僕が異世界転移してチーレム無双する話だよ。まぁ、嘘だけど。

@Suzakusuyama

第1話

やれやれ、世界とは酷なものである。


 幸があれば不幸もあるし、前途多難でもあれば前途洋々で、生きたくもなければ死にたくもない。


 そんななんとも言えないほど理不尽で強欲で自己中な思想を持ってしまった僕は、ついに流石にこの世界に飽き飽きしていた頃だ。


 僕の人生はいくら時間をかけて煮詰めてもコクも出ないし旨味も出ない。何なら灰汁が無限湧きするだろう。


 まぁ致し方ないことではあると我慢している。我慢しているのだが……どうにもこの気持ちは煮えきりそうになかった。


 そこで僕は……うーん、ポジティブに変換しようとしたけど無理だった。そこで僕は、現実から逃げることにした。


 生きるための目標でも楽しいことでもあればよかったんだけどな、と思って自分の足元を見てみる。


 とても高いビルだ。渺々と風が吹き荒れ、嫌に乾いた冷たい空気が僕の体温を徐々に奪っていく。


 目下に人は見当たらない。このままなら誰にも迷惑をかけずに逃げられるだろう。


 一歩足を踏み出そうとしたとき、一瞬恐怖が僕の中に生まれた。


 やれやれ、僕にも一応“死にたくない”という気持ちがあるからね。まぁ仕方ない。


 しかし恐怖は本当に一瞬で消え、次に襲ってきた感情は感謝と謝罪。


「僕の家族のみんな。友達……は、いたっけ?……あぁ、3,4人いたか。ごめんね、いままでありがとう。」


 謝意の心と謝罪の心は口に出した途端急速にしぼんでいった。


 うん、よくあることだ。


 さてさて、そろそろ〆るか。


 僕は一つ伸びをして、


「そして、さようなら。そこそこいい人生だったよ」


 なんてね。碌でもない人生だったよ。


 まぁそれは概ね、というか全部僕のせいだから周りの人はなんも関係ないけどね。


 僕は一歩足を踏み出す。


 そこにはなにもなかった。


 真面目に生きてきたはず……っていうのは嘘だけど、必死に地に足付けて生きようとしてきた僕は、最後の最後まで地に足をつけて生きることはできなかったらしい。


 皮肉なもん……と言うにはあまりにも綺麗なエンドだぜ。


「んんん?おや?おやおやおやぁ?」


 見知らぬ喧騒、見知らぬ町並み。


 失明しそうなほど明るい、というか直接見たら失明する太陽に、心地の悪い人々からの熱気。


「うんうん、なかなかに面白そうじゃないか。なかなかに」


 どうやら僕は、異世界転移というやつをしてしまったらしい。
















 よくある小綺麗な西洋の中世風の町並み。


 よくいる平凡なヒトがあふれる人波。


「ふぅん……良い世界じゃん」


 僕が転移した位置は狭く小汚く薄暗い路地裏。そこの眼の前には大きな商店街のような通りがあり、そこにはとてつもない量の人間がうごめいていた。


 そしてその背景には大きな城のようなものが見える。


 わざわざ城の中とか絶景の中とかでは無く小汚くて薄暗い場所にスポーンするとは、さすが僕だね。


 僕は人が二人がギリギリ座れるかどうかぐらいの場所にうつ伏せの状態でいたため、一旦立ち上がって伸びをする。


 伸びをすると気持ちが落ち着くのだが、こんな短時間(いや、短時間かどうかも怪しいけど。)のうちに二回もするなんて珍しい。


 落ち着いた僕は一旦自分の装備を確認してみることにした。


 こういう異世界転移モノでは現代機器で無双するかチート能力で無双すると相場が決まっている。


 ついでにハーレムモノだ。


 さてと、そんな栄えある今後が確定されている僕の初期装備は……。


 ……うんうん、そうだった。失念しすぎていた。


 死んだ後葬式RTAするために白装束を着てるんだった。


 もちろん所持品は無し。


 あぁそうさ、気がついたようだね。僕は馬鹿さ。


「取り敢えずはハードモードか」


 所持品ゼロで今んところ僕の体に変わった様子はなく、スキルを取得したわけでもレベルアップしたわけでもない。


「……まぁ、いいや」


 新天地を当てもなく歩くか、それとも様子見をするか。


 なんならRPGの勇者感覚で空き巣にでも入って食いつなぐか……うーん、迷うね。


 考えた末に僕は取り敢えず目の前の大通りとは反対側に歩き出した。


 “考えた末に”なんて言っているけど、僕は馬鹿なので考えるよりも直感で道理を決めるのが好きなので、例に漏れず今回も直感で進んでいるよ。


 路地裏の奥には薄いが光が見える。しかし、人通りが少ないのを見る限り、おそらく住宅街などがあるのだろう。


 もしくは栄えないまた別の商店街か、はたまた夜の店か……まぁ何にしろ人がいないところに行けるならどこでもいい。


 僕は人酔いする体質でもないし、人間が苦手というわけでもない。ただ、なんとなく他人と関わりたくなかった。


 まぁ、歩いてるだけで他人と関わるなんてことありえないんだけどね。


 理由をつけるとすれば少なからず周りと違った格好をしているので変な目で見られたくないとかかな?


 現状把握でいっぱいいっぱいだった僕だが、歩き出した途端突然一つ気づいてしまったことがあった。


 例え異世界転移をしたとしても、やることがないのは前世と一緒なのだ。


 かなり直接的に言った自覚はあるが、もっと直接的に、歯に衣着せぬ物言いで言おう。


 暇だ。


 前の世界ならまだ学校とか……そういう義務的なものはあった。


 しかしこの世界に僕の公的な義務があるかは分からない……というか僕には住民票もなければ人権があるかどうかすら怪しい。


 うーん、そうなるとどうやって生きていけばいいんだ?盗んだモノで食いつなぐのはどうにも僕の性分には合わないし、僕のことを無条件で一生養ってくれるような聖人君子が存在するわけもないし……。


「よし、詰んだな。一発死ぬか」


 せめて異世界転生だったら親とかがいるだろうしまだ誰かが僕のことを助けてくれるから楽なんだけどなぁ……まったく、神様は酷いやつだぜ。


 というか、自殺したやつを召喚するなよ。こちとら生きる気がないんだぞ。


 まぁ全部どうでもいいや。取り敢えず死のう。


 落下死は経験したからできれば別の死に方がいいな。でも、痛いのも苦しいのも嫌だから一瞬で死ねるやつがいい。


 あ、ていうかあれか。僕のスキルが不死の可能性もあるのか。チートスキルなのは確定してるし。ほぼ。


 ほらほら、よくあるじゃないか。敵四天王のうちの一人が何度殺しても死なないぞー!みたいな。


「死なないなんて、倒しようがないじゃない……!」みたいなこともよく言われてる最強能力のうちの一つだけど、めちゃくちゃ痛いだろうし何より死ねないなんて苦痛だと僕は思うよね。


 ちなみに不死キャラは基本封印されるオチだよ。


 ん?封印……?そうだ、封印されればいいんだ!


 僕が僕の優秀さに一瞬嫌気が差すほどの天才的な案が生まれてしまった。


 僕の能力を不死と仮定(根拠はない)とすると、きっとこの世界の何処かにはいる魔王かなんかに会いに行って僕の実力チートスキルを見てもらえば一瞬で四天王になれるだろう。となれば後は勇者一行に封印されて僕の二度目の人生はジ・エンドだ。


 今思いついたことだけど、封印されればまた別世界に復活とかいうこともないだろうからいいね。


「そうと決まれば、魔王城の方向でも聞きますか」


 僕は適当な人に話しかけようと思い、さっきの大通りの方を振り向く。


 やれやれ、意見も行動も前後しまくりだぜ。


 全てがブレブレの僕が振り向くとそこには、一人のロリ……いや、少女がいた。


「すみませんが、どいてくれませんか?」


 弱々しいが、芯のある声だった。


 その少女は身の丈に合わない大きなトレンチコートを着ていて、無駄につばの長い帽子を被っていて表情も見えなかったが、なんとなくしっかりとした人間なのが感じられた。本当になんとなくだけど。


「うん。いいよ、どいてあげる。その代わりに魔王城の場所を教えてもらってもいいかな?」


 僕はなるべくにこやかな態度で、警戒心を与えないように優しい物腰で提案する。


 女の子には優しくするのが紳士の礼儀なんだぜ、モテない男ども。


 すると少女は首を傾げ、


「この世界に魔王なんて……」


 と言いながら帽子を少し上に上げた。


 そこで少女の顔が少し見えた。暗くて少しわかりにくいが、肌は異常に白く、その瞳は赤みがかった色なことはわかった。


 なかなか可愛いじゃん。83点かな。


 明るいところに出たら顔をじっくり見てやろうなんて考えてると、少女が突然小刻みに震えだした。


「貴方は、一体何者なんですか……?」


 震えた、というより怯えた声で少女がいう。


 よく見えないが、きっとその表情は恐怖に染まっているのだろう。


 あぁ、最初に言っておくと僕は何もしてないよ。ロリを怖がらせてなんの得になるんだ。ロリは笑顔が素敵なんだから笑わせるに限るんだぜ。


 なにはともあれ女の子が僕のせいで恐怖している。僕がなんとかしないと!


