第6話 変幻機装

 ユーリ・クロイスの持つ魔術武装マギアウェポン――変幻機装トランスフォルマ


 既存の魔術武装マギアウェポンと違い、定型を持たず、使用者たるユーリの想像に合わせて姿を変える。


 万能型の究極系ともいえる変幻機装トランスフォルマだが、欠点として上げられるのは形状を変化させる度に魔力を消費していくので、他の魔術武装マギアウェポンと比べ、燃費効率が落ちることか。


「ハァハァハァ……」


 大きく息を荒らげユーリの額に滝のような汗が滴る。


 度重なる換装シフトの影響で全力疾走直後のように肺と心臓が暴れ出している。魔力とは言い換えれば、体力と同義。身体のように鍛えれば鍛えるだけ、使用できる魔力量も上昇していき、戦闘での持続力も増していく。


 アリカは未だ息一つ乱しておらず、否応無く実力差を実感してしまう。もしもこれが実戦であれば、初撃でユーリは殺されていた。剣形態ブレードフォームで彼女の一撃を防げたのも、単に魔力出力を二十パーセント以下に落とし込んでいたから。


 全開状態のアリカならば、変幻機装トランスフォルマごと、身体を両断されていた。そう思うだけで、凍るように背筋が寒くなる。


「どうやらその魔術武装マギアウェポン、思った以上に燃費が悪いみたいね」


 アリカもユーリの異常なまでの疲労度から変幻機装トランスフォルマの欠点を悟った様子だ。


「万能型、か。剣一本で戦ってきた私には思いもつかない戦法……。そしてどれだけ斬撃を叩き込んでも壊れない強固な盾。ユーリ・クロイス、それにダニエル・ゴーン、思った以上にやる――でもね」


 そう言うと同時に、アリカは再び地を蹴り駆け出した。


「ッ、ダニエル!!」


 何か背筋に悪寒のようなものが走りユーリはバディの名を叫ぶ。未だデュアルヘヴィガードナーを構えるダニエル・ゴーンとアリカ・リーズシュタットの距離は僅か半歩まで迫っていた。


「シッ!」


 すでに防戦態勢に入っているダニエルなどお構いなしにアリカから鋭い脚撃が放たれた。


「ぐっ!!」


 次の瞬間、まるで戦車と戦車が激突したかのような轟音が轟き、ダニエルの身体が紙くず同然に吹き飛ばされる。それも――彼の持つ重盾鉄鋼デュアルヘヴィガードナーごと。


 魔術武装マギアウェポンに制限はかけたが、身体強化に制限はかけていない。ルールの穴を突いて、アリカは極限まで魔力を右足へ一点集中させ、全開状態で蹴りを放ったのだ。


 ダニエルの身体はそのまま壁へと叩きつけられ、彼は苦悶の声を上げながら、床に膝をつく。衝撃から解放されておらず、立つこともままならない様子。


「私の方が、強い!!」


 加えて、吹き飛ばされた際に重盾鉄鋼デュアルヘヴィガードナーを手放してしまい、あらぬ方向へ吹き飛んでいったためダニエルは完全に無防備だ。


 彼の首にかける首飾りを破壊するための絶好の機会を逃す手はないと、アリカはすかさず距離を詰める。


「させるか!」


 ユーリはすかさず銃形態ライフルフォーム変幻機装トランスフォルマのトリガーを引き抜く。


 アリカの進行方向へ放った魔力で編まれた弾丸は真っ直ぐ軌道に沿っていくが。


「――僕を忘れてもらっては困るなユーリ!!」


 そう、相手はアリカ・リーズシュタットだけではない。今回のアリカと同じチームのオリヴァー・カイエスが満を持して参戦する。


 彼が手に持つ奇怪な魔術武装マギアウェポン――薔薇輝械ロードナイトエリキシルは一見しただけでは、その特性を看破することができない。


 ユーリは警戒レベルを一気に引き上げ、魔力を惜しまず、魔弾を連射していく。すると――


「ふんっ、僕の薔薇輝械ロードナイトエリキシルは、そんな攻撃じゃ防げないよ!!」


 オリヴァーが演奏会の指揮者のように軽やかに腕を振り上げると同時に、薔薇輝械ロードナイトエリキシルがギュルルルルルッと歪な音を発しながら伸縮し始める。


「これは!?」

 

