間章 1 新しい世界

第29話 史上最強少女の日常

 どのスポーツでもたいがい、女子の方が男子よりも、早熟なものである。

 ゴルフという経験が重要な競技でも、それは同じことが言えた。

 なにしろゴルフというのは、ただ経験を積めばいいわけではない。

 負の経験を積んでしまって、それと戦う必要に迫られる選手もいるのだ。


 そういう点では百合花の精神性は、攻撃的過ぎるところがある。

 もちろん競技の世界では、攻撃しなければ勝てないところはあるのだ。

「学校なんて推薦でどこでも行けるのに……」

「学校の部活に縛られるのなんて嫌でしょ」

 父親に似たのか勉強嫌いの百合花であるが、それを許さないのが母の桜である。


 千葉県はそれなりにゴルフの強豪校が存在する。

 寮まである学校もあるし、百合花の実績であれば全国どこの強豪であっても、喜んで特待生として迎え入れるであろう。

 しかしそれに反対しているのが、母の桜である。

 地味に伯父である直史も、反対の立場を取っている。

「ゴルフで成功するには、ゴルフ以外の経験も必要だと思うぞ」

 実際のところ、好きにやらせてもどうにかなると、既に試験はしてみたのだが。


 今年の夏、ゴルフセット一式にパスポート、そして100ドル札を10枚持たせて、アメリカ大陸を横断させてみた。

 立派な児童虐待であり、完全に犯罪であったりもする。

 未成年の少女がそんなことで、日本に戻ってこれるはずもない。

 しかし百合花は途中のゴルフ場で賭けゴルフを行い、飛行機代まで稼いで戻ってきたのだ。

 実は衛星やドローンによって、しっかりと動向は把握していたのだが。


 毎日ゴルフによって金を稼がせて、暴力でしか身を守れないところもある北アメリカを横断。

 まあ桜なども同じ年代では、似たようなことは出来たであろうが。

 それでも銃のある社会では、危険すぎる旅行である。

 毎日金の半分を賭けて、倍にして半分を食費とする。

 安いホテルに泊まっては、その設備に文句を言っていたものだ。


 ゴルフと言うよりはもう、サバイバルに近い。

 このあたり百合花は、他の姉妹に比べても、長兄の昇馬に似ている。

 ゴルフで食べていける、という百合花の自覚。

 そう、それは自信でもなく、確信であるのだ。

「まあ公立の試験が終わったら、沖縄の試合に参加すればいいでしょ」

「さすがに練習してないから、あいつに勝てるわけないじゃん」

 他の試合ならばともかく、沖縄のレギュラーツアーには、万全でないと勝てないと思っている百合花である。

 何しろ彼女が、国内で初めての敗北を知った土地だ。


 私立を滑り止めで受けて、そして県立を受ける。

 体育科で受けるため、そこまで難しくはない。

 だが百合花は頭が悪いわけではないが、父親に似た感覚派なのだ。

「オーガスタまで時間もないのに」

「別に来年でもいいんじゃない?」

「オーガスタと全英女子アマ取ったら、アマチュアタイトル全部制覇でしょ」

 厳密には細かいタイトルはいくつかあるのだが。


 高校生の間に、全てのタイトルを取る。

 本人としては義務教育期間に全てを取っておきたかったのだが、さすがに幾つか負けてしまった。

 ただプロの試合で負けたのは、自分にまだ足りないものを気づかせてくれたので、良かったとも思っている。

 オーガスタと全英女子アマ、これに勝てば次のステージに進める。


 全英女子オープンと、全米女子オープン。

 この二つの前に、日本女子オープンにも勝っておきたい。

 去年も出場の権利はあったのだが、病気には勝てずに出場出来なかった。

 ただ日程的には日本女子オープンの方が後になるのだ。

 高校生の間に海外メジャーを勝つ。

 この実績があれば、大学にも推薦で行けるというものである。




 百合花の目的はまだその先にある。

 父や伯父たちがやっていたような、まだ誰もしたことがないことを、自分でもやってみたい。

 このあたりの好戦的なところが、百合花の長所だ。

 単純に攻撃的なだけではなく、冷徹さも持っている。

 そして他の女子プロのような、分かりやすい目標を持っているわけではない。

 賞金女王などは求めていないのである。


 日本女子アマは最年少優勝の更新は出来なかった。

 だがプロのツアーの最年少優勝は更新した。

 他の海外メジャーなどは、まだあまり歴史も古くないので、無理に最年少記録を狙いに行く必要はない。

 ただ全英女子オープンと、全米女子オープンは、さすがに狙ってみたいが。


 ゴルフは運が左右するスポーツである。

 不運で負けたこともあれば、他者の不運で勝ったこともある。

 だが相手のミスを導くのは、自分自身の揺るがない意思だ。

 そんな意思をもってすれば、いつかは必ず届く。

 そのために必要なものは、もう全て持っていると思うのだ。


 自分が持てないものも、必ずある。

 しかしそれがなければ、おそらく目標には届かない。

