第7話 プリンの罠【side鳴沢】


 翌日の放課後、俺は落合さんに教えられた情報を活かすべく、コンビニへやってきた。

 プリンを買うためだ。


 実は、下級生からのプレゼントを装うなら手作りにしようと、家政婦に作り方を訊ねてみたのだ。

 しかし、匿名で人に贈りたいと言ったら止められた。

 

「坊ちゃん。昨今は物騒な世の中です。匿名で手作りの、しかも食べ物などとんでもない。何が入っているかわからない物を食べる人はいません。市販品を可愛くラッピングするだけで充分です」


 そう言われたので、コンビニで買うことにした。

 贈り物としてはデパートなどで買った方がいいのだろうが、これはあくまでも匿名の下級生からのプレゼントの設定。あまり凝りすぎると逆効果だろう。

 コンビニはあまり利用したことないが、これもテストのため……。

 俺は、気合を入れてスイーツコーナーの前に立った。

 そこには、ずらりと並ぶ甘味の数々。


 な、なんだこれは……!?

 プリンだけでこんなに種類があるのか!?

 昔ながらのプリンに、カスタードプリン、上に生クリームが乗っている物や、フルーツが乗っている物。

 バナナミルクプリンに、いちごミルク味!?

 これは最早プリンと言っていい代物なのか!?

 しかも普通のプリンとカスタードプリンは、どう違うんだ!?

 カップを手に取り見比べてみるが、まったくわからない。

 ケーキやエクレア、バウムクーヘン、ロールケーキなどの種類があるのはわかる。

 しかし、プリンだけでこんなに悩まなければならないとは……!


 これはもしや、落合さんからの挑戦状……!?

 香西にプリンを食べさせたければこの試練を乗り越えろと……そういうことなのか!

 たかがスイーツと甘く見ていた俺が愚かだった!


 プリンを持ったまま焦燥に駆られていると、周りの客からヒソヒソと注目されてしまった。

 これではいけないと気を取り直し、一旦持っていたプリンを棚に戻した。

 そして、人差し指を横に動かしながらプリンを選んでいく。

 香西が一番苦手そうなものは……これだ!

 

 

 *


 

 テスト前日の放課後、俺は一早く昇降口の近くに隠れていた。

 購入したバナナミルクプリンはすでに、香西の靴箱に仕掛けてある。

 さあ、とくと味わえ!

 しかし、香西は落合さんと一緒に昇降口へやってきた。

 しまった。香西に罠を仕掛けたことがバレてしまう。

 だがこの状況では、もう作戦を止めることはできない。

 

「ん? なんだこれ?」

 

 香西が、靴箱の紙袋に気づいて取り出す。


「なぁに? 何か入ってた?」

「プリン……? と、手紙?」


 香西センパイへ

 受験勉強、がんばってください。

 プリンは差し入れです。

 ぜひ、食べてください!

 

         カワイイ後輩より


 と、俺が女子高生っぽく筆跡を真似て書いた手紙を二人で読んでいる。

 それに一早く反応したのは、落合さんだった。


「ブフッ……!」

「ど、どうした?」

「な、なんでも〜? それより、ファンレターみたいだね」


 落合さんは知らないフリを続けるようだ。

 やはり、データ消去のために幼馴染を売ったのか……。

 

「でも、イタズラの可能性も……」


 香西は一瞬だけ喜んだ顔を見せたが、言いながら紙袋の外側、内側、封筒の中身、プリンのカップの隅々まで調べ出した。

 

「一応、プリンは市販品で封もしっかりされてる。 穴が空いてる様子もない」


 家政婦の助言を聞いておいて良かった。

 かなり警戒されている。

 

「しかもご丁寧に保冷剤まで入ってる」


 昼休みしか仕掛ける時間がなかったからな。

 傷んでしまっては元も子もないので、用意してやったんだ、感謝しろ。


「す、すごーく気の利いた子なんだね。食べてあげれば?」

「しょうがない、いただいてやるか」


 香西は笑顔になってプリンと手紙を持って帰って行った。

 これで明日のテストは……。

 思わず笑みがこぼれ、ガッツポーズを取った。


 

 *


 

「おはよー!」


 テスト当日、元気な声で挨拶する落合さんの隣に、香西の姿があった。

 やけに、すっきりとした顔をしている。

 痩せ我慢……をしてる風でもなさそうだ。

 

「か、香西……!」


 俺は思わず声をかけてしまった。

 

「ん? なに?」

「おまえ、腹の具合は大丈夫なのか?」

「なんの話?」 

「昨日、カワイイ後輩からプリンの差し入れがあっただろう!?」

「なんで、おまえが知ってるんだよ?」

「あ、いや……! たまたま見ててだな……! もしかして、プリンを食べなかったのか?」

「いや、おいしくいただいたよ?」


 そう言って、香西は自分の席に着いた。

 ど、どういう事だ!? プリンを食べると腹を壊すんじゃなかったのか……!?

 

「なー、鳴沢。さっきから聞いてたんだけど」


 唐突に、瀬戸が話しかけてきた。

 

「なんだ?」

「ヒロがプリンで腹壊すって、どこ情報?」

「この間、落合さんに聞いたんだが……」

「……おまえ、 ”まんじゅうこわい”って話、知ってる?」


 ……うん?

 それはたしか、落語の演目の一つだったか。

「まんじゅうが怖い」と言う男を大量のまんじゅう攻めにして脅すという……。

 しかし、男は本当はまんじゅうが大の好物でたいらげてしまう。

 

「……つまり、俺は騙されたのか!?」


 なんということだ、恥ずかしい!

 教室の隅で、落合さんがこちらをチラリと見ながら、笑っているような気がした。

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