第20話 お似合いの二人
ユースティシアはデイビッドのエスコートにより入場するため、リリーは先に会場入りをした。ルーファスは他家との交流のため、何人かと話をしている。
「リリーちゃん、リリーちゃん」
「! エレノア様」
エレノアがリリーを呼んだ。
青いマーメイドラインのドレスと、白い真珠の飾りが映えている。ドレスとドレスの間から見え隠れする細長い足は妖艶さがありつつもほどほどに、エレノアのスタイルの良さを引き出している。
「そのドレス素敵ね。リリーちゃんに似合ってるわ」
「ありがとうございます。エレノア様も、とてもよくお似合いです」
「ふふっ、ありがとう」
そんな会話を聞いていたのか、少ししてフェリックスもやってきた。
「今日はよろしくな、リリーちゃん」
「よろしくお願いします。……ところで、なぜそのような呼び方なのですか」
「ん? ちゃん付けのこと?」
「はい」
フェリックスはエレノアと同じようにリリーのことをリリーちゃんと呼ぶ。だが、ユースティシアのことはデイビッドと同じ愛称呼びのユースだ。
それをリリーは不思議に思っていたのだ。
「んー、特に理由はないよ。ユースはユース。エレノアはエレノア。リリーちゃんはリリーちゃんだし」
「ユースティシア様はデイビッド様の婚約者なのに愛称呼び。逆にエレノア様はフェリックス様の婚約者なのに呼び捨て。そして平民でユースティシア様のメイドの私はちゃん付け。と、フェリックス様の呼び方は少し……いえ、かなり不思議です」
「そうか?」
「はい」
本当のところを言うと、ちゃん付けが恥ずかしいだけなのだが、それを抜きにしてもフェリックスの呼び方は変だと思っている。
「エレノア様もそう思いませんか?」
「うーん……フェリックスが誰のことをなんと呼んでも、別にどうでもいいかなって思ってるからなぁ」
「と、いうわけだ」
「えー……」
それに、とエレノアは続けた。
「フェリックスは誰にでも優しいってわけじゃないのよ? いい人だって思った人にしか素で接しないって知ってるから」
「ちょっ、エレノア……!?」
「そうなのですか」
ふふふ、と淑女の笑みを浮かべるエレノア。フェリックスが慌てているところをリリーは初めて見た。
「そこにいたんですね、リリーさん」
「! クレハ様……!」
上下で分かれたセパレートドレスはおしゃれ上級者でないと着こなせない。クレハだから着れるものだろう。
「会うのは卒業以来かしら? 久しぶり、クレハちゃん」
「元気そうだな」
「会うのは卒業以来ですね。エレノア様、フェリックス様も元気そうでなによりです」
クレハはそう言うと、裾をつまんで挨拶をした。綺麗に腰が折られた礼だ。商業をする上で、作法は重要視されている。舐められないようにするためだ。
さすがアメリア家というところだろう。
すると、周りがざわめき始めた。どうやら第二の主役が登場したらしい。
「見て、デイビッド様とユースティシア様よ」
「華があるなぁ……」
「あの二人だから認められてるって感じだよな」
様々な声が聞こえる中、デイビッドもユースティシアも堂々としていた。
(ユースティシア様……)
悪意がないとわかっていても「リリーには相応しくない」と言われているようで悲しくなる。
デイビッドを嫌っているリリーだが、ユースティシアと共にいる姿を見ると何か認めざるを得ないものを見せられているような気分になる。
「お二人ってとても素敵よね」
(やめて)
「ずっと見ていられるわ」
(やめて)
「ユースティシア様だから、他の婚約者候補は諦めたらしいぞ」
(やめて)
「羨ましい限りだな」
(やめて)
リリーは目をつむりたくなる。
「リリーはいらない」
そう言われているように聞こえてしまう。
だけどーー
「……い、リリー」
「!」
気づくと、ユースティシアの顔がリリーのすぐ近くに来ていた。
「っ……!? ユースティシア、さま……? どうしてここに……」
「大丈夫? 顔色悪いわよ?」
「私は大丈夫です。それより、デイビッド様と一緒にいたはずじゃ……」
「デイビッド様は人気者だもの。いつものようにすぐに誰かに取られてしまったわ」
いたずらっ子のように笑うユースティシア。
「そう、ですか」
思えば、たしかにデイビッドはいつもユースティシアと離れていた気がする。王族であることも理由だが、デイビッドに取り入るチャンスは今日のようなパーティしかない。
関係を持ちたい貴族からしたら絶好の好機である。
「踊って? リリー」
「えっ……?」
「忘れたの? 今日は舞踏会よ。楽しく踊るためにあるのに、踊らないなんて選択肢ないわよ」
「けど、ユースティシア様は……」
みんなから羨望を集める、デイビッドの婚約者。
「わたくしから誘っているのに、断るなんて許さないわよ?」
怒っているようなセリフに、似合わないくらい甘い声。
(
それは、視線を引き寄せる甘い香り。
(だから私は)
魅せられない者など、いない。
(貴女への想いを隠しきれない)
リリーが片膝をつき、ユースティシアに手を伸ばした。
「ユースティシア様」
貴女に触れるための許可がほしい。
「素敵な夢を、望んでもいいですか?」
「私と、踊ってください」
それに対してユースティシアは、
「もちろん。……よろこんで」
ユースティシアがリリーの手をとる。
夢のような時間の始まりだ。
音楽が響く中、リリーはユースティシアに合わせて踊る。男性役はリリーだ。どちらも華があるが、それぞれ違った咲き方をする。
薔薇は誰よりも輝き、目立つ。その意思がなくとも生命力の強さが現れるのだ。一方、百合は謙虚に、稲穂のように下の方を見て開花する。月のように優しいが、誰かを引き立てるのを好んでいる。
「見て、あの二人。息がぴったり」
「男女で踊らないのね。ユースティシア様はデイビッド様という婚約者がいるのに……」
「でも……ねぇ、どうしてかしら」
批判が優勢かと思えたが、
「とても楽しそうに見える……」
息の合ったダンスに加え、幸せそうな笑みを浮かべるユースティシアとリリー。文句を言おうにも、男女でないこと以外、見つけることができない。
「リリー」
「はい。ユースティシア様」
「わたくし、今、すごく楽しいわ」
「……私も、とても楽しいです」
演奏が終わる。
最後まで素晴らしい形で終えた二人に、暖かな拍手が起こった。
だが、それで終わるはずもない。
「僕のユースから離れろ、リリー」
「……」
デイビッドは二人を認めない。
物語は今、佳境をむかえる。
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