さくらうつくし、ちるはものがなし

卯月 朔々

桜の木の下には。




 この村には、そりゃまあ美しい、桜の木が一本あった。

 毎年、春になったら、村のみんなで桜の木の下に集まって花見をした。春になると、みんなそわそわし出すんだ。花見はいつやるんだい? って。

 夏になれば、葉っぱが茂って、ちょうどいい日陰になるんだ。

 秋になったら、落ち葉を掻き集めて、芋を焼いたりして。

 冬は、枝についた雪を払ったりして、桜が傷まないようにみんなで様子を見て。

 

 それくらい、愛されていた桜だったんだ。



 


         一、



 ある日、村に豪族が徒党を引き連れてやってきた。

 その豪族は、「この辺りを治めることになった」と言って、村で蓄えていた米や野菜を根こそぎ持っていきやがった。

 逆らった男衆は、豪族に容赦なく斬られちまった。女子供は震え上がるしかなかった。

 その時の俺は、まだとおになるかならないかで、母ちゃんの後ろで震えるしかなかった。


 その豪族は、村の桜の木に気づいたんだ。

 季節はちょうど春で、これから村のみんなで花見をしようと話していた頃合いだった。

 そりゃあ見事な咲きっぷりで、美しい景色だったんだ。


 だから、豪族はその桜の木を欲しがった。

 ちょうど徒党を連れてきていたから、桜の木を根っこから掘り返して、その日のうちに豪族の屋敷まで運んでしまったんだ。


 村の桜の木がなくなる、っていうことは、空からお天道様てんとさまがなくなってしまったようなもんだ。

 俺たちが何をしたって言うんだ。あの豪族は人の形をした鬼だ。

 

 掘り返された桜の木の穴に、死んじまった男衆を埋めて、丁寧に葬ってやった。せめて、みんなが大好きだった桜の木のそばに置いておいてやろうって、村のみんなと話して。

 みんなで泣きながら、亡骸に土をかけた。今でもあの土の冷たい感触は、忘れらんねぇな。


 その翌日、俺は村から少し離れた見晴らし台まで歩いて行った。

 そこから、あの豪族の屋敷が見えたんだ。豪族の屋敷に、村から持っていかれた桜の木があるのが見えた。綺麗な桜の木だからな、見間違えることはない。

 俺はそれを見て、とても悔しかった。家に帰ってから、父ちゃんと弟とで、あの桜を取り返しに行けないかと相談したくらいだ。

 でも、母ちゃんに泣かれてやめた。村の、死んだ男衆みたいになっちゃいけない、と。


 その次の日は弟を連れて、見晴らし台からあの桜の木の様子を眺めるようにしたんだ。

 桜の木は、持っていかれた日から、どんどん花を散らしていてな。

 桜は、咲いたら散ってしまうもんだが、そういうのとは違う散り方だったんだ。

 風でも吹いたのか何なのか、ごっそりと花が散ってしまうんだ。昼飯を食ってから様子を見にきたんだが、夕暮れになる前には、花が全部散って枝と幹だけになっちまった。

 こんな散りざまを、俺は初めて見た。

 俺はいまでも花見が好きだから、方々ほうぼうの桜を見に行くんだが、あの村の桜の木みたいな散り方をする桜を見たことはない。


 


          二、


 

 翌日、豪族の子分たち何人も、血相を変えて現れた。

 村長むらおさがその子分から話を聞くと、なにやらおかしな顛末だったようで、村のみんなに聞かせてくれた。




  村から桜の木を持っていった豪族は、屋敷の庭の真ん中に、桜の木を植え替えた。

 

 間近で見れば見るほど美しい桜の木。

 

