第17話 エマージェンス

 初めて、クラスメイトと出会ってから、あっという間に1ヶ月が過ぎようとしていた。彩も会話に慣れ、相手の伝えたい事はほぼ理解できる様になっていた。しかし未だ自分の気持ちを上手く伝える事は難しく、言葉を選んでしまって会話に詰まる。しかし、周りの友達はそんな彩を、暖かく見守ってくれている。初めての海外、初めての異国の言葉と文化の中での生活。それがどれほど大変なことなのか。ここに集まっている同級生たちは、皆、一様に既に経験しているからこそ、それが分かる為、皆優しい。皆がいつも言ってくれる言葉は同じで「Aya、ゆっくりで良いんだよ。焦らないで、上手く話そうとしなくて良いんだよ。」そして「大丈夫。Ayaの心は僕達にちゃんと伝わっているから。」といって励ましてくれる。良い人たちに巡りあえ、学校生活は勉強以外にも、多くの学びがあった。自分でも来て良かったと、心からそう思える日々が続いた。最初、こちらに来た頃は、母や玲子に良くLINEをしていたが、その頻度も少しづつ減って行った。一緒に暮らしている早苗とも、家で話すのに日本語だったけれど、少しづつ英語になって行き、今では殆どの会話が英語になっている。それも無意識のうちに。元々早苗も海外生活が長いので、普段は自然と英語でコミュニケーションを取る癖がついていて、違和感なく生活の中での会話が英語の為、何の問題も無かった。とにかく、四六時中英語の生活な訳だから、みるみる彩の発音もネイティブに近づいて来る。若いって事はすばらしい能力で、どんどん吸収していくが、それに本人は気づいていない。学校生活始まって2ヶ月目を迎える頃には、アメリカンジョークも言える様になった。そんな充実した時間を過ごしているが、季節はだんだんと人恋しくなる季節が近づいてきた。公園のポプラは色づき始め、ハロウィンの飾り付けをする家が増えてくる。ショッピングに出かけても、すでに店頭で売っている服は冬物で、間近に迫った季節を予感させる様なコーディネートのディスプレーが目を引く。緯度で言うと日本の東北と近い為、秋が短く冬の訪れが早いと言う事を感じて頂ける思う。従って10月ともなれば、暖かな格好でのファッションが目に付く。

 そんなある日、マリーと彩は連れ立ってショピングに出掛けていた。地下鉄の駅を出て、地上に出る。本屋、カフェ、ブティックなどを通り過ぎ、お目当ての店に着いた。マリーのオーストラリアにいる友人に、ニューヨークらしいプレゼントを探すためだ。「I ♡NY」と大きくロゴがプリントされている小物・雑貨が、所狭しと並んでいる。日本でも、昔はやっていた時期があったが、最近はあまり見かけなくなった。

 そんな誰でもが知るグッズを売る店で、少女二人は店内ではしゃぎ、楽しんでいる。サングラスや、マグカップ。Tシャツに、ペット用のTシャツまである。確かにここまで全部徹底していると、清々しい。そんな中、マリーはいくつかのグッズを買い、プレゼント用にリボンを掛けて貰った。大きくロゴの入ったショッピングバックに入れて貰い、店を出た。

 通りに面したカフェの前にパラソルを広げて、テラスの様にしている店の前を通りがかった時、マリーが「Aya、お腹すかない?」と聞いてきた。 

 小腹が空いた二人は、カフェの店先にあるパラソルの下の席に座り、バーガーを注文する。席に届いたバーガーを、二人は驚いた表情で見た。

「Wow!」と言って、顔を見合わせた後、彩はそのバーガーを写真に収めた。

 その時、背後から声がした。「Hi、Ayaとマリーじゃないか?」二人が後ろを振り返ると、そこにジェイムスとロバートが立って居た。ジェイムスは手にして居たデジタルの一眼レフを構え、二人とバーガーをカメラに収めた。彼もカメラに興味を持ち、よくカメラを持ち歩いている。そんなジェイムスを見て居た彩は、最近、彼のことが少し気になり出していた。カメラを構えている横顔や、被写体を見つめる表情がスマートでカッコ良い。

 今、撮影した画面を、カメラのボディのモニターに写し「どう?」と言わんばかりに二人に見せた。「良ければ二人のスマホに転送してあげるよ」とにこやかに微笑んだ。

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