第16話 運命共同体。


「ねぇ、こんな場所で会うなんて、運命だと思わない?」


「…………いえ、まったく」


声をかけようとした矢先、


アルブス王国王太子ペルスは、

どこで覚えてきたのかと思うくらい甘い台詞をモアナに浴びせた。



噴水を背景に

彼は朝日を浴びて輝いていた。



光の加減で七色に見える銀髪。

空色と赤紫のオッドアイ。


おそらく

恋愛小説に出てくる王子様その人と思わせるくらいの整った甘い容姿。


その垂れ目と形のいい唇で

多くの女性を虜にさせているに違いない。



まぁ、

モアナの偏見でしかないのだが。


「お久しぶりです。アルブス王国王太子殿下。ウィリディス王国第二王女モアナでございます」


一応、王族らしい礼を綺麗に取る。


誰が見ているか分かったものではない。


きちんとした礼をしなければ、

アンヌとかジャンヌとかアンヌからお小言をもらうに違いないからだ。


それは面倒臭い。


「前に名前で呼んでって言ったでしょ?」


「申し訳ございません。婚約者でもない私が及びするのは失礼にあたりますので」


前にそんなこと言われた記憶はございませんが……?

いや、言われたけど適当に流したか?


さして

他国の王族には関心がないモアナは

適当な会話しかしないから親しくなることもない。


だから、

おそらくだがそんな親しげな会話はペルスのねつ造に違いない。


「お父上から婚約の話は聞いていないの?」


「そのことについて、今ご相談させていただいても?」


モアナはちらりと辺りを見る。


まだ夜会にはしばらく時間がある。


庭にはところどころにランプが置かれ、

幻想的な庭園に彩りを与えている。


「じゃあ、ちょっと向こうに移動しようか」


ペルスは

それを深いに思うことなく、さっと東棟の向こう側にある木の陰を指さす。


一応警備の兵士たちもいるにはいるが、

それはどうとでもなるだろう。


モアナは彼に頷いてみせると、

さっと場所を映して歩き出した。




「あの指輪はどういう意味でお送りで? あのようなものが他の方の目に留まれば、あなた様の命さえも危のうございますよ?」


というか、

あんたの頭には見た目通りの砂糖でも詰まってんの?!



「手紙に書いたでしょ?」


簡潔過ぎて、分かりかねます!!



「私の秘密とは何のことでしょう?」


「何のことだと思う?」


そ、れ、を、

あたしが今あんたに聞いてんでしょうが!!


モアナの心の声が

口まで本当に出かかりそうで怖い。



「質問に対する答えになってません」


「それは君も同じでしょう?」



モアナはキツネにでもつままれた気分になる。

何だか、手応えが感じられない。


会話がまったく成立しないのだから、仕方がない。


(う~ん。何か、もっと王子然としたあっさりタイプだった気がするんだけど)


モアナは

たまに王族の義務で参加する夜会にいたときのペルスを思い出す。


印象に残らないくらい、

本当に見た目そのままの当たり障りのないような受け答え。


見た目そのままの

洗練された身のこなしと態度。



それだけの印象しかなかったはずなのに、

目の前にいる『今』の彼は何を考えているか分からない不思議君だ。



特に言葉遊びを得意としないモアナには苦痛でしかない。



「じゃあ、質問を変えます。私はあなたと結婚するつもりはありません。だから、婚約するつもりもないのです。ですから、あの指輪のことはお互い忘れませんか?」


もし、彼が指輪をまかり万が一拾っていたとしても(そんなことあり得ないが)、

婚約や結婚する気のないモアナに取っては不要の産物だ。


まぁ、きっとアルブス王国の大精霊によって何かしらの重罪に課されるのかもしれないが、その前に逃げてしまえばいい。


そのくらいの覚悟はしている。

むしろ、それがチャンス・・・・かもしれないのだから。


「ううん。忘れないよ。まぁ、あの指輪自体は覚えていても支障はないことなんだけど」


「つまりは?」


誰かに言うか、私を脅す気なの?


そのついて出る言葉より先に、

彼はモアナににっこりと笑いかけた。


その笑いが

成功に作られた人形のようでモアナは怖いと無意識に感じた。


「あ、誰かに言うつもりはないよ。勿論、君に贈った指輪の説明もちゃんとできる」


「お聞きしても……?」


あんまり言い応えが出そうにないが、

とりあえず聞くだけ聞いてみる。


「僕たちはゆくゆくは結婚する予定でしょ? だ、か、ら、結婚指輪の試作品としてああいう・・・・元のデザインに似たものを作ってみたんだよね」


「お戯れが過ぎます」


婚約どころか既に結婚まで視野に入れているとは。

怖すぎないだろうか、この王子。


何を考えているか分からないが、

お腹の中は真っ黒であるに違いない。

いや、白くあってたまるか!


「僕は真剣だよ。そして、君を本当に幸せにしようと思ってるんだ。だからこそ、君の秘密も共有したい」


ペルスはモアナの手をそっと引き寄せる。


「そう。僕たちは運命共同体だから」


(ダサッ)


辛口の評価を飲み込んだがために言葉を失うモアナに、

ペルスは満足そうに微笑んだ。

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