 ……まぁ、一旦ボケるか。


「僕の名前はダイナミック☆プリンセス十三世。気軽に『じゅうさんさん』と呼んでくれ」


 僕は右手で前髪を半分だけ掻き上げて、背中を後ろに反り、左手で少女のことを指さした。


 最悪の場合惚れてもおかしくないこの状況だが、少女は意外にも冷静に、


「嘘を付くんじゃない。本当に何者なんだ?」


 と次は少し強めの声で言った。


 そしてさらに、


「頼むから、殺さないで……」


 少女は小さな声で泣き、地面にヘタれこんだ。


「うーん、一旦傷ついたな」


 どうやら、僕のギャグセンスは人を殺してしまうらしい。












「どうだい?気分は落ち着いた?」


 少女が泣き出したあの後、背中を擦ったり、励ましの言葉をあげたりして泣き止ませて適当な喫茶店?に入り、店のど真ん中のカップルが座りそうな丸いテーブル席を囲んで、僕は少女と会話を試みていた。


 小綺麗な店内は意外と現実的……というか僕の前世の世界とあまり遜色なく、ザ・おしゃれ喫茶って感じがしてかなり気分が悪かった。


「えぇ、すみません。奇妙な服装に奇妙な言動だったので少し取り乱してしまって……私としてもあなたと少々お話がしたくて。誘っていただき光栄です」


 若干失礼な発言をしているけど、この子かなり大人びてるな。見た目の割に。


 そこでハッとした。


 思い出してしまったのだ、あの事を………………。


「年齢の割にすごい大人びてるね」


 僕がにっこにこの顔で言う。


 女の子と話すときのテクニック。取り敢えず褒める。


 僕が思い出してしまった世界を統べることすらできる最強の能力だ。


 これで一旦この子からのマイナスのイメージを払拭して魔王城の場所を聞き出して、さっさとおさらばしよう。


 ノリで喫茶店に来たけど、僕お金ないし。


 ついでに文字読めないからノリで適当なメニュー指さしたから目の前の飲み物には口をつけていない。ちなみに、少女は何も注文しなかった。


「あはは、ところでなんですが……」


 流された。


 軽く苦笑いで流された。この子は僕の想像よりもまじで大人びている子なのかもしれない。


「私、実は“覗き見”というスキルを持っていまして……それであなたの個人情報を色々見させてもらったのですが……」


 おぉ、やっと異世界っぽくなってきたね。スキルだってよ、スキル。


 スキルが覗き見かぁ……なかなかエッチなスキルだな。この子にはもったいないぜ。


「あなたの名前も、種族も、出自も、職業も、スキルも、魔力量も、全部が全部不明って出てて……」


「あなた、一体何者なんですか?」


 ふむ、全部不明か……まぁこっちの世界からしたら僕は異世界人なんだから僕にスキル自体が通じないのかな?


 もしくは僕の能力がスキル無効というやつの可能性もあるか。


 まぁなにはともあれここで僕には2つの選択肢がある。


 一つは異世界からやってきたということを明かしてなんやかんやでチーレム無双させてもらうという選択肢だ。


 ロリのヒモになるのもなかなか悪くない(僕の性分には合わないけど)……が、この世界には異世界差別というものがあったりとかしたらうまく行くという保証がないし、突拍子のない話なので話をはぐらかされたとでも思われたらたまったものじゃない。


 もう一つの選択肢は異世界からやってきたということを隠すことだ。


 まぁ実質現状維持だね。これはとても安全……というか進展もなければ停滞しているだけの案だし、少女のスキルをどうやって躱したか説明しなければならない。


 正直、そんなん僕が知りたいぐらいなんだけどね。


 僕はだいぶ沈黙があることを知っておきながら、薄ら笑いを浮かべて少女の方を見る。


 少女は真っ直ぐ僕のことを見ていた。


 やれやれ、そんな目で見つめられたら嘘なんて付けないじゃないか。まぁ、帽子のせいで顔なんて見えないんだけどね。


「じゃあ、特別に教えてあげるよ。僕のスキルは“スキルの無効化”さ」


「最強で最高、そして最低で最悪な能力だよ」


 まぁ、嘘の可能性が高いけどね。


 僕の衝撃の告白に、少女は驚いたような反応をした……と思う。


「じゃ、じゃあ、あの!その!できれば……!」


「おっと待った」


 ものすごい剣幕で何か言おうとした少女に手を向け、言葉の停止を求める。(表現をカッコつけたつもりがダサくなっちゃったね)


「次は僕からの質問だぜ。もちろん異議は言わせない」


 少女を少しだけ睨みながら、有無を言わさぬように続ける。


 さて、僕が質問することは一つだ。


「君、僕の勘だけど、訳アリだよね?さぁ、諸事情をすべて晒してもらおうか」


 困っている人は放おっておけない性格なんだよね、僕ってば、優しい。


 まぁ本当はただの好奇心だけど。正直、魔王城の在り処よりも気になる。


 例えば不審者と出会って泣き出すのはギリギリわかる。殺さないでっていう発言にもギリギリ納得だ。これに関しては全部を通して僕が悪いからね。多分。


 だけど僕のシックスセンス……というよりただの観察眼がこの子を訳アリだと言っている。


 明らかに場違いな服や、時々変わる口調、女子メスガキのくせに男とサシで話せあえる豪胆なところもあれば、不審者と少し話しただけで泣き出してしまうほどの虚弱性もある。


 そしてさらに一つ。この少女は全然顔を見せない。


 路地裏で少し顔を見たっきりである。今喫茶店の中にいるが、無駄につばの長い帽子を被って表情どころか肌も殆見せていないせっかく明るいところに出たからジロジロ観察してやろうと思ったのに。


 どんな事情があるかは知らないけど、僕の目をごまかすことはできないのだ。


 そうだな……|天才的で神秘的な神の目スピリチュアル・ジーニアス・ゴッド・アイとでも名付けよう。


 僕の心眼によって全てを見透かされた少女はさぞかし驚いて……あれ?


 意外にも、少女は意凛とした姿で座っていて、


「ちょうどそのことについて話そうと思っていました」


 といって、にこやかに笑った。


 僕のことをすごい剣幕でまくし立てたという面影すら残さないほど丁寧な物腰であった。


 話を遮ったせいで嘘を付く心の準備ができた可能性があるなぁ……まぁいいか。


 僕が真剣な顔で頷いたのを確認すると、少女が話を続ける。


「実はかくかくしかじかな理由で命を追われてまして……」


「おーん……なるほどなるほど…………」


 取り敢えず一旦ちょっとだけスルーしよう。


「私の命、守ってくれません?」


 ふむふむ、なるほどなるほど……。


「なんで僕???」


 スキル無効化とかいうチートスキル持ってるなんて嘘ついたからだよな。そりゃそうだ。


 でもだ、それだとしても、こんな白装束で怪しい動作で一文無しだ。それに、初対面である。


 自分で言いたくないけど端から見れば少しヤバイ奴である。特に幼気な少女に奢ってもらう前提なところとか。


「僕のスキルがお目当てならやめといたほうがいいぜ。僕のスキルは発動の条件が厳しいんだ」


 まぁ、知らんけど。


「あはは、別にスキル目当てじゃないですよ。ただ、私があなたのことを確実に信用できて、あなたは頼りになる人だからお願いしてるんです」


 正気か?という疑問と、馬鹿だな、という嘲り。そして、嫌々ながらも嬉しいな、という感情が浮かんできた。


 まぁ嬉しいという感情は一瞬で消え、


「どうして僕が信用できるんだ?君のスキルは僕のスキルで無効化したはず。信用できる要素なんて一つもないよ。なんなら、僕が君の命を狙う暗殺者かも……なんてね」


 嘘である。この世界に来てまだ一時間立ってないレベルの小物中の小物である。


 そんな小物の僕の心を見透かすかのように、少女は優しく微笑んだ。


「私のスキルが一個だけなんていつ言ったかしら?」


 なるほど、固有スキルが一人につきひとつなのは小説の中だけの話だったらしい。


 テレパシー系の能力か、嘘を見抜く能力か、はたまた本当は僕のプロフィールを覗き見できていたのか。


 とにかく僕のことは完全に信頼……いや、信頼というよりは安全だと考えているという表現のほうが近いかな?微妙だけど、結構この2つは違うんだぜ。


「うんうん、なるほどなるほど……」


 まぁ、この子に生きる理由を依存させるのもいいかもね……って、一見すればメンヘラみたいな意見だなぁ。僕がメンヘラなんて、ちょっときついかな?


