかなかやるな。


 用意されたご飯はなかなかバランスの取れた食事だった。

白米、味噌汁、サバの味噌煮、ナムル、卵焼き、生姜焼きが1枚。


「...すごいな。いっつもカップ麺だけだったから...」


「そんなんじゃ体壊しちゃいますから。...これからは節約しながら健康的な食事を心がけましょう。...私も家事と内職的なのしようと思ってるで、できるだけご迷惑かけないようにするので」


「...無理しなくていいよ。少しずつでいいから。この家は元々ばあちゃん家でさ、家賃とかもかからないし、独り身で趣味もあんまりないから結構貯金もあるし」


「...でも、お金は...大切にしましょう」


「...そうだね」


 そうして、机に置かれた婚姻届に目が行く。

そこには既に彼女の必要な情報が書かれていた。


「...い、一応かけるところは...書いておこうかなと」


 なんとなく分かった。

彼女はまだ不安なんだ。

何か一つ、何か一つのボタンのかけ違いでここを追い出されるようなことがあれば...。

だから、繋ぎ止めたい。


 昨日、積極的に抱きついてきたのも、そういうことをしてもいいって言ったのも、既成事実とかもしかしたらそういう焦りからきたものなのかもしれない。


 早く安心させてあげたいな。

とりあえず、俺の方は玄太にでも頼めばいいとして...。


「...なるべく早く出しに行けるようにするね」


「ごめんなさい...せ、急かしている...みたいで」


「気にしなくていいよ。できるだけ早く書いてくれる人探すから」と、頭にポンと手を置くと眉を掻きながら少し照れる葵ちゃんであった。

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