 ゴルフで勝つには技術と運、他にも何かがあるのだ。

 百合花にはそれがなく、だからこそ代替として誰かを使う。

 もっとも百合花の話を聞けば、桜など少し時間をかければ、どうにかなるとも思うのだが。


 百合花は生き急いでいる。

 あるいは自分の全盛期を、全てその目的に注ぎたいのか。

 百合花をもってしても、そこまで全てを賭けなければ、到達する目標ではないというのか。

 周囲には不可能を可能にしてしまう人間が多いだけに、なかなか分からない桜だ。




 今年のJLPGAツアーは全てが終わった。

 最終戦には出場資格があった百合花だが、今年は受験に専念して棄権した。

 そのためランキングの順番で、出場出来た選手もいる。

 来年はまずオーガスタ女子アマに出場し、そして次が全英女子アマ。

 それぞれの気候に合わせるため、入学式には出られそうもないし、帰国しても一ヶ月ほどすれば、またイギリスに向かうことになる。


 世界のアマチュア大会は、それなりに前哨戦が存在する。

 あるいは前提がないと、出場資格がもらえない。

 百合花の場合は全米女子アマやアジア・パシフィック女子アマ(※1)に優勝しているため、ほとんどのアマの大会には出られる。

 ただアマチュアの大会でも歴史の浅いものは、ハンデキャップ(※2)が条件を満たしていれば、誰でも出場出来たりする。


 12月にはナショナルメンバーが選出され、百合花も選ばれている。

 実績からして当然であり、去年に引き続いての選出だ。

 ただ同月に行われる合同合宿などには、受験に専念するために不参加。

 なので今年からナショナルチームに選ばれたメンバーにとっては、実績と名前が知られはしても、どういった人物像なのかが分からない。

 もっともプロの試合で優勝しているので、その実力は間違いないのだ。


 今の女子ジュニアは、ちょっと困っていたりする。

 百合花がジュニアの枠を飛び越えて、中学生の段階で既に、高校生や大学生が主に参加する日本アマのタイトルを取っている。

 こんなとんでもない選手がいると、自分は勝てないのではないか。

 そう思って萎縮してしまうのが、二歳ほど年上までの女子選手に多いのだ。

 また同じ年代で唯一、百合花に勝っている選手も、大きな大会などには興味がない。

 彼女は地元の男女の区別もないコンペで、普通ならレディスティ(※2)から打つはずのところを、男子と同じ基準で勝利。

 沖縄で行われたプロツアーで地元企業などが推薦して、招待枠での参戦。

 まさかと思われた、アマによるワンツーフィニッシュを達成した。


 世界的にも既に、ジュニアの枠を超えて強い百合花。

 それとは逆に沖縄でだけ、圧倒的に強い少女。

 ただ彼女は沖縄で強いが、他の地方ではプレイしたことがない。

 どのみちナショナルチーム入りの打診などをしても、いい返事は聞けないのであるが。

 プロのツアーで勝利して、そのままプロ宣言した小鳥が、素直ないい子に思えてくる。

 もちろん小鳥は普通に、金銭的な欲望に従ったのだ。

 ツアーの賞金はどれであっても、優勝すれば1000万にはなる。

 これをいらないと言えるのは、本当に無欲な人間であろう。


 百合花の場合は単純に、実家がものすごく太い。

 父親の稼いだMLBでの金は、スポンサー収入も含めると3000億円にもなると言われている。

 実際のところはそれは、二人の妻が運用して、増やした分が多いのだが。

 またそれを義兄の事業に投資して、さらに金を増やしていった。

 ただ大介に限らず、直史などもボランティアへの寄付などはしていない。

 税金対策に有効だと知っているし、あちらではそういう文化なのだとも知っているが、それはそれ、これはこれである。




 女子アマチュア史上最強と言われる百合花だが、実はアメリカでは面白いこともしている。

 LGBT活動に関して、スポーツ分野でとどめをさしてしまったのだ。

 それは女子でありながら、男子のオープン試合に出場したものである。

 若年層はまだ、男女の性別による能力差は少ない。

 それでも中学生にもなれば、女子が男子に勝つのは難しい。


 数年前から過激になっていた、女子スポーツからトランスジェンダー選手を排斥するという、常識的に考えれば当たり前の動き。

 百合花は実績によって招待出場を果たし、一応は男子の試合の区分けになっていた試合を、完全に女子にもオープンになるよう優勝したのだ。

 もちろん使ったティーイングエリアは、男子と同じものである。

 女子競技は女子のものであり、それ以外は男子でもない完全なオープン試合に出ればいい。

 そして勝つことが可能だと、証明してしまったわけである。


 日本の場合は百合花がどうこうする以前に、権藤明日美が大学野球で、男子選手相手に無双に近いピッチングをしていた。

 同時代に直史と樋口のバッテリーがいなければ、あの一番弱くて当たり前の東大にやっと、リーグ戦優勝の栄冠が輝いていたかもしれない。

