第5話 魔術武装

「「魔術武装マギアウェポン展開エクスメント」」


 魔術武装マギアウェポン――それは魔法を扱う術を持たぬ人類フリーディアが異種族に対抗するために人工的に生み出した戦略兵器の総称だ。武器や防具といった概念を超越したそれは時に人間フリーディアの限界を超え、時として世界の理すら捻じ曲げる。


 これら魔法科学により開発された代物は、全て魔力を通しさえすれば誰でも簡単に扱えるという特徴がある。その気になれば赤子でも扱うことができ、鍛錬次第では魔法すら超える力を発揮することも可能だ。


 近年ではさらに技術が発展し、より効率的に運用すべく魔術武装マギアウェポンを微粒子へ変換する術を編み出した。


 アリカ・リーズシュタットの扱う紅鴉国光ベニガラスクニミツは、ユーリ・クロイスやオリヴァー・カイエス、ダニエル・ゴーンに言わせれば大昔の骨董品に等しい代物だ。


 現代においてわざわざ重量のある武器を所持しておくなど非効率極まる。動きが制限され、肝心な時に命を落とす危険性が高まる。


 では平時はどこに魔術武装マギアウェポンを格納しておくのか? 答えは身体の中。正確には、魔素という微粒子に変換された魔術武装マギアウェポンを体内の魔核コアと呼ばれる特殊な器官に格納しておくのだ。


 未だ発展途上の技術故に、様々な制約と問題が残っているが、今この状況においては関係ない。オリヴァー、ダニエルの二名は、自身の魔核コアへ格納していた魔術武装マギアウェポンを形成し、展開する。


薔薇輝械ロードナイトエリキシル!」

重盾鉄鋼デュアルヘヴィガードナー!」


 オリヴァー・カイエスとダニエル・ゴーンの声が重なり響く。


 同時に彼らの手に形成される魔術武装マギアウェポン。オリヴァー・カイエスは言わずもがな。機械じみた歪さのある一輪の白き薔薇。


「何だ貴様、その……巨大な盾は!?」


 オリヴァーは不審げに眉をひそめる。身長百九十センチもあるダニエル・ゴーンの姿を覆い隠す程の大きさの強固な盾。


 頑強な見た目の強固な盾が見た目通りの防御力を誇っているのなら、ダニエルの首飾りを破壊するのは至難の業といえる。


魔術武装マギアウェポン接続アクセス起動アクティブ――展開エクスメント!!」


 そしてユーリ・クロイスも内から湧き出る恐怖を押し殺し魔術武装マギアウェポンを展開する。


 アリカは刀、オリヴァーは一輪の薔薇、ダニエルは盾。次に現れる魔術武装マギアウェポンは一体どんな形状をしているのか。


 一般的に軍に普及している魔術武装マギアウェポンは銃火器類に限定される。しかしアリカ、オリヴァー、ダニエルの三名はそれぞれあまり見ないような特徴的な魔術武装マギアウェポンを所有していた。ならばもしや、ユーリもまた汎用性に優れたものではなく、何かしらに特化した魔術武装マギアウェポンを扱うのでは?


 様々な思考が入り乱れながらもユーリの展開した魔術武装マギアウェポンを見た瞬間三人は――


「何も……ない?」


 そう、ユーリ・クロイスは先刻と変わらず手ぶらのまま。見た目だけでは何の変化もしておらず本当に魔術武装マギアウェポンを展開したのかも疑わしい。


変幻機装トランスフォルマ


 だがユーリ・クロイスは準備が終わったといわんばかりに臨戦態勢へと入る。


 その真剣な表情からアリカ・リーズシュタットとオリヴァー・カイエスは彼が巫山戯ているわけではないと悟り、目に映らぬ変幻機装トランスフォルマを警戒する。


 互いに武器を取ったならば、言葉は不要。後は戦うのみ。


 ユーリに背に僅かな緊張が走る。張り詰めた空気の中最初に動き出したのはアリカだった。


 彼女の右手に握られた紅鴉国光ベニガラスクニミツ。その刀身から紅い魔力を放出し、周囲を紅く染め上げる。その様はまるで彼女の戦意を表しているようだ。

 

 その刀を上段に構えると一切の躊躇いなく振り抜く。すると空間ごと切り裂くような鋭い斬撃波が放たれ、真っ直ぐユーリの元へと向かっていく。


「疾いッ!?」


 刀だから間合いさえ取れば安全だと油断していたユーリは突如として放たれた斬撃波に反応が遅れてしまう。


 躱せない、とユーリは思った。非殺傷というルール故に命中しても死ぬことはないが、当たれば痛いし気絶は免れない。


「オラァァァッ!!」


 しかしそんな現実は起こらなかった。ユーリとタッグを組んでいるダニエル・ゴーンが恐るべき反応速度で前に出て軽々と巨大な重盾鉄鋼デュアルヘヴィガードナーを前方へ押し出し、アリカの放った斬撃波を防いだのだ。


