続 金木犀の片思い

神田川 散歩

第1話 陽はまた昇る

 町井健司と妻、和子の離婚が成立した後、3人の人生は大きく動いた。離婚後、元妻が娘、彩の親権を取り健司は無条件で彩に会える代わりに、健司の立てた一軒家に住み続けるという形で、落ち着いた。

「通学のこともあるし、来年は高校受験になることを考えたら、そのほうが良いし父親として、その位はさせて欲しい。」と健司が言った。

和子は「私は、一人でアパートに出るから。」と言ったが、彩がそれを拒んだ。

 結局、玲子を含め4人で話し合った結果、健司と玲子は玲子のマンションに住むことが合理的だということになった。

「大丈夫、彩ちゃん。いつでも私のマンションに遊びに来て。もちろん和子さんも。だって私たち友達?仲間?でしょ!」と玲子が笑顔で言った。

 健司と玲子は同棲するような形には成るが、当分の間籍は入れずに過ごしたいという健司の希望だった。

それを受けて、玲子も賛成をした。「私もそれがいいと考えていたのよ。」と落ち着いた口調で言うと、それを聞いていた彩が「大人って難しい。好き同士ならすぐに結婚したら良いのに。」と不満そうに口を尖らせた顔がかわいらしく、大人たちは皆笑った。

健司が玲子のほうを向いて「俺たち一緒に住むことを、会社に報告しなきゃな」といった。玲子も「そうね、お互いの上司には報告はしなければ。でも、同じフロアでは一緒に働くことは難しいでしょうね。」と付け加えた。

「そうだな。場合によっては転勤か最悪、自主退社だってあり得るよな。」と健司が少し暗くなった。「大丈夫、その時は私が会社を辞めるわ。だってあなたは、今回のプロジェクトの立役者よ。会社があなたを辞めさせる訳ないわ」そう言いながら玲子は笑った。

「兎に角、これで、これからの方向性も少し見えたな。腹減ったからみんなで食事に行こう。彩は何が食べたい?」と聞くと、「ステーキが食べたい。」というので、レストランに向かった。

一頻り食事をし、楽しくおしゃべりをした。本当に玲子も和子も昔からの友達のように。

「和子さん、今度女3人で温泉行かない?」と玲子が言うと和子より先に彩が「行くいく、私行きたい!」と言い出した。それを聞いて和子が「そうね、近いうちに仕事の予定を確認して、いつ時間が取れるか連絡するね」といった。

それを健司が微笑ましく眺めている。

 食事をして店の前でそれぞれ分かれて家路についた。和子と彩は電車で帰るため駅に向かった。玲子と健司は玲子のマンションに向かって歩き始めた。玲子が健司の腕に彼女の腕を絡めてきて「ありがとう、こんな私を選んでくれて」と言った。

「いや、僕の方こそありがとう。和子や彩まで仲良くしてもらって、本当に感謝している。」そう言いながら歩く夜道は、心地の良い風が吹いている。

 何度か二人で来た公園の横を通り、マンションに向かう時、ふと「なんか懐かしい。」と玲子がつぶやく。「ほんとだね、まさかここの公園の脇をこんな風に君と腕を組みながら歩くようになるなんて、とても不思議だ。」そんな会話をしながら歩いていると、玲子が腕を組んだまま健司の肩に自分の頭を預けてきた。彼女の髪からは良い香りが、ふわっと香ってきた。「こんなに私、幸せでいいのかしら。少し怖いくらい。」そう言いながら、絡めた腕に少し力を入れてきた。公園の脇の道の暗がりで少し立ち止まり、健司は玲子を見つめて「いや、もっとだ。もっと幸せになろう。君も和子も彩もみんなで家族だ。」そう言いながらそっと玲子を抱き寄せ、彼女を両手で抱きしめた。


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