 うーん、さてどうするか。


 うーーーーーん…………。


 考えるのめんどくさいな。


「やれやれ、しょうがないなぁ。僕が君のことを助けてあげるよ。そのかわり、このドリンクは君のおごりだぜ」


 僕は目の前に置かれて放置され続けたドリンクを一気に飲み干す。


 味は……言わなくてもわかるだろう。僕のことだし。


「あなたならそういうと思ってましたよ」


「そういえば、申し遅れました。私の名前はウィヴァニアムといいます。本日からよろしくお願いしますね、えーっと……」


「佐藤でいいよ。サトウ。是非サトウと呼んでくれ」


「はい。よろしくお願いしますね。サトウさん」


 少女が微笑み、僕はしれっと一番の危機を脱せたことに薄ら笑う。


 あぁ、僕の本名?えー、言うのちょっと恥ずかしいなぁ。


 うーん、特別に教えてあげるよ。僕の本名は東徹あずまとおるだよ。


 まぁ、嘘だけどね。














「ここが今日の私……あ、私達の宿です。質素な宿ですがまぁ我慢してください」


 男女二人、ひとつ屋根の下。何も起きないはずがなく……なんて言いたくなる展開だった。


 質素なワンルームだが、広さはそこそこ。普通のサイズのベッドが二個隣り合って置かれていて、クローゼットが一つに小さなテーブルと小さな椅子が一個づつある部屋だった。ちなみに木製。


 あ、そうだそうだ。そういえばこの宿に付く前に聞いた諸事情の詳細を話さないとね。


 急展開に忘れちゃうところだったよ。僕ってばドジっ子だからね。


 んー何から話そうかなぁ……まぁまずは女の子……おっと、名前を教えてもらったんだった。名前は確か……そうだそうだ。ウィヴィニアムちゃんだ。の命が狙われてる理由でも話そうかな。


 ウィヴィニアムちゃんはこの国……バァル王国のかなり偉い貴族、ウィヴィニアム家の長女らしい。


 しかし、ウィヴィニアム家の一番偉い人……まぁいうならばウィヴィニアムちゃんのお父さんだ。が、さらなる出世を求めて国王の暗殺を企てたらしい。馬鹿なことだよね。向上心は人を狂わすんだぜ。みんな、覚えておくように。


 しかしそれは幸運なことに……いや、不幸なことにかな?失敗してしまい、ウィヴィニアムちゃん達一行は国賊として現在命を追われている。って感じだ。


 ちなみに暗殺を企てたのが発覚したのがついさっきのことで、そのせいでウィヴィニアムちゃんはまだ王都……まぁ僕が転移した場所の周辺だね。を脱せていないらしい。


 その話で浮かんだ疑問はもう質問してあるぜ、安心しな。


 なんでいいとこの貴族なのに逃げるときに馬車の一つも出してもらえない上に側近とかもせめて一人ぐらいついてないんだ?って聞いたさ。


 するとウィヴィニアムちゃんはだんまり……なんてことはなく、家の人達は皆もうすでに捕まっていて、ウィヴィニアムちゃんだけが命からがら逃げ出したという状況らしい。


 まぁ普通なら一人ぼっちでいつ死ぬかわからないというのはとても心臓に悪いはずなのに、どんと構えているウィヴィニアムちゃんはやっぱり只者ではないなと思う。


 まぁそんな僕にとっては下らない諸事情だ。


 今は昼の間は顔でも見られたら危ないということでひとまず宿に泊まって小休憩をして、日が暮れたら動き出すらしい。


 正直この女の子について行く……いや、ついて生くのはかなり厳しいと思うけど、奢ってもらった恩があるからね。命が危ないけどしばらくは一緒に行動するつもりだよ。


 ま、別に死んでもいいからね。僕は。


 宿を借りる前にこの世界の服でも買っておけばよかったななんてことも考えているが、幼気な少女にそこまでさせるわけにはいかないので僕は白装束のままベッドに横たわる。


 あぁ、安心してくれ。ベッドはしっかり二個ある。別々のベッドさ。


 何ならこれが熟練夫婦の距離感みたいな所あるからね。うん。


 なんてどうでもいいか。夜になるまで後数時間、かなり暇だから時間を潰そうと思って適当に話しているんだよ。


 まぁでも一人喋りも飽きてきたしね。ウィヴィニアムちゃんと少しお話でもしようかな。


「あのー、ウィヴィニアムちゃん?ちょっとお話いいかな?」


 すでに僕と反対側を向いてベッドの上に横になり、しっかりと布団を被って寝る準備が万端のウィヴィニアムちゃんに話しかける。


「なんですか?」


 ウィヴィニアムちゃんはそっぽを向いたままだが、僕に返事をしてくれた。


 嬉しい限りだ。僕としても有効的な関係を築きたかったからね。


「ウィヴィニアムちゃんの“覗き見”以外のスキルって何があるんだい?」


 まぁどうせ答えてくれないだろうな、って冗談半分で聞いてみる。


「秘密です」


 おっと、教えてくれないどころか秘密だったようだ。乙女の秘密を暴こうとするほど野暮じゃない僕は、すぐに質問を変える。


「じゃあさ、その覗き見のスキルってどうやって使うんだい?ほら、僕スキルの無効化だからスキルの使い方がわからないんだよね」


「うーん……そうですね……相手のことをじーっと見て、こう……ぐってよくよく見ると浮かんでくるんですよ」


「ほうほう、じーーーーっと」


 あーほんとだほんとだ。浮かんでき……た……?


 ……ふむふむ、どうやら僕の能力はウィヴィニアムちゃんと一緒の覗き見らしい。


 なるほど、これは奇跡だな。


 驚いてない、別に驚いてないぜ?少し吃驚びっくりしただけだ。


 ウィヴィニアムちゃんはこれに気づいて僕のことを信用したんだろうか?


 いや、だとしたら僕のステータスが見えないなんていう虚言を吐く意味がない。


 それに、言い回し的にはウィヴィニアムちゃんの覗き見以外のスキルで僕に安心感を覚えた可能性が高い。


 さーて、ウィヴィニアムちゃんの好きな食べ物から体中のほくろの数まで覗き見を…………。


 ……やっぱいいや。相当悩んだけど、女の子のプライバシーに迫るなんて気が引けるからね。


 それに僕は今ウィヴィニアムちゃんとお話をしているんだ。会話をリードするのは男の役目だろう?