「ふっ」


 アリカは間髪入れず連続で斬撃波を叩き込む。だがダニエルの重盾鉄鋼デュアルヘヴィガードナーは微動だにせず全てを受け止めた。


「あ、ありがとうダニエル。助かった」


「謝らんでいい。今の一撃は、実戦を経験してるベテラン兵士でもそうそう反応できねぇだろうよ。とても新兵の動きとは思えねぇ……アイツ、姉御に匹敵するくらいやべぇぞ」


 姉御というのが誰を指すのか分からなかったが、ダニエルの入れるフォローはユーリにとって気休めにすらならない。何故なら同じ新兵である彼は反応し防ぐことができているから。


 本来守るべきダニエルの足を引っ張っている現状に悔しさが募る。


「何とか打開する方法考えねぇと、このままじゃ防戦一方だぜ!」


 ダニエルの言う通り、アリカが繰り出す怒涛の剣戟は止むことなく、むしろ徐々に威力ギアを上げていた。


 均衡が崩れるのは時間の問題。この現状を打破できるのはユーリしかいない。


「ダニエル、まずはアリカの動きを止める。その隙をついてお前がオリヴァーの首飾りを破壊しろ」


「やれんのか?」


「あぁ。正直無茶苦茶怖いけどやってやる! いいか、俺の変幻機装トランスフォルマの最大の特性は――」


 そう言うと同時、ユーリは姿を晒し駆け出した。

 


「ッ」


 アリカ・リーズシュタットはまさかこの状況でユーリが飛び出してくるとは思わず、僅かに瞠目する。


 このままダニエルを攻撃し続けて厄介な魔術武装デュアルヘヴィガードナーを破壊するのもいいが、チョロチョロされても面倒だと先にユーリを狙うことにした。


緋紅剣ヒコウケン一閃イッセン!!」


「うおっ!?」


 アリカの一太刀がユーリを襲う。初撃を含めた先ほどまでのアリカの攻撃は全てリーズシュタット流剣術――緋紅剣・一閃という技によるものだ。


 理屈は単純で振り払った斬撃そのものを飛ばすというもの。その速度はまさに閃光の如く速く、並大抵の人間フリーディアでは視認することなど不可能に近い。ましてや実戦に出たことすらない者など以ての外。

 

 今、再び目にも止まらぬ速さで振り下ろされた一閃。その斬撃を躱す術などユーリにはない。


変幻機装トランスフォルマ――換装シフト剣形態ブレードフォーム!」


「何!?」


 だがアリカの予想に反してユーリはその斬撃を真っ向から受け止めた。いや、正確には受け止めることなどできなかった。気絶こそ免れたものの衝撃の余波で後方へと吹き飛ばされたのだ。


「無傷……」


 現状アリカが優勢のままだが結果は不服だった。


 今の一撃で意識を刈り取るつもりであったが、ユーリ・クロイスは華麗な受け身を取り、未だ無傷だった。


 それもこれも突如としてユーリの手に顕現した機械仕掛けの剣。


 これがユーリの魔術武装マギアウェポンなら勿体ぶる必要など無かったとアリカは思うが。


 怪訝な表情を浮かべる彼女の表情は次の瞬間に驚愕へと変わった。


換装シフト手榴弾形態グレネードフォーム!」


 刹那――先ほどまで剣の形を成していた魔術武装が微粒子と化し、ユーリの手の中で別の形へと変貌していく。


 現れたのは手榴弾。一見して何の特徴も無い小さな球体だが、その効果は折り紙付きだ。


 アリカの前で目映く弾けた閃光は瞬く間に広がり視界を埋め尽くす。思わず手で目を覆った直後、爆発音が鼓膜を揺らした。


(何が起こった!?)

 

 咄嗟に背後へと跳躍し距離を取る。何が起きたか分からず困惑している中、彼女の身体を怒涛の衝撃が伝う。

 

「ガハッ」


 先ほどとは打って変わり今度はアリカの身体が後方へ吹き飛ばされる。


 困惑がアリカを襲う中、唯一分かったのはユーリ・クロイスの攻撃を受けたということ。


 彼の魔術武装マギアウェポンをアリカの持つ紅鴉国光ベニガラスクニミツと同じ形状――剣であると決めつけたが故の決定的油断。


換装シフト銃形態ライフルフォーム


 ようやくアリカの視界の開け、瞳に映るのはユーリの手には見慣れぬ機械仕掛けの拳銃。


 それを見てようやくアリカはユーリの魔術武装マギアウェポンの正体を悟る。


「無形……形のない魔術武装マギアウェポン。故に自在に形状変化が可能。一つの技に拘らず小手先に頼った臆病者のアンタらしい魔術武装マギアウェポンね」


 命中した腹部を手で払うアリカの皮肉めいた言にユーリは。


「だろ?」


 と自嘲気味に肩を竦め答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る