 これを見せびらかそうと、次の日に豪族は、屋敷の周りに住む子分や子分の家族たちを呼び寄せ、飲めや歌えの大宴会を始めたそうだ。

 そのうち、平郎太という子分が、悪酔いして桜の木に向かって小便をした。それを見た豪族は、大笑いして喜んだ。

 それからしばらくして、話の流れで平郎太が、桜の木の枝を揺すってみたそうだ。すると、花びらが一気に散った。平郎太が揺すった枝は、丸裸になってしまった。

 不思議な散り方をする桜だ、とこの時までは思われていた。

 面白がった平郎太は、花がたんまりとついている枝を選んで、また揺すった。花びらはどっさりと地面に向かって散っていき、丸裸の枝だけ残る。

 あんまり揺すると、花見なのに花がなくなっちまうよ、と豪族に制され、平郎太は揺するのをやめた。

 

 平郎太は、自分の席に戻って酒を飲もうとした。だが、平郎太の盃には、花びらがたんまりと浮いていた。

 指で花びらを退かしたものの、全部取り切るには酒ごと捨てないといけないほどだった。

 さっき、平郎太が桜の枝を揺すった時に落ちた花びらなのだから、こうなったのは平郎太自身のせいだ。

 仕方ねぇや、と平郎太は桜の花びらが浮いたままの盃をあおった。

 

 花見で、こうやって花びらの浮いた酒を飲むのも風流だ、と平郎太は笑っていた。


 その次の瞬間、平郎太は喉を掻きむしり、目を充血させ、のたうち回り出した。あまりの異様な暴れように、周りの人間は、平郎太を遠巻きに見ることしかできなかった。

 平郎太はぴたりと動きを止めると、口から血の色の泡を吹き出しながら、事切れた。


 まるで毒でも食らったみたいな死に様に、宴会どころではなくなった。その場にいた全員が息を呑み、視線をあちこちに巡らせたり、死んだ平郎太を見つめていたりしていた。

 

 ちりちり、と何かが焼けるような音が聞こえ、辺りを見回すと、花見の敷物の上に落ちた桜の花びらが、燃え上がっていた。

 花びらが燃えている、というありえない光景に、悲鳴が上がった。

 花びら一ひらが燃え上がる分には、大して大きな火ではないのだが、なにせ今、桜の花びらは山のように落ちている。

 死んだ平郎太が、枝を揺すって、溢れんばかりの量の花びらを落とした後だったから。

 落ちた桜の花びらは、あっという間に、ごうごうとした炎になった。

 

 火を消すんだ、と豪族が号令をかけ、他の子分たちや子分の家族たちが、必死で水を探して出払った。

 その間に、火の手は死んだ平郎太の周りに迫っていた。

 水を持って、子分たちが戻ってきた時には、平郎太の体は焼き尽くされ、綺麗に骨となっていた。

 そして、あんなに燃え盛っていたはずの花びらは、灰になって風に舞っていた。

 豪族は、呆然とした様子でこう言った。


 この桜の木を切れ。こいつはあやかしだ。


 なんでも、子分たちが水を運んでいる間に、平郎太を取り囲むように炎は燃え上がり、それは青い炎になったのだという。

 青い炎はうねりを描いて立ち上ると消えた。そして残ったのは、平郎太の骨と、花びらだったものの燃え滓だったのだという。


 二郎という子分は斧を持ってきて、桜の木の根本に打ちつけた。すると、真っ赤な液体が噴き出してきたのだという。

 二郎は全身を真っ赤に染めながら、桜の木を切った。その二郎の姿は、まるで人の一人でも殺してきたかのような姿だったそうだ。

 その直後、二郎は心の臓を押さえて倒れた。一日経った今でも、床に伏せっているそうだ。




 そんな話を聞いて、桜の木がおっかねぇという気持ちよりも、豪族や子分どもの行儀の悪さの方に滅入ったんだ。

 豪族はすっかり恐れをなして、切った桜の木を村に贈る、と言ってきたらしい。

 村長は豪族の言い分に呆れながら、大事な桜の木だから最後まで世話してさしあげよう、って言って、引き取ることにしたんだ。



 