 覗き見なんかに精を出していては会話に集中できないではないか。


「えーっと、うん……あっ、うーん……」


「ふふ、無理に話題を作ろうとしなくていいですよ」


 ウィヴィニアムちゃんが僕に気を使ってくれた。


 まったく、本当によくできた子だと思うぜ。


 この子の父親がヤバイ奴なんてことを忘れちゃうぐらいにはね。


「夜に動くことになるので今のうちに寝といたほうがいいですよ。……私は少し疲れてるのでもう寝ますね。おやすみなさい」


「あぁ、うん。おやすみ」


 やれやれ、僕は女の子と楽しくお話することもできないらしい。


 さて、今僕は全く眠くないんだがどうしようかな……。これはきっと夜になって眠すぎて後悔する羽目になるだろうということはわかるんだが、眠くないという事実がある限り僕は決して寝ることができない。


 うーん、そうだなぁ……あ、いいこと思いついた。


 僕の前世……いや、前世っていう言い方はしっくりこないな。正直僕はまだ死んだ自覚がないからね。


 まぁいいや、便宜上ここでは前世ってことにして、僕の前世のことでも思い出そうかな。


 ドロドロでぐちゃぐちゃ……ってことはない。何もない、真っ白でまっさらな前世の話を。


 3月27日、僕は生まれた。


 これが僕の最初に犯したミスだ。


 こんなことを言っては僕の家族はきっと悲しむだろうが、僕はきっと生まれるべきじゃなかったんだと思う。


 そう自負するほどに僕はゴミクズで、無色透明で、歪だった。


 まぁ皆お察しの通り基本何もない人生だったよ。


 ……って、あれ!?僕の人生語るような事何も無いじゃん!!!!


 あははは、何ていう空笑いが出てくるくらいにはショックかな。


 自分がすでに知っている、熟知していたはずのことでも再度認識すると結構来るものがあるね。


 …………寝よう。


 僕は布団を足まで被り、枕を涙で濡らした。


 まぁ、嘘だけど。


















「さぁ、起きてください。サトウさん。出発の時間ですよ」


「そう……うん、オッケー。分かったよ」


 普段はなかなかベッドから出ない僕だが、今日はなぜかすぐにベッドから出られた。


 まぁ頭には靄がかかったような感じがするんだけどね。きっと誰かの命を守るという使命感が、正義感が僕のことを突き動かしているのだろう。


 やれやれ、情に厚い男は素敵だな。


 僕たちは数少ない荷物をまとめ、宿を後にする。


 ちなみに数少ない荷物というのは全てウィヴィニアムちゃんが持っていたもので、全てトレンチコートの内側に入るものだ。


「さてさて、それではどこに行くんだいお嬢様」


 僕がスポーンした目の前の大通りも夜になれば人通りは少なく、代わりに栄えていなかったはずの路地からは大きな笑い声や怒号が聞こえた。


 なんともうまくできた街である。


「取り敢えずここの大通りを通って南の門までいきましょう。警戒網はおそらくひかれていないので出るときは簡単に出れるはずです。守衛がいますが、顔を見せることもなく出ることができるはずです。そして王都を出たら東の方角に私が個人的に仲良くさせてもらってる貴族のお家があるので、そこで相談し、ことがうまく運んだら匿ってもらいましょう」


「ふーん、いいじゃん。もし、ことがうまく運ばなかったら?」


 現実的な僕はいくら仲が良いとはいえほぼ指名手配犯みたいな人間を家に匿うわけがないという当然の疑問が浮かんでいた。


「……今の私にとっては少し意地が悪い質問ですね。うーん……そのときは私とサトウさんの長い長い逃亡生活の幕開けということになります」


「ふーん、なるほど……ね」


 まぁ当然だよね。なにせ全てが突然のことだったのだ。無策なのを自覚しながら僅かな希望に縋るしかないのだろう。


「ちなみにそこの貴族のお家まではどのぐらいの距離なんだい?」


「まぁ、馬車があればすぐなんですけどね……あいにくお金がないので徒歩なので、大体四日ほどかと……」


 なるほど、四日か。


 正直かなり不安要素があるね……まず大前提として四日間追手から逃げられるかっていうのはあるけど、それ以前の大きな問題があるのだ。


 そう、何を隠そうこの僕は運動が苦手なのだ。


 50メートル走もシャトルランもクラスで最低回数レベルのクソ雑魚である。


 ……まぁ、無理そうになったらその時はその時か。


 その時が来るまで保留。面倒なことは後回しだぜ。


 さてさて、僕は自分でギリギリ解決できそうな問題より自分じゃどうにもならないような問題を考えるのが好きなんだが(地球温暖化とかね)、暇なので追手の奴らからウィヴィニアムちゃんを守る方法でも考えようかな。


 まず僕の持っているものを確認しよう。


 絶望的な運動神経、嘘つきな脳みそ、相手の能力がわかる目、可哀想な女の子、そして圧倒的なカリスマ性だ。


 うん、無理だ。諦めよう。


 残念なことに僕は授業中に教室にテロリストが入ってきてボッコボコにする妄想をするような優秀な人間じゃないんだ。


 夢よりも妄想よりも真っ先に現実を見るという天才的なほどに希望も可能性もない人生だ。


 ある意味この世に一番いらない存在であるとも言える。


 さてさて、そこで現実的な天才である僕がもう一つ延長線的に気がついてしまったことがある。


 それは、僕がウィヴィニアムちゃんのお荷物でしかないんじゃないか?ということだ。


 僕はきっとそこら辺の女の子よりも全てが劣っている。


 ともなれば僕にできるのは相手の挑発とか身を挺して肉壁になるとかだが、あいにく僕は他人のために自分がダメージを受けることができるほどの勇気はない。


 まぁだとすればもうお荷物というより足手まといだ。


 うーん……まぁいっか。


 僕はどう生きようと他人に迷惑をかけるんだし、今更深く考える必要はないよね。


 それに、僕を選んだのはウィヴィニアムちゃんだからね。責任転嫁、責任転嫁。


 ん?責任転嫁……!?おいおい、ウィヴィニアムちゃんが僕の嫁だなんて、なかなかアツい事を言ってくれるじゃないか、四字熟語くんは。


 まだまだ展開が早いぜ、まぁ将来……いや、未来的にはそうなるかもしれないけどね。


 なんてクソ下らない冗談を考えていたのがバレたのか、ウィヴィニアムちゃんが表情を曇らせる。


「なんか、嫌な気配がしますね……誰かが私達のことを監視しているような、そんな感じが……」


 この子危機察知能力高すぎるだろ。僕は何も感じてないのに。


「ふぅん……じゃあ走るかい?」


「いえ、走ったら今私たちを観察している人以外にもなにか目をつけられるかもしれません……一旦現状維持でいきましょう」


「なるほどね、平常心平常心」


 ちなみに僕は今マジで平常心である。なんせ僕はなんも気配を感じていないし、最低ながら命を狙われてるのもウィヴィニアムちゃんだからね。


 つまり僕のさっきの言葉はウィヴィニアムちゃんを落ち着かせるための言葉さ。僕ってば優しい!


 街灯のみが暗闇を静かに照らしているロマンチックな街の中、僕とウィヴィニアムちゃんの足音が規則的に静かに鳴っている。


「……でもまぁ、少しは急いだほうがいいかもね」


 すべての感覚が他人より劣っている僕だけど、流石に異変に気がついたよ。


 煩わしい喧騒が消え失せている。


 それも、突然ではない。徐々に、徐々に消えていっている。


 普通なら飲み屋とか騒いでるやつが入るところから離れて音が聞こえなくなっただけと考えるけど、これは流石に静かすぎる。


 静寂、という言葉がぴったりと似合うほどにだ。


「……ですね」


 僕とウィヴィニアムちゃんは歩くスピードを少し早めた。


 何分頃歩いたのだろうか?無心でひたすら真っすぐ歩き、たまに曲がり、また真っ直ぐ歩く。


 それを繰り返しているうちにおそらく……というか確実に外とつながる門に到着した。


 よくある鉄製の大きな門。周りをとても大きな塀が取り囲んでいて、二人の守衛らしき人物がつま先から頭のてっぺんまでを甲冑で覆い、そこそこ長い槍を持った状態で待機していた。


