ラクレスの剣
深夜。
ラクレスは一人、大量の汗を流しながら、第七部隊の班室近くにある訓練場で、剣を振っていた。
上半身裸。細身だがみっちりと詰まった筋肉は、過酷な訓練を続けた成果である。
木剣を何度振ったかわからない。
素振りを止め、大きく息を吐いた時だった。
「精が出るな」
「……班長」
第七部隊の班長、マリオが酒瓶片手に手を挙げた。
ラクレスは一礼。すると、落ちていた木剣をマリオが拾う。
「相変わらず努力家だ。よし……少し、稽古つけてやる」
「しかし、班長は酒を……」
「構わん。ほれ、行くぞ!!」
ゆらゆらした足取りでラクレスに近づき、マリオの木剣は振り下ろされる。
その鋭さは変わらない。
何度もラクレスと稽古した鋭さ。ラクレスは木剣で受けて捌く。
そして、返す一撃……だが、マリオも木剣で防御した。
「ほう……」
「班長、行きます!!」
深夜の模擬訓練は、十分ほど続き……マリオが木剣を下ろしたことで幕を閉じた。
そして、木剣を置き、マリオが言う。
「強くなったな、ラクレス」
「ありがとうございます。班長も……」
と、ラクレスが言いかけた時、マリオは首を振った。
「ワシは変わっていない。初めてお前と剣を合わせた三年前から全くな……最近では、鍛えても肉が付くことはないし、衰えを誤魔化すために鍛えているようなもんだ。だがラクレス……お前はどんどん強くなる。ふふ、あと一年しないうちに、ワシでは太刀打ちできないな」
「…………」
「ははは、顔に書いてあるぞ? 『確かに、三年前と変わらない太刀筋だ』とな」
「あ、いや……」
ラクレスは頭を掻き、ごまかすように笑った。
同時に……マリオは真面目な顔で言う。
「だがラクレス。どれだけ努力しようと、お前は魔法適正がない。一部隊の班長……いや、部隊長になるのがせいぜいだろう」
「……っ」
「お前が、騎士を目指しているのは知っている。魔法適正がなくても、諦めずにこうして、三年間毎日欠かさず素振りをしているのもな……だが、無理なのだ」
「…………」
「ラクレス……あと一年以内に、お前を第七班の班長に推薦する」
「えっ……」
「ワシの補佐。ウーノ、レノの二人は一般兵で終わるつもりのようだが、お前は向上心がある。だから班長補佐を任せたが……お前は班長補佐で終わる男ではない。班長となり班を率いて、さらに上へ行け」
「それは、騎士ではない……部隊長を目指せということですか」
「そうだ。何度でも言う……ラクレス、お前は騎士にはなれない」
「…………」
ラクレスは黙りこみ、顔を伏せてしまう。
だが、すぐに首を振り、顔を上げた。
「それでも、俺は諦めません。俺は……もう、忘れられているとしても、『約束』を果たしたい」
「……約束?」
「守るって言ったんです。俺は騎士になって、守るって……俺なんかより強くて、才能もあって、何だお前はって感じですけど……叶うなら、せめて隣に立ちたいって思いました」
何のことだかマリオにはわからない。それに、言葉にするのが難しいかのように、ラクレスの説明は意味不明だった。
だが、騎士を諦めたくないという気持ちだけは、伝わってきた。
だから、マリオは頷く。
諦めない気持ちで剣を振る若者を否定する。それだけは老骨がやってはいけないことだと理解していた。
「……明日も早い。早く寝ろよ」
「はい、おやすみなさい」
マリオはその場を離れた。
だが……聞こえてきたのは、素振りの音だけだった。
◇◇◇◇◇◇
素振りを終え、ラクレスは汗をぬぐう。
そして……ポケットから、チェーンを通した指輪を取り出した。
「……おこがましいよな。俺が守るとか……俺なんかいなくても、あいつはもう立派な騎士だ」
指輪をギュッと握りしめる。
そんな時だった。カランと、何かが落ちる音がした。
ラクレスは瞬間的に木剣を構える。
「……誰だ」
音がしたのは、訓練場の入口付近にあるドア。
よく見ると、ドアの傍に立てかけてあった木剣が倒れていた。
しばし観察しラクレスは木剣を下ろす。
「……気のせいか。誰かいたと思ったけど。ふう……シャワー浴びて帰ろう」
ラクレスは、上着を拾って訓練場を後にした。
◇◇◇◇◇◇
『…………』
ラクレスがいなくなったあと、ドアの傍に一人の女性が立っていた。
私服姿で、手にはタオルを持ち、ただ夜空を見上げている。
女性の首には……ラクレスと同じ指輪が、チェーンを通して下げられていた。
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