         三、




 豪族の子分が、桜の木を戻すと言いにきたその日、村にはもう一人の客人がいた。


 光照こうしょう様、というお坊様。

 村長が言うには、どこぞの偉いお坊様で、本来なら大きなお寺の住職さんになれるような方だったそうだが、俺から見たら、くたびれた髭の長い爺様だった。


 光照様はずっと旅をしているそうで、一年に一回、こうやって顔を出しに来ていた。

 本来なら、光照様も一緒に花見をすることができたはずなのにもう二度できない、と村のみんなは嘆いた。

 村長が豪族の子分と話している間、光照様は、桜の木があったところに埋められた男衆の供養をしてくれていた。

 一人一人の名前を呼び、冥福を祈る姿は、やっぱり偉いお坊様なんだと思わせる威厳があった。


 村長は、運ばれてきた桜の木を見せながら、事の次第を説明した。

 それを聞いた光照様は、髭を指で梳かしながら、うぅむ、と首を傾げた。

 

 一応おはらいしておこうかの、と飄々とした様子で光照様は言って、桜の木のお祓いを始めた。

 俺には、さっきまでの供養の様子とは違う、平々凡々とした佇まいの光照様の様子がただ経を唱えているだけにしか見えなかった。

 正直、いまだにあれは本当にお祓いだったのか、怪しいとは思っている。


 お祓いを終えると、光照様はこの桜の木を木材として活用した方がいい、と村長に伝えた。

 

 その木材から仏を一尊作り、村の守り仏として伝えていくように。

 そして、残った木材は、人の目に触れるものに活用するべし。

 

 村長はそれを聞き、桜の木から仏様を作った。村長は、もともと木彫り職人だったから、独学で見事な仏様を彫ってくれた。村の守り仏として、今でも大切にしてある。見ていくかい?

 

 残った木材は、光照様が旅先に持っていき、行った先々の宮大工たちに譲り渡したそうだ。だから、きっと俺たちが行ったことのない、どこかの村や町、もしかしたら都のお寺さんや神社さんに、あの桜の木が使われているかもしれねぇなって思うと、面白いもんだな。


 あぁ、それから。あの豪族は、桜の木を切ってしばらくして、別の豪族に殺されたよ。

 今は、その豪族がこの辺りを取り仕切っている。どっちの方が良かったっていうと、どっちも良くないとしか言えねぇな。

 


 

          四、



 

 澄生ちょうせいは、鼻に入ってくる空気の湿度の変化で、時間の経過を感じる。

 

 澄生は目が見えない。

 親に捨てられて、道端で飢え死にかけていたところを、通りかかった僧侶に拾われ、青年になる頃には育て親と同じく仏門に入った。

 二十そこそこの歳の若者だが、着るものはみずぼらしく、痩せ細っており、背中に背負った琵琶が重たそうに見える。


 澄生は、桜の木があったという、今は野原になっている場所の前で、そこに現れた村人の話に聞き入っていた。

 そろそろ夕餉の時間だろう。鼻腔で感じ取った匂いには、飯の炊けるものや野菜を煮るものが混じっていた。

 これ以上、この村人を引き留めておくのも申し訳ないと思い、話を切り上げることにした。

「貴重なお話をありがとうございます」

 澄生が丁寧に頭を下げると、村人は今日収穫したものだから、と言って、芋を二つほど分けてくれた。

 なんなら家に泊まっていくか、と誘ってくれたのだが、澄生は固辞した。

 この村の人々が、見ず知らずの旅の僧に手厚いもてなしをしてくれるのは、澄生のように旅をしていた僧が、人々と良好な関係を築いていたからだ。

 

 澄生は桜の木があった場所に手を合わせる。

 村人が語っていたように、ここは、先の豪族の手によって死んだ村人が眠っている場所でもある。

 経を読み、顔を上げる。

 夕暮れ時、山へと帰るカラスたちが喧しく鳴いていた。

 陽の光が遠くなればなるほど、ひんやりとした空気が、山や、そこかしこから漂ってくる。


 澄生は手を合わせたまま、じっと佇んでいる。

 夜に向かう冷えた空気の中に、死臭や黴臭さが混じっているのに気づき、背負っていた琵琶を地面に下ろした。

 