 ウィヴィニアムちゃんはその守衛のうちの一人に近づくと、


「通してもらえますか?」


 と普通に聞いた。


「夜は危険ですのでお気をつけてくださいね」


 守衛の一人が門を開ける。


 へぇ、意外とあっさり開くんだな、と少し驚いてしまった。


 顔の確認か、せめて顔の確認ぐらいはするものだと思っていたのに、意外とルーズなんだな。もしくは仕事をサボっているだけか。


 まぁどちらでも構わないか。今の僕たちにとってはとても都合がいい。


「ありがとうございます」


 ウィヴィニアムちゃんが丁寧にお礼を言って、更にお辞儀をして門を通り抜ける。


 僕もそれにあやかって無言で堂々としながら通り抜けようとした。


 しかし、


「おい、ちょっと待て」


 さっきウィヴィニアムちゃんが話した方とは別の守衛に肩を掴まれた。


「ん?なんだい?僕は怪しいものじゃないよ。見て分かる通り」


 白装束に裸足、完全に白だ。


「なにか身分を証明できるものはあるか?そうだな……身なりからして冒険者証明書か、もしくは戸籍謄本とか」


 おいおい、この世界にも戸籍謄本があるのかよ。そんな話知らないぜ。


 というか僕は異世界から来たからそんな物持ってないぜ。さて、この問題をどうやって切り抜け……


「逃げるよ!!お嬢様!!」


 僕は全力ダッシュで門を抜ける。弱者は考えちゃだめ。逃げるのが正義だ。


「え!?ちょっと、待ってよ!!」


 僕の少し後ろからウィヴィニアムちゃんも急いで走り出した。


 守衛共は門の警備があるから僕たちを追うことはできないだろ。その間不審者にでも入られたら大変だ。


「おい待て!!」


 そっか、二人いるんだった。一人は追いかけてくるか、そりゃ。


 後ろからガッチャガッチャという音とともにかすかに地を蹴る音が聞こえる。


 クソ重てえ甲冑を着たままこの僕に追いつくわけ……。


 余裕ぶった僕が後ろを振り向くと、想像よりも近くに守衛がいた。


「やばいよやばいよ!!お嬢様、なんかいい魔法ない!?」


 かなり動揺しながら僕が聞くと、


「えーっと!えーと、えーっと……!!!やばい!もう頭がぐるぐるだよー!!」


 ウィヴィニアムちゃんもかなり動揺しているらしい。まぁ、僕のせいだな。


「落ち着いて!ゆっくり考えよう!時間はないけど、ゆっくりと迅速に!」


 僕が一番落ち着いていないのは言わなくてもわかるだろう。


「思い出しました」


 僕より少し先を走っていたウィヴィニアムちゃんが足を止め、こちらを向くと、僕の後ろの方に右手を伸ばし、手のひらを向こうに向けた。


「暗い鳴き声クライ・クライ」


 と魔法?を詠唱する。


 すると、ウィヴィニアムちゃんの手のひらからは黒い(推定)禍々しい弾が出現し、すんごいスピードで守衛の方に向かった。


 その弾は守衛に着弾した瞬間、守衛の体を黒い靄で包み込む。


 守衛は一瞬で停止し、膝から崩れ落ちた。


 完全にうつ伏せになった守衛は、ピクリと痙攣している。


「ウィヴィニアムちゃん、これ大丈夫なやつ?」


 あまりの事態に少し引いてる僕が聞くと、


「はい。多分大丈夫です」


 ウィヴィニアムちゃんの顔も少し引きつっていた。


 本当に大丈夫か心配してしばらく眺めていると、守衛がなにかブツブツとつぶやいているのに気がついた。


 僕はジリジリと近寄ってその声を聞いてみる。


「……めんなさい。ごめんなさい。ごめっ……なさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 一定ペースで刻まれるごめんなさい。


 その声はだんだん泣きそうな声になっていった。


「……これからこの魔法を使うのは、控えよっか」


「……そうですね」


 加害者の僕たちがいうのはあまりにも卑怯というか、ひどい話ではあるが、とても見てられなかった。


 魔法ってすごいなぁ、って思ったよ。そこで魔法に興味を持った僕は


「そういえば、運動神経を上げる魔法ってあるの?」


 なんでも知ってるウィヴィニアムちゃんに聞いてみた。


「まぁ、一応ありますよ」


 あるんかい。


「それを使えば結構早く目的地についたりしないかな?」


 ウィヴィニアムちゃんは逡巡し、


「なんで今までその程度のことが思い浮かばなかったのかということに驚きを隠せません」


 と答えた。


「じゃあぱぱっとかけてくれよ。さっきみたいなこともあるし、僕が被験者になるからさ」


 僕は両手を大きく広げる。どんな魔法でもウェルカムだぜ。


「じゃあ行きますよ……取り敢えず最初は初級魔法の……」


「お待ちなさい」


 僕の後ろから女の声が響いた。


 おいおい、誰だよウィヴィニアムちゃんの話を遮ったのは。


 そこそこ偉い貴族のご令嬢だぞ?さぞかしいい御身分の人間なんだろうなぁ!


 正直、僕は怒っていた。


「私わたくしは先回りしていたので背面しか見えませんでしたが、貴方、私のお嬢様を襲おうとしてましたよね?」


「おいおい、とんだ言いがかりだな。僕の名前はサトウ。性癖は寝取られに催眠に腹パン触……手……」


 僕が勢いよく後ろを振り向くと、そこにはメイド服にうさみみをつけた巨乳の女性がいた。


「……おいおい、まじかよ。この人がお嬢様の命を狙っているのかい?」


 ついでのように設定をつけると、めっちゃかわいい女性だった。


「どこの馬の骨かは分かりませんが、死んでもらいます」


 おいおい、僕も君がどこの兎の骨かは知らないぜ、なんて冗談は言えそうになかった。


 うさみみメイドは袖の中から包丁を取り出した。


 ……確かここは剣と魔法の世界と聞いていたんだけどね。まさかの包丁とは。僕も恐れ入ったよ。


「せめて魔法を使ってもらうと助かるぜ」


 僕は一つ意気込むと、


「さぁ、お嬢様!僕に強化まほっ」


 顔面のど真ん中をヒールで蹴られた。


 スタートの合図も待たないなんて、バッドマナーな女性だぜ。


 それに気づいた頃には僕はふっとばされていて、激痛が走っていて、到底立ち上がれるほどじゃなかった。


 そう、完全に再起不能。リタイア状態である。


 ……僕じゃなければね。


 僕は不屈の精神で僕の持っているスキル“覗き見”を使用する。


 死ぬ前にこのバニーメイドの情報を隅々まで見てやるぜ。


 名前はネオ・パーリー・ハレ。種族は亜人。てことはあのうさみみは本物なのかな?だとしたら激アツだ。年齢は19歳。魔力量はAで、出自はバァル王国らしい。スキルは“兎が如くニアーラビット”。備考として、ウィヴィニアム家専属メイドと書かれていた。


 ん?ウィヴィニアム家専属メイド?


 なるほどね、なるほどなるほど。


 片鱗が見えてきた。真実の。


 少し気が引けるけど、僕の好奇心のためだ、仕方がない。


 僕はウィヴィニアムちゃんを“覗き見”した。


 名前がウィヴィニアム・マリルア・ヨルアム。種族は人間。年齢は11歳で、魔力量はS+の強者だ。出自は言うまでもなかろう。そしてスキルが……“覗き見”と“頭の悪いロバフール”と“化膿性”、そして“借りの面ニセモノ”、最後に“不笑の道化師スマイル・ピエロ”だった。


 備考としてウィヴィニアム家の長女。


 そしてハレさんにはなかった「状態」という欄があり、たった一文字、「呪い」と書いてある。


 なるほどなるほど、真実が読めてきたぜ。


 僕が探偵なら「実に面白い」って言いながら煙管を蒸しているだろう。


「さぁ、お家に帰りましょうお嬢様。皆様心配しておりますわ」


 ハレさんがウィヴィニアムちゃんに優しく声を掛ける。


「嫌です。私はあそこにいれません」


 いつも通り冷静だが、少しだけ怒気を孕んだ声だ。


「……私を含め、家の者や使用人は誰もお嬢様を責めていませんし、お嬢様のことを大切に思っています。どうか、お戻りください」


 安心させようとしている声、というよりは悲しそうな声だった。


「……嫌です」


 少しためらったがウィヴィニアムちゃんが拒否をした。


 なるほどなるほど、ふーんなるほどね。なるほどなるほど。


 どうやらここは僕が一肌脱いで上げる必要がありそうだ。


 あぁ、安心してくれ。いくら僕とはいえど物理的に一肌脱ぐつもりはないよ。そこまで馬鹿じゃないからね。


「ちょっとまってくれよ、バニーメイドさん。いや、ハレさん」


 痛む体を起こす……のは無理なので地面に倒れ込んだままの状態で語りかける。


「貴方は……誰……?って、あっ!思い出した!あの変態性癖野郎!!まだ生きていたんですか!!次こそは殺して差し上げます!!」


 ハレさんが僕の胸ぐらをつかんで持ち上げる。


 とても女性とは思えないほどの筋力だ。


「いや、ちょ、待って。落ち着いて僕の話を聞いてくれよ。お願いします。本当に、まじで」


 僕が必死に懇願する。


「いくら必死に言っても無駄です。なんせ貴方は寝取られ催眠に腹パンと触手が大好きな変態を超えるヤバイ奴なんですから」


「え?いや、えっと、あの……」


 クソ、ふざけて適当な性癖を言うんじゃなかった。


 僕が本当に好きなのは純愛の幼馴染モノなのに。小学校の頃は仲良かったけど中学校になって疎遠になった女友達と高校で偶然再開して……が好きなのに。悔しい。せめてこのまま勘違いされたままは、嫌だ!!


