三年後

 ラクレスが兵士となり、三年が経過した。

 自身の部屋である兵士用宿舎で寝起きし、朝食を素早く食べ、十二部隊第七班の部屋へ行く。

 部屋に入るなり、ラクレスは掃除を始めた。

 箒でゴミを履き、窓を拭き、テーブルを拭く……すると、ドアが開き、少女が驚いたように言う。


「は、班長補佐!! 掃除なら私が!!」

「おはよう。まあ、狭い部屋だしすぐ終わる。それに、俺が一番早いからな」

「で、ですが……」


 と、少女の後ろから見知った顔……兵士のウーノ、レノが現れた。


「ルキア、やりたいって言ってるんだし気にすんなって」

「そうそう。こいつ、新兵の時から掃除は欠かしたことないんだぜ?」

「先輩、ゴミ捨てお願いしていいですかね? 班長補佐の命令です」


 ラクレスは、ニヤリと笑ってゴミ箱を二人に押し付ける。

 ウーノとレノは「おい職権乱用!!」や「くっそ、藪蛇だった」と言いながらゴミ捨てへ。

 最近配属された少女、ルキアはクスっと微笑む。


「班長補佐、ここはいい班ですね。私、ここに配属されてよかったです」

「ははは……そうか」


 ラクレスは微笑んだ。そして、顔を逸らすフリをして、小さくため息を吐くのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 入隊して三年、ラクレスは十八歳になった。

 毎日欠かさず班室の掃除をし、巡回や訓練も真面目にこなし……ラクレスは、班長補佐の立場に昇給した。元々の補佐であったハンスが抜け、別の班の班長となったからだ。

 そして、新兵のルキアが入り、第十二部隊七班となった。

 掃除を終え、ルキアは言う。


「班長補佐、実はさっき、七曜騎士『光』のレイアース様とすれ違いました!!」

「…………」

「えへへ。すっごい美人でした。王国最強の七曜騎士『光』……カッコよかったなあ。私、魔法適正がないから一般兵ですけど、いつかあんな騎士になりたいなあ……あはは、無理ですけどね」

「……なぜ、無理だと?」

「だって。魔法適正がないから……騎士にはなれません」


 魔法。騎士の使う奇跡の力。

 魔法適正がないと使えない。それは常識であり、当たり前だ。

 

「歴代最年少、そして天才剣士!! すっごいですよねえ……」

「ああ、すごい……本当に」


 自分とは違う……と、ラクレスは言いたかった。

 幼馴染と言って信じる人は、誰もいない。

 そもそも、レイアースとはもう、三年も喋っていない。

 もう、自分のことなど忘れているだろう。

 そう思っていると、ウーノとレノがゴミ捨てから戻り、班長のマリオが入ってきた。


「よし、今日の任務の確認をする。午前中はラクレス、ルキアが第七地区の巡回、ウーノとレノは訓練だ。午後は小隊訓練をするぞ」

「マジっすかあ……いいなあ、ラクレス、交換してくれよ」

「先輩、真面目に訓練した方がいいですよ」

「くっそ、真面目なのはお前だろー?」


 ウーノが茶化すと、マリオが怒鳴る。


「ウーノ!! お前も少しはラクレスを見習って真面目にやれ!! だから後輩が先に出世しちまうんだぞ!!」

「いやーオレ、出世とか興味ないっすよ。第七班、気に入ってるし」

「オレもオレも。班長の下で、定年まで一般兵やらせてもらいまっす!!」


 ウーノ、レノはビシッと敬礼。マリオはため息を吐き、ルキアがクスクス笑う。

 ラクレスは、兵士も悪くないと思っていた。

 だが、満たされない……騎士ではないとも思っていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 さっそく、ラクレスとルキアは巡回へ。

 装備は皮鎧と剣。男女共通の装備であり、ソラシル王国一般兵の正式装備。

 二人は並んで装備を確認し、第七地区へ向かう。


「巡回の基本は覚えてるかい?」

「えっと……周囲に目を配り、不審物、不審者を見つけたら対処する。合わせて、住人からの声も聞いて……」

「正解。まずは、しっかり周りを見て巡回すればいい。細かいところは俺が見て、その都度教えることにするから」

「はい!!」


 ラクレスが笑みを向けると、ルキアは笑顔で頷いた。

 そして、城を出ようとした時、前から騎士が現れた。


「きゃっ……」

「敬礼を」


 ルキアは興奮しそうになったが、ラクレスに言われ慌てて敬礼する。

 道を譲り、敬礼するのは兵士としてのマナー。

 だが、ラクレスたちの前を通るのは、ただの騎士ではない。

 一人は、レイアース。

 そしてもう一人は……薄紫色のショートヘアの女性だった。

 腰には剣を下げ、薄紫色の鎧を装備し、マントを揺らしている。

 七曜騎士『雷』のエクレシア……レイアースの師であり、王国最強の七騎士の一人。

 レイアースが尊敬する女性騎士であり、全ての女性騎士の憧れであった。だが、憧れるのは騎士だけではない、女性なら誰でも憧れるだろう。


「レイアース。剣の腕を上げたけど……戦闘が長引くと太刀筋が荒くなるクセは直っていないわねぇ」

「す、すみません、師匠……」

「ふふ。でも、立派になったわね。お姉さん、嬉しいわ」

「……ど、どうも」


 レイアースが照れていた。

 でも、二人の視線はラクレスにも、ルキアにも向かない。

 談笑しながら、二人は行ってしまい……ルキアが興奮するように言う。


「み、見ました!? レイアース様と、師であるエクレシア様のツーショットです!! わあ、すっごくラッキーですね!!」

「……そうだね」


 ラクレスは、もう見えないレイアースの背中を追うように、二人が去った方を見る。


「なあルキア。俺とレイアースが幼馴染って言ったら、信じるか?」

「へ? いやいや、そんなこと」

「……はは、冗談だよ」


 もしかしたら、夢だったのかもしれない。

 ラクレスは、子供時代の思い出が『夢』であったかもしれないと、考えるようになっていた。

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