B:I=TooLate

れれれの

鬼はバーにいた

1

 これから一杯いかないかと誘ってみると、捜査一課の紅一点である高松は目を輝かせて資料を片づけ始めた。

「安倍さんが私を誘うなんて珍しいですね」

 どこか声を弾ませながら高松がいった。

「マスターが面白い男なんだが、常連の女が行くたび行くたびやけに絡んできてな。風除けが欲しい」

 いささかげんなりとした表情で安倍がいった。高松は二ヘラと笑って、買い替えたばかりのスマートフォンを操作して母親にメッセージを飛ばした。タップではなくフリック入力で流れるように入力していく様は、今年アラフォーに足を突っ込んだ安倍とは違うデジタルネイティブ世代なのだと理解させられる光景である。

「母に遅くなるって連絡しました。明日は非番ですし、奢りの酒なら浴びるように飲ませてもらいますよ」

「別に奢りなんざ言ってねぇってのに……まぁ、たまにはいいか。んじゃ、係長お先に失礼します」

 安倍は微笑ひげを弄りつつ、決して広くはない捜査一課強行犯係の仕事場で最後まで残って書類を整理している係長に挨拶をし、高松を伴って未だに明かりが大量についたままな警視庁の通路をカツンカツンと革靴のかかとを鳴らし歩く。

「週末なのに残業の人たち多いですね」

 エレベーターへと向かう途中、高松が不意に呟いた。安倍は「あー」とどうでもよさそうな言葉にならない声を出しつつ答える。

「二課と四課は詐欺集団の後ろ盾になってたマル暴の合同大規模検挙が明日に控えてるし、一課うち第七性犯罪係第八火災犯係も凶悪犯の尻尾掴むために一週間泊まってる奴らばっかだ。総務にシャワー室にいい加減石鹸じゃなくてシャンプー置いてくれって嘆願書あげてて笑っちまったよ」

 エレベーター前までたどり着いた安倍たちは反応の悪くなってきている昇降ボタンを軽く二度タッチした。チンっと甲高い音を出してエレベーターがまもなく大口を開いた。エレベーターに乗り込んだ二人は一階のボタンを押してどちらともなく溜息をつく。

「女子シャワー室には備え付けであるんですけどね」

「男女差別は根深いねぇ」

 安倍がケラケラと笑う。エレベーターに乗り込んで数秒ほどして一階についた二人が誰もいない警視庁の受付に片手をあげて挨拶して玄関の自動ドアをくぐったとき、安倍のネックストラップに紐づけられた業務用の折りたたみ式の携帯電話が震えた。安倍と高松は心底嫌そうな表情でしぶしぶ頷き合って通話ボタンを押す。

「はい、携帯安倍。華金で飲み屋に行くつもりですオーバー」

「残業だ。飲みに行くのはまた今度にしてくれやオーバー」

 スピーカーから流れるさきほど聞いたばかりの係長の声が、二人には妙に腹立たしく響いた。


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