 鞭のように靭やかに、蛇のように柔軟に、縦横無尽に空間を駆け回り、ユーリが放った魔弾を全て叩き落としていく。


「くっ、見た目じゃ分からない奇天烈な魔術武装マギアウェポンを使うなんて、卑怯だぞオリヴァー!」


「どんな形にでもなれる魔術武装マギアウェポンを持つ君にだけは言われたくないんだが!?」


 オリヴァー・カイエスの言うことは尤もで、自身のことを棚に上げるユーリの非難はお門違いも甚だしい。


「くそっ」


 焦るユーリは、照準をアリカへ集中するのを止め、出鱈目に銃を乱射していく。


「ははははは! 無駄な抵抗はよすんだ。それよりどうだい? この美しき咲き乱れる薔薇輝械ロードナイトエリキシルは! 降参するなら今の内だよ!!」


「ちっ、誰が!」


 ユーリの魔弾が悉く弾かれる。どうやらオリヴァーの魔術武装マギアウェポンは魔力攻撃に対する耐性が備わっているらしい。この僅かの交錯で形勢は一気に不利になったユーリは思わず舌打ちをする。これではオリヴァーの持つ首飾りを破壊するどころか近づくことさえ困難だ。


 アリカ・リーズシュタットだけでなく、オリヴァー・カイエスの実力も並の統合軍兵士を凌駕している。感じる魔力量も膨大で、彼の努力の成果が見受けられる。


「アリカも、オリヴァーも、ダニエルも、皆俺より遥かに強い……」


 この中で、疲労困憊なのはユーリだけ。トリガーを引く度に視界が霞んでいく。正直今すぐにでもベッドに潜り、泥のように眠りたい気分だ。


「別に死ぬわけじゃないし、降参してもいいかな……なんて、思う自分が情けなくて仕方ない」


 何事も妥協してしまう、諦めてしまうから、ユーリはいつも大事なものを取り零す。


「母さんは俺に甘すぎるんだよ……。成績が悪くても、怒らないし、挙げ句の果てには、無理しなくていい、頑張らなくていいとか言うし。

 親なら普通怒るだろ……、そんなんだから俺はに置いてかれてしまうんだ」


 ユーリの脳裏に浮かぶ、一人の幼馴染の少女の姿。今彼女はどこで何をしているのだろう? 何も告げずに、戦場へ来てしまったことが心残りで――


「無駄だよユーリ!!」


 いくら銃口を向け魔力弾を放っても軒並み薔薇輝械ロードナイトエリキシルに弾かれていく。


 だがユーリは諦めず、執拗に変幻機装トランスフォルマのトリガーを振り絞る。魔力を解き放つ度に、不思議と思考がクリアになり視界が広がっていく。


 錯覚かもしれないけれど、構わない。今はとにかくオリヴァーに薔薇輝械ロードナイトエリキシルを展開させ続けることが重要だ。


「悪いな、オリヴァー。俺はこんなところで負けるわけにはいかないんだよ。

 喧嘩中の母さんに謝って、相談に乗ってくれたグレンファルト様にきちんとお礼を言って、皆に――に相応しいって思われるようにならなくちゃいけないんだ!!」


「くっ、何か考えがあるのかもしれないけど、僕の薔薇輝械ロードナイトエリキシルの前では――」


 ユーリの気迫に圧されたオリヴァーが高らかに告げた瞬間だった。


「――さっきから鬱陶しい、邪魔!!」


 何とオリヴァーの味方であるはずのアリカ・リーズシュタットが薔薇輝械ロードナイトエリキシルを縦横無尽に斬り裂いたのだ。


「…………は?」


 これにはさすがのオリヴァーも瞠目し言葉を無くす。


 ユーリの魔弾は難なく防げたが、アリカ・リーズシュタットの持つ紅鴉国光ベニガラスクニミツの岩をも難なく斬り裂く斬れ味の前には、その防御力は皆無に等しい。


 それは分かったと悔しそうに納得したオリヴァーだが。


「ってなんてことしてくれるんだ下民が!!」