 その前に甲子園でも、女子の項目は外されていた。

 もっとも今では女子野球でも、全国大会のかなりの部分を、甲子園で行えるようになっている。


 ゴルフという競技で、中学生のレベルなら、ゴルフ大国アメリカであっても、女子が男子に勝てる。

 明日美がやったことよりも、世界的には意義があった。

 高校生ぐらいになると、さすがにパワーが圧倒的に違うようになるだろうが、それを言うなら百合花は現時点で、中学生ながら日本の全年齢でトップクラスにいる。

 ゴルフというスポーツは案外、アマチュアでも圧倒的に強いプレイヤーがいるのだ。

 さすがに現代ではもういないが、球聖と言われたボビー・ジョーンズ(※4)は生涯アマチュアであった。

 日本でもプロより強いアマチュア、中部銀次郎などがいた。

 こちらも実家が太かったというのはあるが、プロの混じったトーナメントでも優勝している。


 その後も高校生ぐらいで、プロのツアーに参加して、優勝というのは何人か出ているのだ。

 小鳥などは初めて出たプロの試合で、そのまま勝利しているのだから、日本では二戦目で勝った百合花より、ある意味では凄いことをしている。

 それに小鳥のドライバーショットは、平常時でもおおよそ300ヤードを超えてくる。

 これは現代でも、それなりに飛ぶ男子プロと、比較できるぐらいのものである。




 百合花の考える男女のゴルフの差というのは、飛距離ではない。

 もちろん男女のゴルフでは、プロならば18ホールで1000ヤードほども飛距離の差があるが。

 それよりもリカバリーショットが重要だと考えている。

 深いラフやバンカーからのショットにはパワーがいる。

 さらに三日間競技は特殊な例外のみなため、基礎体力が必要となる。

 その部分で女子は、男子に大きく劣っている。


 百合花が男子のトップアマに勝てるぐらいになればどうか。

 それこそ女子の中では、間違いなく最強と言えるだろう。

 個人的にはあと少し、身長がほしかった。

 ゴルフは身長があれば、クラブで球を叩くとき、より上から叩くことが出来る。

 そうするとラフからの脱出が、容易になっていくからだ。


 単純なパワーであれば、百合花は腕が長いので遠心力が使える。

 また瞬発力も上手く使えるし、体の連動を上手く使える。

 それでも男子のトップのような、350ヤードショットなどは打てないが。

 元々男子のゴルフにしても、350ヤードショットが場面は多くない。

 かなり飛ぶプロでも、ドライバーの平均は320ヤード前後が多いのだ。

 小鳥の規格外っぷりがよく分かる。


 百合花の目的のためには、自分一人では無理であった。

 最強の存在がその強さを示すためには、分かりやすいライバルが必要なのだ。

 国内では百合花のお眼鏡にかなった、二人目の選手。

 もっとも百合花の目から見ても、まだまだ伸び代を感じさせる。

(さっさと受験が終われば)

 それでも鈍った体を、鍛えなおす必要がある。

 プロの試合にまた出場するのは、そこそこ先のことになるであろう。




×××



解説


1 アジア・パシフィック女子アマ

アジア全域にオーストラリアの選手も参加する、極めてレベルの高いアマチュアの大会である。

なお普通にアメリカやヨーロッパの選手もやってくる。

最近はタイの選手が強くなっていて、知らない人はちょっと驚くかもしれない。


2 ハンデキャップ

前にも少し説明したが、ゴルフはハンデキャップで力量差がある選手との間でも試合が成立する。

正式なハンデキャップは、簡単に言うとゴルフ場の会員になって、そこでのスコアを提出する必要がある。

このハンデキャップが指定以内であったら、どの国のどんな選手でも、出場が可能なオープン大会というものが世界にはある。

特にゴルフの人気が成長中の国などは、これを基準に出場資格としていたりする。


3 レディスティ

ハンデキャップとは別に、女性選手はレディスティから打つことがある。

プロの世界ではそんなことはないが、コンペなどでも普通にレディスティが使われることも少なくない。

30ヤード以上も距離が短くなるが、混合でやる場合はラフなどの条件が変わらないため女子には充分に不利である。


4 ボビー・ジョーンズ

以前にも記したが、史上最強アマチュアにして、当時のプロアマ含む世界最強プレイヤー。年間グランドスラムを果たしたと言うか、彼が四大大会を制したことで、グランドスラムという言葉が生まれた。

当時の四大大会は全英アマ、全英オープン、全米プロ、全米オープンの四大会であり、つまりアマチュアでなければ出られない試合が二つあったわけである。

オーガスタを生み出したことでも有名なゴルファーで、28歳で競技ゴルフを引退している常識はずれの存在。

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