第8話 街に遊びにきたユースティシアとリリー




「人がいっぱいね、リリー」

「本当ですね、ユースティシア様」


 ユースティシアの体調も回復し、落ち着いた頃、二人は城下町にやって来ていた。

 晴れているということもあり、多くの人で賑わっている。

 ルーファスの助言もあり、普段ならばデイビッドと会っているはずの今日、ユースティシアとリリーは二人きりで気分転換として城下町を訪れていた。


「その服、とてもお似合いです。ユースティシア様」

「ありがとう、リリー。リリーも素敵よ」

「勿体無いお言葉」


 今日のユースティシアは桃色のワンピースに白色のカーディガンを着たラフな服装だ。

 髪は結い上げ、まとめている。

 おしのびできているので、公爵令嬢だと思われないように気をつけているが、纏う育ちのいい雰囲気は隠せない。

 そこでリリーはあえてユースティシアよりも華美で貴族寄せの服装にした。

 水色を基調としたティアードシャツワンピースは動くと軽やかに波打つ。

 ストライプのフリルがアクセントとなっており、可愛らしく、且つリリーのスタイルの良さを存分に惹き出している。

 ココアブラウンの髪は編み込まれ、ハーフアップに。

 普段のリリーが抑えている魅力を前面に出した姿であった。

 もしリリーが攫われたとしても、リリーにはユースティシアを守るために鍛えた対人戦術がある。

 護身用としても身につけたので、リリーがいれば問題ない。

 少ない休暇を満喫するための最高の人選と言えるだろう。


「どこに参りましょう、ユースティシア様」

「リリー、忘れたとは言わせないわよ?」

「……どこに行こうか悩むわ……ユースティシア」

「そうですね、お嬢様」


 嫌そうな顔をするリリー。

 それもそのはずだ。

 バレないようにするために、口調と敬称を変えることになったからだ。


「……選んでちょうだい、ユースティシア」

「かしこまりました。それでは、装飾店などいかがでしょうか」

「……そうしましょう」

「はい。そうしましょうか」


 不満そうに演じるリリー。

 そんなリリーとは対照的にユースティシアは楽しそうだ。


「……なんで楽しそうなんで……いえ、楽しそうなの、ユースティシア」

「顔に出ていましたか? お嬢様」

「すごくとてもわかりやすかったわ」

「それは申し訳ございません、お嬢様。ですが、わたくし、とても楽しいのです」

「何故?」

「だって……」


 ユースティシアはとびきりの笑顔で言った。


「今、わたくしが幸せだからよ」

「!」


 きっとユースティシアは息苦しかったのだろう。

 期待、重圧、言動の制限……様々なものに縛られ、生きてきた。

 だが、今のユースティシアは『公爵令嬢のユースティシア様』ではなく、ごく普通のありふれた『ただのユースティシア』だ。

 ユースティシアがユースティシアでいられるのはごくわずかな間だけ。

 それを今、ユースティシアは満喫しているのだ。

 作られた人工の笑顔ではない、本物の自然な笑みに、リリーは頰が緩み、嬉しくなる。


「では行きましょうか、お嬢様」

「そうね、ユースティシア」


 なら、リリーはその幸せを壊さないように綺麗に演じるのみ。

 ユースティシアの幸せはリリーの幸せだ。

 それは助けられた日から変わらないこと。

 ユースティシアが笑顔になると、リリーも笑顔になれるのだ。


「あれ? ユースさんにリリーさん」

「! クレハさん……!」

「クレハ様……!」

「まさか、こんなところで会うなんて……。会えて嬉しいです」


 漆黒の髪と瞳。

 異国の服装をした珍しい姿。

 その声、その姿をユースティシアとリリーが忘れるはずない。


「学園以来ですね。お久しぶりです」


 クレハ・アメリア。

 クレハは、ユースティシアとリリーが数年前に卒業したステラルーチェ学園の学友であった。



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