「僕は幼馴染モノが好きだ!!」


 おそらく人生で一番大きな声を出した。


 すると、ハレさんは目を大きくして、少しの間静止した。


「……話を聞きましょう」


 まじかよ、と少し引いたのはヒミツである。


「僕のスキルはそこのお嬢様のスキルの一部と同じ“覗き見”でね、君たちのプロフィールを少し見せてもらったんだよ。そして僕は見つけたのさ。そこのお嬢様の備考に“呪い”と表記されているのをね。ここからは僕の推測だけど、きっとそこのお嬢様はその不幸な呪いのせいでなにかやらかしたんだろう?それで家出を決意したと思うんだ」


 なるべく簡潔にわかりやすく伝えようと努力はしたよ。なんせ、僕の命がかかってるんでね。


「……それで?」


「いや、これで終わりだよ?当然じゃないか。僕はいろんな小説に出てくる名探偵さながら自分の推理を話して気持ちよくなりたかっただけだよ。……あ、もしかして解呪の方法でも知ってるとか期待しちゃったかな?」


 僕ってば思わせぶりだからね、仕方がないさ。


「普通に殺そうかな。ムカつきますし……」


 ハレさんが困ったような顔で言った。


 僕は賢いから知ってるんだ、こういう雰囲気のときはまじで殺される。


「わー!待った待った!」


 僕は急遽適当な思案を巡らせる。


「あ、そうだ!!!」


 つい大きな声で叫んでしまった。


 ハレさんが明らかに不愉快そうな顔をしている。だけど僕はそれを無視して、


「僕とハレさんで決闘しようよ」


 と提案した。


「……は?」


 まぁ、当然の反応である。


「僕が勝ったら僕とお嬢様は一緒に逃避行する、ハレさんが勝ったらお嬢様をお家に引き戻してもいいよ……ってな条件でどうかな?」


 分かってるよ。馬鹿げた提案だってことはね。


 ハレさんは困ったような表情のまま、


「別に私はいいですが、お嬢様が承諾するかどうか……というか私に有利すぎて少し気がひけるというか……」


 うわ、この人、根はいい人だ。


 有利な状況ならそんな事黙っておけばいいのに、バカ真面目だなぁ。


「……じゃあハンデとして僕にはお嬢様が身体強化魔法をかけてくれるっていうのはどうかな?」


 正直強化魔法がどれだけのレベルなのかはわからないけど、普通に戦うよりはまぁマシだろう。


「うーん、お嬢様、どうですか?」


 ハレが聞くと、ウィヴィニアムちゃんは少し考えて、


「いいですよ、その条件でやりましょう」


 と無事に承諾した。


 反応的にウィヴィニアムちゃんの強化魔法はとても強力なものなのだろう。


 魔力量がS+のウィヴィニアムちゃんが付けば百人力だぜ。


「じゃあ、早速始めようか。僕たちの決闘」


 胸ぐらを掴まれながらキメ顔で言う。


「いや、私が有利過ぎませんか?」


 この女はまったく、どうしようもないな。


 有利ならそれを黙っとけばいいと何万回言われれば気が済むんだ。まぁ、言ってないけど。


「全然構わないよ。それじゃあよーいスタート!!!」


 ウィヴィニアムちゃんが僕に強化魔法をかけたのが体の感覚で分かった。


 その瞬間、僕の股間に膝蹴りがあたった。


「…………」


 ハレちゃんが僕の胸ぐらから手を離した。


 僕は膝を地面につき、地面の方をじっと見ている。


 痛い。


「…………」


「…………」


 全員が終始無言だった。


「……じゃあ、私の勝ちということで」


 沈黙を破ったのはハレちゃんの一言。


 僕のタマタマも破けてないといいけど何ていう冗談は今の僕にはとても辛かった。


「ちょ、ちょっと待ってよ……」


 息も絶え絶えの状態の声が健気に声を上げる。


「まだ勝負……はっ……終わってない…………んだぜ………………」


 そう、この決闘はどちらかが死ぬかギブアップするまで終わらないデスゲーム。


 勝負はまだ、付いていない。


 ついでに僕のタマタマも今は付いていないかもしれない。


「…………」


 ハレさんは、まだ無言だった。


 一方の僕は時間が流れるにつれて痛みがだんだん大きくなってくる。


 その痛みに比例して呼吸が粗くなり、頭が朦朧とする。


 そんな哀れで可哀想な僕に同乗してしまったのだろうか、ハレさんは僕の両手に綺麗な包丁を乗せて、握らせてくれた。


「これで自害しなさい。もう……辛いでしょう?」


 なかなかにえげつない女だ。前言撤回である。根はいい人でもなんでもない、根はサイコパスだ。こいつは。


「あっ、そうだ……お嬢様、治癒魔法ヒールとかない?回復魔法的ななにかは……」


 回復魔法は実質身体能力強化魔法だからセーフなはずだ。


「あっ、私のヒールで良ければ、是非」


 ハレさんが自分の履いていたヒールを差し出した。


「いや、そういうことじゃないよ!回復魔法のヒールだよ!! ……まぁもらっとくね」


 ウィヴィニアムちゃんは僕の近くに寄ってきて、


「治癒魔法ヒール」


 と詠唱して、僕の傷を直してくれた。


「ふふ……ふふふふふ……」


 体中の傷がいえたのがわかる。


 そして強化魔法のお陰で最高に体の調子がいい。


 不敵な笑みを上げながら僕は立ち上がる。


 包丁を手にしながら、ゆっくりと立ち上がる。


「さぁ、反撃の時間だぜ!!!」


 僕が包丁で襲いかかった。


 間違いなく僕の人生史上最強で最速の攻撃が行われようとしていた。


 全力でハレさんのもとまで走り、その顔面にめがけて包丁を突き立てる。


 勝った!!!!!


 僕は確信した。


 しかし、そううまくいかないのが僕である。


 というか、僕の得意の舞台で挑まなかった時点で僕は負けていたのかもしれない。


 仕方ないじゃないか、僕が初めて素直な勝負に挑めることができる気が、同じ土俵に立てた気がしたんだよ。


 まぁ、完全に調子に乗ったね。嘘つきは嘘つきらしくフェイントをかましまくればよかったんだ。


 僕の包丁がハレさんに当たる直前。ハレさんは包丁の腹の部分を拳一つで軌道をそらし、僕の股間にその膝を……。


「…………!!」


「…………」


「…………」


 再び流れた沈黙。


 きっと誰も喋りたくないし、できれば目も開きたくないだろう。


 僕は地面に膝をつき、地面に両手をついた。


 受験に落ちた学生も見とれるほどきれいな四つん這い。


 冷や汗がダラダラと流れていて、僕の眼前にある包丁の刃には苦しそうに顔を歪める僕が写っていた。


 きっと、僕が人類で唯一だろう。


 即死レベルの金的を短時間で二回も食らったのは。


 辛い、辛すぎる。


 はっきり言ってデジャブだが、もうめっちゃ痛い。


 にしても包丁に映る僕はイケメンだなぁ。さすがは僕だぜ。


 顔を綺麗に歪ませて、冷や汗ダラダラで、そうそう、目を凝らすとよく見えるここのまじで小さい泣きぼくろがチャームポイント……って、あ。


 僕のプロフィールの一覧が見えた。


 どうやら反射するものに映る僕を凝視すれば、僕の情報が見れるらしい。なんとも範囲が広いと言うか、素晴らしい能力だ。


 そうだ、せっかくだし僕のプロフィールを見てみよう。


 名前が嘯真うそぶきまこと。うん、キメェ名前だ。両親から授かったもので一番キライだ。まぁどうでもいいよね。種族は人間で、年齢は16歳。魔力量は記載なしで、出自が東京。スキルは……え?“覗き見”じゃないの?


