第8話 問題児

 何故人類フリーディアは異種族と戦争しているのか? 二千年という永きに渡る争いを経ても、明確に答えを出せる者は存在しない。恐らくきっかけは何だったのかさえ、忘れてしまっているのだろう。


 ユーリ・クロイスはこの世界について何も知らない。せいぜい学校で習った常識を当て嵌めて、答えを確認する程度のことしかできない。


 異種族に対して判明している部分は少ない。所謂、別の世界から来訪した侵略者――というのがフリーディアの異種族に対する共通見解。けれど、異世界を見たものはおらず、きっと〜だから〜なのだろうという仮説にすぎない。


 分かっているのは、異種族がフリーディアの敵ということだけ。人間フリーディアとは違い、彼らは魔法を発動するのに魔術武装マギアウェポンの媒介を必要としない。


 それこそが、人類フリーディアと異種族の最大の相違点に他ならない。魔力という共通の力を持ちながらも、フリーディアにだけ魔法の恩恵が与えられないのは何故なのか? また、どうやって人工的に魔法を発動する術を見出したのか?


 考え出したら止まらず、疑問の種は尽きないが、今はやらなければならないことがある。これを為さねば明日も我が身という状況であるにも関わらず、何故思考に耽っているのかというと――


「――ユーリ・クロイス!! 何をちんたら走っておるか!! 貴様だけ飯抜きにされたいのか!!」


「ぜぇ、ゼェ……はいぃ! すみませんんんッーーー!!」


 ユーリ・クロイスは現在、トリオン基地副司令を務めるダルトリー・アイマン中佐の特別指導を受け、基地の外周を走らされていた。


 勿論ユーリだけでなく、同じ部隊に配属されたオリヴァー・カイエス、アリカ・リーズシュタット、ダニエル・ゴーンも含めて副司令殿にご指導いただいている。


 全員身体に過負荷をかけるための機械仕掛けのリュックを背負い、アリカは息一つ乱さず涼しげな顔で、オリヴァーは彼女だけには負けないと必死な形相で食らいつき、ダニエルは要領よく体力を温存しつつ、かつダルトリー・アイマン副司令に見咎められない範囲で手を抜いて走っている。


「ヤバい……死ぬ!」


 一方ユーリはというと、昨日の模擬戦での疲れが抜けきっておらず、アリカたちとは周回遅れという情けない惨状。現実逃避の意味も込めて禅問答に浸っていたのだが、ダルトリーは見逃してくれなかったようだ。


 他の新兵たちはとっくに実戦を想定した訓練に励んでいるというのに、何故ユーリたちだけ無意味に走らされているのか?


 理由は単純で、彼らが寝坊して遅刻したからに他ならない。


「入隊初日の訓練で遅刻して来るなんて、貴様らが初めてだ! しかもその理由が寝坊だと!? 前代未聞すぎる……呆れて言葉も出ん!」


「おっしゃる通りです! 本当、すみません!!」


 巌のような屈強な体躯と左眼に装着している眼帯の厳つさも相まって、ダルトリー・アイマン中佐の一括は肝が冷える。見ただけで分かる数多の戦場を乗り越えてきた戦士の風格を前に、ユーリは情けない声を上げて謝罪するしかない。


「くっそぉ、何でこんなことに……」


 昨日の模擬戦で就寝するのが遅かったとはいえ、誰か一人くらい起きててもよかったのではないか? アラームに気付かず、全員眠り転けていたなど恥以外の何物でもない。


 他のトリオン基地兵士たちも嘲笑うようにユーリたちを見ている。彼らは皆、アリカとオリヴァーの高圧的な態度に不満を懐いている者たちだ。


「いやぁ、全く。お前さんらに会ってから、災難ばかりだぜ」


 一周遅れのユーリに追いついたダニエルが隣に立ち、やれやれといった様子で声をかけてくる。


「俺だって被害者だっての! 現在進行形で母さんの顔に泥塗りまくってるし、最悪だ!」


 ユーリが、フリーディア統合連盟軍治安維持部隊総司令――セリナ・クロイス准将の息子だという事実はとうに知れ渡っている。


 一体どんな奴なんだ? という期待の目が失望の色へ変化するのに、そう時間はかからなかった。昨日の夕食の際、オリヴァーが名家の名を傘に偉そうにしていたことも相まって嘲笑の視線はユーリにも集中している。