 ゆっくり瞼を開けた澄生は、見えない目で目の前の景色を映そうとする。


 澄生の目には、満開の桜が映っている。

 大きな桜の木は、しっかりと枝を伸ばし、今がその時と言わんばかりに花を咲かせ、花びらの一つ一つに淡い光を纏わせている。

 それはそれは美しい、夢幻ゆめまぼろしのような光景。

 

 今は逢魔時。人ならざる者が、この世に這い出てくる時間。




          五、



 

 澄生は地面に置いた琵琶を、袋から出すと、その場に正座し、琵琶を構える。

 琵琶を構えた澄生を中心として、周辺が張り詰めた空気になる。


「光照は私の師であります」

 澄生の目には、あの桜が咲き誇っている。

 その桜に向かって、澄生は言った。

 刹那、桜はあっという間に姿を変え、鬼の形相で牙を剥き出しにして飛び掛からんとする老婆になった。

「おぉ、おぞましい鬼婆」

 鬼婆の姿で襲い掛からんとする妖に対し、澄生は鼻で笑った。

 澄生が右手を払うように動かすと、老婆はまた姿を変えた。

「ですが、あなたの本当のお姿はこちら」

 長い白髪の、桜色の目をした白い肌の娘。目が大きく、鼻筋は低く、唇は窄まっている。

 着ているのは天女の羽衣のような風合いのものだった。

 

「私の目は、この世のものは映しませぬが、あの世のものは映します」

 鬼婆から急に姿を変えられた娘は、自分の手を交互に見遣って困惑している。

「さて、あなたは何者でございましょう」

 澄生は、娘の戸惑った様子など気にせずに、問いかける。


 娘は髪を逆立たせ、口元をにやりと笑う形に歪めた。

われの美しさは儚く朧げ、幽玄の美と称されたものよ」

「申し訳ない。長い話は好きでないので、簡単に」

 澄生は淡々と、娘の勿体つけた言い回しにケチをつける。

「吾は桜の木の精、ここにあった桜の木の魂」

「なるほど、それはすごい」

 人々に愛され育てられた長寿の木には、魂が宿るという。そこまで樹齢を重ねられる木は、そう多くない。

 澄生が思うに、魂が宿る木は、神仏に近い存在だ。

「なぜ、そんなお方が、鬼婆になってしまったのか」

 本来の姿である娘の姿であっても、禍々しい瘴気を己自身で作り出し、纏っている。

 娘自身でも瘴気を抑えることができず、鬼婆の姿になってしまったのであろう。

 逆立った娘の髪が、澄生の体に巻きつこうとしていた。

「人間が悪い。吾の高貴な魂を侮辱したのだから」

「え? 小便を引っ掛けられた怒りで人を殺した魂が、高貴って言いました?」

 澄生の首に、白い髪が巻きついた。

 娘の瘴気が濃くなる。鬼婆の姿に戻るのも、時間の問題だろう、と澄生は冷静に判断する。

「おぬしも殺してやろうか」

 辛うじて娘の姿を保っているものの、口元は鬼婆に変化へんげしつつあった。鋭い牙と死臭のする口。

 

「長寿の木に宿る魂、それは神とも崇められるような、本来高貴であるもの。

 しかしながら、あなたは人間との距離が近すぎた」

 澄生の手はバチを握り、琵琶の弦を鳴らす。

「あなたは、この村や村の人々を愛しすぎたのですよ」

 澄生の言葉に、娘の桜色の目が見開かれた。ギリギリと締め付けていた髪の毛の力が、一気に緩む。

「村の人々を守れるのなら、己が犠牲になれば良いと思って、豪族の屋敷に運ばれるのも耐えた。だが、豪族たちの悪行は許せなかったのでしょう」

 今日会ったばかりの旅の僧に、己の胸の内を言い当てられた娘は、顔を引き攣らせて、地面にすとんと座り込む。

 