 スキル:剥奪


 詳細は書いていない、発動条件がわからない能力だ。


 どうやって使うんだろうな。訳わかんないよ。


 ついでに備考には異世界転移者と書いてあった。


 やれやれ、最後にもう一枚肌を脱いでやるか。


 僕は顔を上げる。


「もう一回ヒールもらえるかな?」


 ウィヴィニアムちゃんが辛そうな、憐れむような表情で僕を見て、治癒魔法をかける。


 ついでにハレさんがもう片方の足に履いていたヒールを僕に差し出した。


「……もう、大丈夫です。私も大人ですから、諦めます。もう頑張らなくていいですよ。私が一人で頑張りますから」


 冷静な声だった。いつも通りの。


 話している内容的に家を出ていく気はまんまんのようだ。やれやれ、終始ブレない子である。


「大丈夫だよお嬢様。僕がお嬢様のために命をはってあげるから」


 命を張ってあげるなんて、なんとも恩着せがましいんだろうね、僕は。


 僕は包丁を握りながらよろよろと立ち上がる。


 すると、ハレさんが右足を少しだけ上に上げた。


 それを見た瞬間トラウマが蘇り、反射的に体が後ろへ飛んだ。


「……大丈夫ですか?」


 ハレさんが確認をとる。


 本気で僕のことを心配しているようだ。だったら金的を二発もぶち込むんじゃない。


「うん、多分大丈夫だよ」


 勝算はないけどね。


 ハレさんは一つため息を付いて、僕へゆっくりと近づいてくる。


 ハレさんの拳が僕の腹にあたった。


 成功するかなー、不安だ。


 まぁいいや、やるしかない。


「兎が如くニアーラビット!!」


 あぁ、体ってこんなに軽いんだね。


 世界って、こんなにも見やすいんだね。


 少し感動しながらも、僕は自分でもうまく制御できない体を器用に動かしてハレさんの背後に回り、まず左腕でハレさんの左腕ごと胴体を挟んで動きにくくした。そして、右手にした包丁を首元にそっとつける。


「僕の勝ちでいいかな?」


 やれやれ、やっと異世界チート無双モノっぽくなってきたぜ。


 ハレさんは驚いたのだろうか?なかなか動き出せないようだった。


「いや、私は……私は、まだ……!!」


 ハレさんが抵抗しようとする。


 やれやれ、止めを刺すしかないか。


 正直使いたくなかった奥の手中の奥の手だが、仕方がない。


「兎って、妊娠率がほぼ100%らしいね」


 耳元で、静かにささやく。


 当然、ウィヴィニアムちゃんに聞こえないための配慮だ。


「なっ……!?」


 ハレさんの耳が赤く染まった。それに、背後からでもわかるくらいには動揺している。


「本当に奇跡みたいな話なんだけど、僕の能力も兎が如くニアーラビットなんだ。この意味、わかるよね……?」


 ハレさんの体が小刻みに震えている。


 きっとハレさんの脳内に流れているのは僕が幼馴染モノが好きという情報ではない。


 寝取られ催眠腹パン触手の情報だ。


「……降参…………します……!」


 ハレさんは、半泣きの状態で降参宣言をした。


 自信の貞操が危ういとなれば当然か。


「やれやれ、納得してくれたか」


 僕が拘束を離した。


 そして、兎が如くニアーラビットを解除する。


 その瞬間失敗に気がついた。


 やれやれ、最後の最後まで詰めが甘くて、頭の悪いのが僕である。


 ハレさんはウィヴィニアムちゃんのことを大切に思っているはず。


 つまり僕がこんな発言をしたことを許すはずがないのだ。


「やべっ」


 僕が気がついたときにはもう遅かった。顔面を肘で打たれ、膝で腹を蹴られ、こめかみを拳で殴打された。


 あー、これは本格的にだめかもなぁ。




















 ぱっちりと目が覚めた。


 綺麗な綺麗な緑色の葉っぱが僕の目に映る。


 よく見ると、葉っぱの隙間には青い色が見えている。どうやら天気は快晴のようだ。


「目覚めましたか」


 聞き覚えはあるが聞き馴染みがない声。誰の声だっけ?あぁ、そうだ。ウィヴィニアムちゃんの声だ。


 どうやら僕の隣りに座っているらしい。


 異世界転移が夢オチじゃなかったことに安心感と、わずかながら恐怖を覚える。


「あぁ、目が覚めたよ。ありがとう」


 僕は後ろにある木の幹に背中を預けた。


 無限に広がるかと思えるような草原。


 その中に一本だけポツンとそびえ立つ木に、僕たちは二人っきりらしい。


「なら良かったです」


 きっとニッコリと笑っているのだろう。声はとても柔らかかった。


 ……あぁ、うん。気が付いているさ。僕のことだ、得意のシックスセンスというやつでね。


 正直に言うと、ずっと前から気が付いていた。強がりでも嘘つきでもない。


 本当にずっと気が付いていた。知っていた。


 知っていたけど、話せなかった。


 知っていたけど、何もできなかった。


 僕は臆病者だから。


 僕は卑怯者だから。


 でも、そんな僕は今、この瞬間に終わりだ。


 別に、心が入れ替わったわけじゃないし、覚悟が決まったわけでもない。


 僕には関係ないし、僕にはどうでもいいことだ。


 でも、僕は逃げ出さない。いや、それをしたくないという方が正しいかな。


「さぁ、決着をつけようか。ウィヴィニアムちゃん……いや、借りの面ニセモノちゃん」


「……やっぱり、気付いていたんですね」


 僕とニセモノちゃんは同時に立ち上がる。


 あぁ、そうだよそう。そんな事僕が一番わかっているさ。


 僕にできることなんてあるかどうかはわからない。


 でも、僕は必死に頑張るしかないんだよ。


 ウィヴィニアムちゃんが助けを求めているような、そんな気がするから。


 僕が今まで基本一緒に過ごしたのはニセモノちゃんかもしれない。正直、思い入れがあるのはニセモノちゃんだ。でも、ウィヴィニアムちゃんの声を無視することは僕にはできない。


 それに、ニセモノちゃんの声を無視することもできない。


「さぁ、最終章の始まりだぜ。準備はいいかな?」


「えぇ、ずっと前から」


 都合の良いことに、僕の手には包丁が握られていた。


 本当に、都合がいいことに。


 やれやれ、まったく、感心しないぜ。


 痛いのは嫌いなんだけどね。仕方がないね。


 僕は自分の腹に包丁を差し込む。


 できるだけ広く、ギリギリ死ねるように。


「あ゙あ゙ぁぁあぁあああ゙!!!!!!」


 痛い。苦しい。痛い。痛い。


 でも手を止めちゃだめだ。耐えるんだ。


 僕はある程度腹を斬ったところで、地面に倒れ込む。


「何をしてるんだよ!!バカ!!」


 ウィヴィニアムちゃんの表情が一瞬で変わり、倒れ込んだ僕のところへ駆け寄ってきた。


 そうだよね、知ってる。


 ニセモノちゃんキミは感情が激しく動かされるとウィヴィニアムちゃんが一瞬出てくるんだ。


 そして、そこが狙い目である。


「腹を割って話そうぜ、ニセモノちゃん」


「君の借りの面ニセモノを剥奪する!」


 どうなるかは僕にはわからないよ。


 ただ、愉快なことにはなりそう……ってあれ?


 ここはどこだろうか?


 真っ白で少しだけ光り輝いている何も無い部屋。


 少し、いや、かなり眩しい。


 そういえば、僕の腹の痛みはもうなかった。


「どうも、こんにちは。一応、“はじめまして”と言っておきますね」


 白い空間に無様にも寝っ転がっている僕が横を見ると、仮面が落ちていた。


 たまに洋画とかでみる貴族がつけている仮面があるだろう?目の部分だけ見えてて、顔の上の方だけ隠してくれるあのシンプルなやつだ。


 そうだな……怪盗とかもつけてそうなイメージがあるやつだ。それが僕のとなりに落ちていた。


「はじめまして、ニセモノちゃん」


「いきなりの質問で悪いけど、ここはどこかな?」


 親切に答えてくれるとは思わないけど、一応聞いてみる。


「ここは私の作った私と貴方だけの空間……まぁ“頭の中の世界”とでも言っておきましょうか」


「へぇ、仮想空間みたいなもんか……」


 VRゴーグルみたいなやつはつけたことがないからよくわからないけど、きっとこんな感覚なのだろうか?