「ま、アイツらの評価なんて気にしてたらキリがねぇ。実戦じゃどうなるか分かんねぇし、案外お前さんみたいなのが長く生き残ったりするもんだぜ?」


「ぜぇ、ぜぇ……ゴホッ。ぐ、そうなのか? 俺からすればアリカの方がよっぽど生き残る確率が高いと思うが……」


「俺からすれば、あのじゃじゃ馬嬢ちゃんは誰かが手綱引かなきゃ止まらねぇだろうから危なっかしく見えるけどな。そういう意味ではお前さんの存在はいいストッパーになるんじゃないか?」


「そうか?」


 現時点で、息も絶え絶えの情けない姿を晒しているユーリの言うことをアリカが大人しく聞くとは思えないが……。


「お前さんがいなきゃ、隊は間違いなく崩壊していた。お前さんの頭ごなしに否定せず、きちんと相手のことを知ろうとする姿勢をアリカの奴も評価してるんじゃねぇか?

 それに俺のことも見た目で判断せず、公平に接してくれるしよ。そういう奴は中々見つからないもんさ」


「俺のことそんなに高く評価してくれてるのはありがたいけど、お前を最初に見たとき殺し屋かと思ってビビってたぞ……」


「ははは! 確かにこの見た目じゃ、そう思われても仕方ねぇか!」


 黒人でスキンヘッドで刺青なんて、そうとしか見えないと思う。話してみたら気さくな態度だったから、ユーリも変に緊張しなくて済んだだけだ。


「つーわけで、ほら。お前さんの出番だ。アリカの奴、ついに堪忍袋の緒が切れたみたいだぞ?」


「え!?」


 二週遅れでようやくアリカに追いついたのだが、競っていた筈のオリヴァーの姿は見えず、それどころかダルトリー・アイマン中佐と言い合いになっているという惨状を目にしたユーリは。


「――って、うぉぉおぉぉい!! 何やってんだアリカ!?」


 慌ててアリカとダルトリーのもとへと駆け寄り、仲裁しようと試みる。


「ははっ、面白れぇ奴」


 笑ってないでダニエルも止めるのを手伝ってくれ! というユーリの想いは叶わず、上官に歯向かったアリカ諸共連帯責任として飯抜き&トリオン基地外周百週追加という地獄の罰を味合わされる嵌めとなった。


 ◇


 結局ユーリたちが解放されたのは、夜の十一時を回った頃だった。気合いと根性で基地外周を走り切った後は、ダルトリー・アイマン中佐直々に軍人とは何たるか? という有り難い教訓せっきょうを受け、身も心も疲弊したユーリ一同。


 明日も訓練あるのかよ、と辟易しながらユーリ、オリヴァー、アリカ、ダニエルの四人は宿舎でテーブルを囲い、遅めの夕食にありついていた。


「カップヌードルって、初めて食べたけどめちゃくちゃ美味いな! もっと早く食べておけば良かった!

 ダニエル様様だよ、本当に!」


 本日は飯抜きにされ、飢餓寸前の状態まで追いやられたため、進む箸が止まらない。非常食として持ってきたカップヌードルを分けてくれたダニエルの優しさが身に染みる。


「カップヌードル初めてとか、普段どんなの食ってやがんだお坊ちゃまは……。

 あと、お前ら食い過ぎだ! 感謝するのはいいが三個も食っていいとは言ってねぇぞ」


 オリヴァーとアリカも余程腹が減っていたらしく、大人しく黙々とカップヌードルを食べ続けている。テーブルの上に積み上がっていく空の容器を見て、ダニエルがツッコミを入れる。