「私は嫌いじゃないですよ、あなたみたいな生き方」

 澄生は、瘴気を引っ込めて項垂れる娘に向かって、にこやかに微笑みかける。

 澄生の言葉に顔を上げた娘は、ポロポロと涙を流していた。

「吾はどうすれば良い」

 救いを求める目で、澄生を見つめている。

 ゆっくり立ち上がった澄生は、娘の目の前に琵琶を掲げて見せた。

 

「この琵琶はあなたものです」

 澄生の持つ琵琶は、ここに植えられていた桜の木から切り出して作ったものだったのだ。

「こんなに美しい琵琶はない、とその道の目利きが言うておりました。

 ですので、旅の道中、食うに困りそうな時は、何度売り払おうと思ったことか」

「は⁈」

 さらっと言葉に含まれた衝撃の真実に、娘は声を裏返らせる。

 

「この琵琶に、あなたの魂を預けてくれませんか」

 澄生は娘に、琵琶を差し出す。娘はおずおずと手を伸ばし、大事そうに琵琶を抱く。

 

「この琵琶の、こんな魂の抜けた音は聴くに耐えないのです」

 娘は琵琶を抱きながら、嗚咽を漏らす。

 魂だけになった桜と、抜け殻になった桜。やっとここで巡り会えたのだ。

 

「あなたの魂だけが、この琵琶に命を吹き込むことができます。あなたの魂は、この村で愛されていた記憶と共に、不滅です」

 形あるものは、やがてなくなる。

 そのままの形ではなくなっても、思いを継いでいくことはできるはずだと。

 

 涙でぐしゃぐしゃになった娘の顔は、まるで幼子のようだ。泣いている間に、あの禍々しい瘴気は消え去っている。これが、この娘の、この精霊の本来の姿なのだ。

 

「この広い世の中には、あなたみたいに、人間との距離を間違えたお仲間が、いっぱいいるのです。あなたも、彼らを救いに行きませんか」

 澄生は娘に手を差し出す。

 娘はすぐにその手を握り返した。その瞬間、娘は琵琶に吸い込まれていく。

 




         六、

 


 桜の木の精を元の姿に戻した時には、明け方になっていた。

 朝陽の眩しさを澄生は知ることはできないが、陽の光が届いて、温められた地面が放つ草の香りを嗅ぎ取ることができる。


 澄生は小さく溜め息を吐くと、琵琶を背負う袋にしまおうとする。

「弾いてみりゃれ」

 琵琶から声がした。

「え」

 澄生は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「いやぁ、うん、今日は弾ける気分じゃないからなぁ。今度にしましょう」

 琵琶からの声を聞かなかったことにして、袋にしまおうとした澄生を、

「おい」

 琵琶の苛立った声が止めようとする。

「おい」

 なおも無視を続ける澄生に、琵琶から白い手が生えて、胸倉を掴んだ。

「おい、小憎」「人のことを呼ぶ時に、おい、と呼ぶのは失礼ですよ」

 澄生は苦笑いでこの場を切り抜けようとしたが、琵琶から伸びた手はぐいっと襟を引っ張ってくる。

「おぬし、本当は琵琶を弾けぬな?」

「いやだなぁ弾けますよ、まだ本気を出してないだけで」

 必死に顔を横に振って否定するが、どう見ても琵琶が言っていることの方が信憑性がある。

「この琵琶には魂が宿ってないとかなんとか言って、単に弾けないんだからまともな音が出るわけないじゃろ‼︎」

「弾けますって、弾けるんですって。バチをはじいたら、ビョョョーンって音がしますから」

「騙したな、この小憎!」


 朝陽の中、野原にひとりでに倒れる澄生の姿を見た村人は、澄生が死んだと思って大騒ぎしたそうな。

 琵琶に乗り移った桜の木の精の姿は、人には見えないのだ。


 

 桜の木の精の依代よりしろとなった琵琶を持ち、行く先々で人間との距離を誤った精霊や妖と出会う澄生の話は、また今度いたしましょう。

 今日はここまで。


 

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