 まぁどうでもいいか。僕はここにニセモノちゃんとお話に来たんだ。


「さて、じゃあお話しようか。まず最初に、時間はあとどのくらいあるんだい?」


「そうだですね……時間が許す限り、いくらでも。心ゆくまで話しましょう」


「へぇ……じゃあ、心ゆくまで話そうか。そうだね、じゃあまずは僕の特殊な生い立ちでも話そうかな。とても面白くない話さ」「実は、僕は異世界からやってきててね……」


 どんなくだらない話でも、どんな何気ない話でも、どんなに重大な話でも、全てを話した。


 覚えてる限りの僕の全てを。知っている限りの僕の全てを話した。


 きっと、僕の自分語りほどつまらない話はないだろう。


 それでも、話した。


 僕に僕という人間を知ってもらうために。


 僕という存在を知ってもらうために。


「ってなわけで、僕は金玉を二回……いや、四回潰された挙げ句ボコボコにされたってわけ。どう?不憫でしょ」


「んで、目が覚めたらここよ。やれやれ、何がどうなってるか訳がわかんないぜ」


 僕の話はそこで終わった。


 何時間話したかはわからない。


 3日ぐらい話していた気もするし、案外数分程度で終わったかもしれない。


「それじゃ、次は君の話を聞きたいな」


「ほら、僕ってば知識欲がすごいから……って、これはさっきした話とちょっと矛盾してるね。あはは」


「そうですね……“私の話”ですか……」「つまらなく、長いものになりますよ」


「大丈夫、僕もそんなもんだから」










 ニセモノちゃんの話が終わった。


 要所……と言うにはあまりに端折りすぎて、薄っぺらくて、酷いものだが、それでも要約したことを語るとしよう。


 なんと、過去に“悪魔”という絶対的な存在によって作られたスキルの一つが“借りの面”、つまりはニセモノちゃんだそうだ。


 このスキルを授かった人は年月が経つごとにだんだんニセモノちゃんに人格を乗っ取られ、その存在がニセモノちゃんへと置き換わるらしい。


 それに、ニセモノちゃんはスキルの持ち主の命……いや、寿命を吸い取っていってしまう。


 まぁ、ニセモノちゃんが作られたのは随分前のことなので呪いの効力がだいぶ薄れていて、ニセモノちゃんにもスキルの持ち主の人格がかなり伝染るらしい。


 持ち主の人格も残っているということと、長年生きてきたという精神の摩耗に罪悪感があったニセモノちゃんはウィヴィニアムちゃんの中でずっと罪悪感にかられていて、自分を解呪するために旅に出ようと思っていたらしい。


 悪魔から生み出されたものが罪悪感だなんてと面白い話だが、きっとウィヴィニアムちゃんの優しい性格が伝染ったのだろう。


 街に繰り出し、しばらくして出会ったのが“剥奪”のスキルを持つ僕。


 もちろんステータスが見えないというのは嘘で、一旦お近づきになって僕という人間を知ろうとしていたらしい。随分と慎重なことだ。


 ちなみに、スキルが剥奪できるスキルを持っていたのは今まで生きてきて僕一人らしい。


 他にも楽しそうなエピドードはたくさん聞いたけど、それはまた別の機会があれば教えるよ。


「それじゃ、僕の存在はじきにニセモノちゃんへと置き換わっちゃうのかな?」


 僕が聞くと、


「いや、それはないと思います」


 とニセモノちゃんが否定した。


「ほほう?それはどういうことだい」


「スキルというのは通常、魔力を消費するものです。しかし貴方には魔力が一切無い。貴方の目が覚めたとき、私の存在は消え、“借りの面ニセモノ”というものは記憶にだけ残る存在になります」


「えー、でも僕兎が如くニアーラビット使えたよ?」


「気付いてないと思いますが、実はあれはスキルを剥奪はできていても使用ができていたわけではありません。私……いや、ウィヴィニアムの身体強化魔法を最大までかけただけですよ」


「えー、じゃあ僕の能力ほぼ意味ないじゃん。ちょっとショック〜」


「心配することはありませんよ。貴方にはウィヴィニアムがいるじゃありませんか」


「でもなー、僕なー、異世界から来たヤバイ奴だしなー、迷惑かけるわけには行かないでしょ」


「あはは、迷惑だなんて滅相もない。ウィヴィニアムもきっと喜びますよ」


「ふぅん……だったらいいけど。あ、そういえば僕、ちょっと眠くなってきたな」


「目が覚めようとしているんですよ。そろそろお別れの時間も近いということですね」


「あらら、どんぐらいの時間が立ってるんだろ……まぁそんなことより、ニセモノちゃんとはもう会えないの?ちょっと寂しいなぁ、なんてね」


「ふふ、そうですか。そう別れを惜しまれると少々嬉しいですね」


「僕も意外なんだよ、ちょっと話しただけなのに寂しいだなんて、僕らしくもないなって」


 ……なんてね。僕は初めて僕について話すことができたんだ。


 僕のことを改めて知る切っ掛けになった。僕が更に僕になるきっかけになったといっても過言ではないんだ。


 そのことへの感謝の気持が大きいんだろう。


 後は腹を割って語り合った故の男同士の友情かな?ま、ニセモノちゃんの性別なんて知らないけど。


「今の時代時間よりも想いのほうが大事ですからね……まぁ、想いは時間が紡ぐんですけどね」


「おやおや?随分僕っぽいことを言うじゃないか、嬉しいぞ〜、この野郎」


「まぁ、ついさっき私は貴方になりましたからね……っと、おやおや。もう時間のようですよ、真さん」


「おいおい、僕は自分の名前が嫌いなんだ。さっきも話しただろう?」


 冗談交じりのくだらない会話。


 僕が本音で語り合える人がいればきっとこんな会話をしょっちゅうしていただろう。


「おっと、失念していました。案外、ウィヴィニアムと似たところがありますよね。さようなら、サトウさん。またいつか出会うことがありましたら、そのときは是非」


「さようなら、ニセモノちゃん。歓迎するぜ」


 眩まばゆい、白い空間がなくなった。
















「サトウ!サトウ!!」


 煩い、甲高い声だ。


「うーん、この明るさが目に毒だぜ」


 ゆっくりと目を開ける。


 さっきと同じ新緑、さっきと同じ快晴だ。


「サトウーーーー!!!」


 ウィヴィニアムちゃんが僕の顔面に抱きついてきた。


「おいおい、だいぶキャラが違うじゃないか。ウィヴィニアムちゃん」


「良かった、生きててよかった。本当に……良かった…………!」


 どうやら泣いているらしい。そういえば、僕は腹を割いたんだった。


「ニセモノさんとは仲良くできた?」


「あぁ、当然さ。僕だぜ?」


「そっかぁ」


 ウィヴィニアムちゃんがニッコリ笑う。


 もう帽子は被っていない。


 きれいな赤い目に、きれいな白い肌。


 うん、満点だ。


「そういえば、僕のことしっかり知ってるんだね、意外だぜ」


「私とニセモノさんは二重人格みたいな感じだからね、ぜーんぶ覚えてるよ!」


 ニセモノちゃんとは違う、明るい元気な子だ。


 本来のウィヴィニアムちゃんが戻ってきた、って感じだろう。


「ニセモノさんね、私の中でずっと謝ってたんだ。ごめんなさいって、ずっと。ずっと」


「知ってるよ。僕とニセモノちゃんは文字通り腹を割って話し合った仲だからね」


「取り敢えず、僕はお腹が減ったな。ご飯奢ってよ」


「もー、しょうがないなぁ。ニセモノさんを助けてくれたお礼に、一回だけね!」


 よし、せっかくだしめっちゃ豪華で高いご飯を奢ってもらうとしよう。


 お腹を満たして幸せになるのも、悪くはないだろう。


 まぁなんせ僕のことだ。すぐに満腹になるだろうけどね。


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僕が異世界転移してチーレム無双する話だよ。まぁ、嘘だけど。 @Suzakusuyama

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