わたしはシャンプーマン

未知との遭遇

こ……こんなに緊張するのは久しぶりだ。

　どこからどう手をつければいい？シャワーの角度は？手の位置は？あぁ、何もかもが初めて……

　じゅるり……失礼しました。新しいことにチャレンジするのって楽しいですよね！

　あぁ……どうすれば正解なのか……ワクワク……ワクワク……ワクワク

　すべては、わたしに委ねられた

　５分前……「いらっしゃいませ〜！」「こちらへどうぞ〜！」「お願いしま〜す！」

　今日も忙しい夏休み！夏休みかぁ……なつかしい響き。７月、８月は美容院の繁忙期なので、美容師さんは大忙しですよ。夏休みだ！わぁ〜い！どころではない。

　新規のお客様も多いです。つまり、わたしのシャンプーを初めて体験するんでしょ？覚悟しといてね、めっさ気持ちいいよ！

　常連のお客様も、もちろん「気持ちいい〜」って言ってくださいますが、初めての「なにこれ？気持ち良過ぎなんだけど！」も、いただきたいですよねぇ。

「いや〜ちょっと、うちでは出来ませんねぇ」

「私、上向くと気分が悪くなるんです。いつも行ってた美容室だとやってくれましたよ」

「ですが……そういう設備がうちには無くて……」

「全然、顔とか濡れちゃっていいんで！」

「そう言われても……」

　ん？女性スタイリストが、新規のお客様とご相談中のようだ。だが、どうも困っているな....

　こういう時、わたしが聖徳太子より授かった能力、地獄耳が役にたつ(聖徳太子に失礼)。

　ふむ、どうやらお客様はシャンプーしたいが、上向きになると、気分が悪くなってしまうようで、フロントシャンプーをしたいとおっしゃってるんだね……

　フロントシャンプーだと！？

　皆さんは知っているだろうか、床屋さんのシャンプーは前に倒れるのだ！

　フロントシャンプー……シャンプーボウルにお客様が顔を入れて前かがみ状態で洗うこと。

　だがうちのシャンプー台は上向きフラットスタイル……出来るのか？……いや今、スタイリストは断っていた……さすがに無理だろ？……わたしなら……究極のシャンプーマンとは？……うず……うず……

「⚪︎⚪︎ちゃん(わたし)！フロントシャンプー出来る？お客様はお化粧されてないから、顔が濡れてもいいみたいよ！」

「……やりましょう。いや、させてください！」

こんな面白そうなこと、ほかのスタッフには、譲れない。

　お客様にはフラットなシャンプー台でうつ伏せに寝ていただく。シャンプー台のネックのゴムの部分には、綺麗なタオルを敷いてみた。なんとなくそうした……。何が正解かわからない。

　まさに手探り……おぉ……

　ミディアムレングスの髪が、バサッとお客様の顔を隠すように覆いかぶさる……これは……顔は濡らしていいとおっしゃるが、濡れないようにやってみよう！

　くぅ……お客様の頭が安定せずグラグラする……癒したい！このスタイルでも癒したい！

　泡立てる。か……絡まりやすい、だと！？

　まずい！泡が顔に流れ落ちる！フォローだ！

　ちぃ、ゴリゴリ掻くと、もつれる！

　奥義！「胸筋指圧」！

　説明しよう。「胸筋指圧」とは、最強シャンプーマンの胸の筋肉による無振動シャンプーである。

　揺らさず……圧と指の摘みで行う。

　ふぅ、施術は終了。いざ、起こしま〜す！(可愛いらしい声)

　顔ビシャビシやんけ！いや……むっず！

「あぁ、気持ち良かったぁ！」

　ふっ、課題はあるが、また一人わたしの虜にしてしまったか……。