第9話 ……シてみたいな

「私さ、ちょっと真鶴くんのこといいなーって思っちゃったんだよね~」


 俺の腰元に手を置くと、そっといたらしい手つきで撫でる。


「今フリーでしょ? 亜緡ちゃんとどうなりたいかは私には分からないけど、他の女の子も経験しておいて損はないと思うんだ~私」


「そうは言われましても……」


 背中に胸を押し付けて、露骨に誘ってくる那奈先輩。

 その感触に、不覚ながら心を許してしまいそうになる。


 もし、俺がここでその誘いに乗ってしまったなら、あいつとの関係はどうなる?

 本当にケンカしたまま終わってもいいのか?

 何も話さずに、はいおしまいで終わりしていいのか?


 けれど、別れる前の数々のケンカを思い出すと、その考えは薄れてしまう。

 もうどうにでもなれという気持ちが強くなって、一回だけでも那奈先輩に抱かれても問題はないと思ってしまう自分が居る。


「私じゃダメなのかな?」


「全然そうゆうわけじゃないんですけど」


「亜緡ちゃんのことで悩んでるの?」


「いや、まぁ……」


「安心して? もし真鶴くんとシても、絶対に秘密にするから」


 悪魔の囁きだ。


 つい頷いて、はいと返事をしてしまいそうになる。


「それに……私なら亜緡ちゃんとでは出来なかったこと、色々シてあげられるよ?」


「……」


 なんだその男が言われたい言葉ランキング上位に入るその言葉は!


 考えろ俺! 性欲に負けるな!


 とは言ったものの……やはり俺とて理性を保てない人間の一人だ。

 一回くらい、今日くらい那奈先輩としたところで、何も変わらないだろうという考えに至ってしまった。


「私、真鶴くんとセックスしてみたいな」


「……はい」


 俺の下半身を優しくさすりながら放たれた言葉に、理性は完全にノックアウトされてしまった。

 こんな誘い、断れるわけがない。


 もういっそのこと、開き直ってもいいのかもしれない。

 鼻の下を伸ばして那奈先輩に食われたとしてもそれでいいじゃないか。

 だって俺はフリーなわけだし? 縛る人なんて誰もいない。


 あいつとの関係だって、ヤってからでも考えられる。

 我ながらクズの思考だが、今日くらいは許して欲しい。

 これまで我慢してきたものを、俺だってどこかにぶつけたい気持ちはある。


「私、先に帰る用事が出来たって先に部屋出るからさ、真鶴くんも適当な嘘ついて外で合流しよ?」


「それで大丈夫です」


「よかった。待ち合わせ場所は後で連絡するから、LINEでも教えてよ」


 言われるがまま、俺は那奈先輩のスマホに表示されたQRコードを読み取る。


 そして、先に部屋に戻った那奈先輩が去り際に放った一言で、俺の脳裏には亜緡という人物の存在がなくなった。





「いっぱいシようね? 真鶴くん」


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