「まぁまぁ、今度倍にして返すから許してくれ。な、オリヴァー」


「ふん、そうだな。受けた恩は倍にして返すのが、ノブレスオブリージュというもの。

 感謝しろよ、ダニエル・ゴーン。今度貴様に貴族流のもてなしというものを教えてやる」


「カップヌードル食いながら言う台詞じゃないけどな……」


 ズルズルと麺を啜り、ノブレスオブリージュについて語るオリヴァーはどこか滑稽だ。


「そもそも、そこの女が副司令に逆らわなければ、こうはならなかったんだ。

 おい貴様、僕との勝負を放り出したことについて申し開きはないのか?」


 容器をテーブルに置き、ナプキンで丁寧に口を拭ったオリヴァーは、原因たるアリカへ追求する。


「別に……。私は自分より弱い奴に上から目線で指図されるのが嫌いなの。あの時はお腹空いてイライラしてたし、ついカッとなって言い返しちゃったのよ」


「「「…………」」」


 副司令に対して弱いと言えるアリカの豪胆さに驚きつつも、理由があまりにも子供すぎて三人とも言葉すら出ずに呆れる他なかった。


「ちなみにアリカは、誰の命令なら聞いてもいいって思えるんだ?」


 先行きが不安になりつつも、ふと気になったので聞いてみることにする。アリカは一目で強者弱者を判断できるようなので参考にまで聞いてみたのだが。


「そうね。強いて言うなら、あの時会議室にいたアーキマン司令かフォーウッド少佐くらいかしら。

 私の見立てじゃ、あの二人がトリオン基地内ではトップクラスの実力を持ってる」


 ダリル・アーキマン大佐とクレナ・フォーウッド少佐。ダリルはともかくクレナの方は会議室で見た感じ、まだ二十代そこそこといった年齢のはずだ。


 ユーリから見たクレナは、キャリアウーマンにしか見えない綺麗でクールな大人の女性という印象が強かったが、アリカがそこまで言うとなると、その実力は折り紙つきなのだろう。


「って、それだけかよ!?」


 命令に従ってもいいと思えるのは二人だけとか、トリオン基地に何人兵士が在中していると思っているんだ、彼女は。要するに殆ど従わないと言っているようなものじゃないか。


「アリカ……それにオリヴァーも。頼むから、これ以上揉め事を起こさないでくれよ」


「…………」「って僕も!?」


 アリカも今回の件で反省してくれたのか、反論することなく渋々納得した様子で黙り、オリヴァーは何故!? といわんばかりに驚いていた。



 あれから幾ばくかの日にちが経ち、ようやくユーリたちは他の兵士たちと合流し、共同訓練の参加を許可された。戦場が密林地帯ということもあり、異種族の襲撃を想定した模擬戦を行ったのだが、ここでも問題が発生した。


 アリカとオリヴァー。二人の態度の悪さは、基地内でも噂になっており、ベテランの先輩兵士たちの不興を買ってしまったのだ。特にアリカは自分よりも実力が劣ると見なした相手には容赦なく、その場で斬り捨てるような言動を取るため、周囲からの反感は日に日に高まっていった。オリヴァーもまた、自分の家柄を鼻にかけた態度で同僚たちとの間に溝を深めていく。


 おかげで模擬戦というよりは、ただの取っ組み合いの大喧嘩になってしまい、ユーリとダニエルは巻き込まれないよう後方で離れて見ているだけ。


 特にアリカの実力は群を抜いており、刀一本で銃火器相手に大盤振る舞い。止める気も失せたのか、ダルトリー・アイマン副司令も呆れ返っており、結果はアリカとオリヴァーの圧勝。


 オリヴァーは疲労の色を濃くしていたが、アリカは涼しげな表情でつまらなさそうに鼻を鳴らし、無二の実力を知らしめる結果となった。



 その翌日、ユーリたちにダリル・アーキマン司令より直々に司令室へ来るよう指示が下った。何故司令室に呼ばれたのか? その原因に思い当たる節がありすぎて、ユーリは除隊を覚悟した。