 今は味方であるはずのアリカから攻撃を受けるとはつゆ程にも考えていなかったオリヴァーは動揺を圧し殺せず声を荒げる。


「それはこっちのセリフ。さっきから人の前でチョロチョロチョロチョロ……。ダニエル・ゴーンに近づけないでしょうが!」


「貴様をユーリの攻撃からフォローしてやってたんじゃないか!!」


「あれくらい一人でどうとでもなる。フォローはいらないし、アンタは的が破壊されないよう逃げてるだけでいいのよ! とにかく私の邪魔だけはしないで」


「何だと!!」

 

 粗雑なアリカの物言いに、怒りで顔を歪ませたオリヴァーだったが、ユーリはそんな二人に構うことなく、この時を待っていた! といわんばかりに二人の隙を見逃さず、変幻機装トランスフォルマを構える。


「おいお前ら、喧嘩してる暇あるのか? 隙だらけだぞ」


「「!?」」


 ユーリの放った銃撃に咄嗟に反応し避ける二人。完全に虚を付かれつつも、躱すことに成功したオリヴァーとアリカだが僅かに体勢を崩す。


 そして、ニヤリとユーリは笑みを浮かべ。


「曲がれ」


 そう呟いた瞬間、ユーリの放った魔弾が、ギュンッと急転換し、あらぬ方向へと軌道を変える。


「何!?」「!?」


 発射された銃弾は、直線上にしか走らないという原初より刷り込まれた二人の常識が崩される。


 それは動揺につながり、オリヴァーとアリカの思考が空白に染まる。


 その刹那の間を駆け抜け、軌道を変えたユーリの魔弾がオリヴァー・カイエスとアリカ・リーズシュタットの身体へと命中する。

 


「ぐっ、また小細工を! ユーリ・クロイスッ」


 やられた。まんまとしてやられたとアリカ・リーズシュタットは憤怒を込めた声を上げオリヴァーの首飾りの無事を確かめる。


「く……」


 大きく身体が吹き飛ばされたオリヴァーだが何とか首飾りだけは守ったようで、その様子にアリカは安堵する。


 落ち着け、まだ負けたわけじゃない。二度も虚を突かれたが実力差は変わらないとアリカは冷静さを取り戻す。


 だが――


「あとは頼んだ、ダニエル」


「オーケイだ。この時を待ってたぜ、相棒」


 今この瞬間も、ダニエルはアリカが放った脚撃による衝撃の影響で動けずにいる。だというのに、勝ったといわんばかりに笑みを浮かべているのはどういうことなのか?


「…………え?」


 アリカは何が起きたのか理解できず呆ける。


 そしてあらぬ方向へと吹き飛んだ筈のダニエルの魔術武装マギアウェポン――重盾鉄鋼デュアルヘヴィガードナーがひとりでに動き出し、宙へ浮き上がる。


「オラァッ、止めだオリヴァー! ちぃっと痛いかもしんねぇが、我慢してくれよっと!!」


 そう告げると同時に、ダニエルは己の魔術武装マギアウェポンを隠していた遠隔操作機能を用いて持ち上げ、オリヴァー・カイエスへ向けて投げつけた。


 ブーメランのようにグルグルと高速で回転し、軌道に乗る重盾鉄鋼デュアルヘヴィガードナー


「嘘でしょ!? 間に合わない!!」


 アリカは斬撃波で叩き斬ろうとするも、放つには振り抜かねばならず、到達までコンマ数秒時間が足りないと焦りを滲ませる。


 薔薇輝械ロードナイトエリキシルはアリカによって破壊され、加えてユーリの魔弾を受け体勢を崩したオリヴァー・カイエスに防ぐ手立てはなく。


「ぐあっ!!」


 彼の身体は大きく吹き飛ばされ、首飾りの的は驚くほど呆気なく破壊された。

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