自分のままで生きようと思っただけなのに、気づけば王太子妃になっていた。

Chii。

プロローグ

「義務や責任が何だーー!! 」


モアナはそう叫ぶと、

手の中にあったそれ・・をぎゅっと握りしめる。


ここは砂漠のど真ん中。

しかも、新月の夜。


普通の者であれば、

決して歩き回ろうとは思わない場所。


しかし、

今のモアナには非常に好都合な場所。


「女だから結婚しろ? 子どもを産み育てるだけのこと? 人のことバカにしてんの?」


先ほど、

自分の父親から言われた台詞が否が応でも脳内を駆け巡る。


「このあたしにそんなご大層なこと、できるわけないでしょ? バカなの?!」


出産がどれだけの危険を伴うことなのか。

子育てがどれほど骨のいることなのか。


少なくとも、

子どもの成長をモアナより間近で見てきたであろう親が言う台詞ではない。


「いや、あのバカ父のことだから、絶対に子育てに関心なんか持つわけがないわ。だって、アブダルを見て何にも思わないんだもの」


モアナや姉には口うるさく言うくせに、

異母弟のアブダルには何の文句も言わない。


齢5歳にしてあれ・・では、将来が心配でしかない。


「何? そんなにお義母様が怖いわけ? ただのプライドが高いだけのオバサンじゃない? 政治のことなんて一切分からず、自分を着飾ることと息子のこと以外はどうでもいい、タダの金遣いの荒いお荷物でしかないのに!!」


お荷物、

という言葉がモアナの胸にも突き刺さる。


自分が父たちから

どういう目で観られているかはとっくに分かっていた。


「それなのに、1番国に貢献したお姉様を隣国に売っただけでは飽きたらず、あたしまであの性悪国に売ろうっての? ホント、どこまでも救いようない、あのハゲ親父!!」


『お前のようなじゃじゃ馬でも貰い手があっただけでも、喜ぶがいい』


光のこもらない目をした父が、

いつもの平坦な口調で言った言葉が今日1番腹が立って仕方がない。


「あたしは貰い手がないんじゃないのよ!」


モアナは

暗闇のある一点に狙いを定める。


特別・・夜目のきく彼女だからこそ、

暗闇でもサボテンや低木などの植物がよく見える。


そこに向かって、

彼女は手の中のものを思い切り放り投げた。


「貰われる気なんかないから、嫁がないだけなんだっつーの! 分かったか、このクソ親父ーー!!」


キラーンと一筋の光が暗闇に放たれて、

そして、それ・・は消えさった。


肩で息をしながら暗闇を睨みつけていたモアナは、

ふんっと鼻息を荒く吐くと、くるりと向き直ってもと来た道を歩き始めた。


そのとき、

ガサッと音がしたのを彼女が気づくことはなかった。

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