 オリヴァーもやらかしたと反省したのか顔が青ざめ、ダニエルも「短い付き合いだったな」と、何のフォローにもならない言葉をかける。


 唯一アリカだけは、呑気に「クビになったら傭兵にでも転職しようかしら」などと言う始末。ユーリも実家に戻り、母にきちんと謝るべきか。そしてきちんと高校を卒業して親孝行するべきか真剣に悩み、各々胸の内に一抹の不安を抱えながら、ダリル・アーキマン大佐のいる司令室へ訪れた。


 深呼吸し「失礼します!」と大きな声を上げて扉をノックする。中から『入りたまえ』とダリルの返事が聞こえ、扉を開き中へ入室した。


「――君たち、よく来てくれたな。昨日の件を含めて、君たちのことは色々報告を受けている」


 開口一番、執務机の向こうに座るダリルの言葉にユーリは身を硬くする。意外にも穏やかな声音であったため、敬礼の所作が遅れたが司令は構わないと手で制した。


「以前言ったように、君たちのような新しい世代が戦場に来ることは歓迎している。血気盛んな内は、問題が多いことも分かっている。

 これしきのことで、君たちを責めたりはしない。むしろ、新兵にいいようにやられる部下たちの無能さに呆れているくらいだ」

 

 ダリルは、昨日の模擬戦でアリカとオリヴァーにやられた兵士たちに対して、失望の色を濃くしている。彼の態度から察するに、ユーリたちを呼び出したのは問題行動の件ではないらしい。


 では、一体どういう目的でユーリたちを呼び出したのだろうか?


「話が逸れたな。君たちに来てもらったのは他でもない。

 ユーリ・クロイス、オリヴァー・カイエス、アリカ・リーズシュタット、ダニエル・ゴーン。君たちには、明日◯八◯◯より、任務にあたってもらいたい」


「「「「!?」」」」


 ダリル・アーキマン大佐の言葉に、ユーリたちは驚愕する。まだ入隊して日も浅い彼らに、早くも任務が下されるとは思ってもみなかったからだ。


「任務、ですか?」


 ユーリが緊張した面持ちで尋ねると、ダリルは頷いた。


「あぁ。詳細は後ほど資料で送るが、君たちにはホーキン隊と行動を共にし、制圧した敵異種族拠点の後処理の支援を行ってもらいたい」


 実戦……。拠点制圧ではなく、後処理ならば命の危険は少ないが、それでも戦場であることに間違いない。前線基地であるトリオンも戦場ではあるが、安全面が段違いだ。


 ここには多くの統合軍兵士が集っており、異種族も簡単には攻め込めまい。けれど、制圧拠点の後始末となると話は別。赴く人数は限られ、かつ敵地のど真ん中に足を運ぶこととなる。


 つまり、異種族と接敵する可能性があるということ。


「「「「…………」」」」


 ダリルの言葉に対する反応は区区まちまち


 ユーリは、恐怖がバレないよう身体の震えを抑えるのに必死だ。


 オリヴァーは、戦果を上げるチャンスが来たのか喜びを噛み締めている。


 アリカは、ようやく訪れた実戦の機会に戦意を昂らせる。


 ダニエルは平常通り。三人の反応を見て、やれやれと肩を竦めている。


 各々の反応を見やり、ダリル・アーキマン大佐は告げる。


「どれだけ実力の優れた猛者であろうとも、初の実戦を経験し、次の任務に現隊復帰できた者は多くはない。その精神が高潔であればある程に、穢れを享受することに抵抗感を覚えるからだ。

 フリーディア統合連盟軍が必要としているのは、突出した個の強さではなく、どんな命令にでも従う残酷な機械だ。どうか心を殺して任務に励みたまえ。

 この通過儀礼を乗り越えられるかどうかで、君たちの真価が決まる。活躍を期待しているよ」


「「「「はっ!!」」」」


 四人とも、ダリルが放った言葉の意味を半分も理解できていなかった。皆、自分のことばかりで肝心要なことを疎かにしている。


 そう、戦争とは――どうしようもなく残酷なのだ。


 ユーリたちは、それを嫌ほど思い知ることとなるだろう。その時、彼らが下す決断は――

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