放課後、10分だけ。わたしは貴女に恋をします

上里あおい

第1話 如月由芽と柊彩香

【……ほ、ほら。わたし、ただ部活でやりたいだけだし!】

【そんなのもったいないって!この前、スカウトの話もあったんでしょ!?由芽は天才なんだから、その才能活かさないともったいないよ!】


 ああ、これは珍しい夢だなぁ。


【皆も言ってるよ?由芽は容姿もキャラもいいし、演技に関しては飛びぬけてる。だから、早いうちに女優目指した方が………】


 何回も何回も。友達に、先生に、スカウトの人に。呆れるくらいに、そんな言葉を投げかけられた。馬耳東風だっていうのに、皆がわたしに期待する。


 期待されるのは好きじゃない。わたしはただ、何者かになれる演技が好きだっただけ。皆とわいわい言いながら楽しめる、最初の頃の演劇部が好きだっただけ。わたしはちょっと上手かもしれないけど、だからって皆は期待しすぎてる。


【如月由芽さん。貴女を、スカウトしにきました。是非、うちの事務所に──】


 おっと、この記憶も夢に見ちゃうのか。


 中学3年の10月。受験との兼ね合いもあって、中学最後の思い出にと皆で企画した演劇舞台。大成功で終わって、ようやく演技から少し離れられるって安心したのに。ただの中学生の舞台に、その大人はズカズカと踏み込んできた。


 キャーキャーと騒ぐ演劇部の皆の前で、スカウトマンはそう投げかけてくる。それがとても非常識に見えて、わたしのむかむかゲージは大爆発した。


【演技はもうしません。貴方のスカウトも、お断りさせていただきます】


 衝動的に出た言葉を、今では少しだけ後悔してる。もちろんスカウトを蹴ったのは後悔してないけど、演技は今でも好きなわけで。だから、後悔はちょっとだけ。


 そんな後悔を振り切るように、高校は演劇部のない高校を選んだ。



「………めー。ゆーめー!」

「んむぅ……!こ、こえがおおきい………!」


 耳元で聞こえた、わたしを呼ぶ声。わりと大きなその声に驚きながら、わたしの意識は夢から現実世界に浮上した。


「お、やっと起きた!おはよーございます、如月由芽ちゃん♪」

「もー、びっくりするからそれ辞めてよ……。おはよ、かなみちゃん」


 人1人が定員なわたしのベッド。寝てるわたしにピッタリとくっついて起こしてきたのは、高校の制服を着た葛城かなみちゃん。茶色の長髪と、綺麗な美人顔が特徴的なわたしの自慢の幼馴染。


 って、なんか顔近くない!?いつもスキンシップとか距離感はバグり気味だけど、なんか今日は輪をかけて近くない!?


「こらー、近いよかなみちゃん?ていうかその距離感、わたし以外にしたら同性でも勘違いするよ?せっかく高校生になったんだから、ちゃんと直すように!」

「………あははっ、こんなの由芽以外にするわけないじゃん!」


 うーん、果たしてホントに分かってるんだろうか?まぁ幼稚園に入る前からの付き合いだし、流石にわたしの言う事も汲んでくれるでしょ!


「起こしてくれてありがと。ほら、着替えるから自分の部屋戻ってて」

「折角だし、由芽のロリ巨乳をちゃんと拝みたい~!」

「次そんな変態っぽい事言ったら、明日から窓の鍵締めとくから」

「ご、ごめんって!も~、そんじゃまたあとでね!」


 珍しく焦った様子のかなみちゃんは、わたしの部屋の窓から自分の部屋に戻っていった。

 

 そう、そんな無茶な移動ができるくらいには、わたしとかなみちゃんの家は近い。

とはいえ二階だから、わたしは怖くて移動できないんだけどねっ!かなみちゃんは、小学生の頃からそうやって移動してくるからすごいんだよなぁ。



「ねー、如月さんってめっちゃ可愛いよね!化粧水とかどこの使ってる!?」「美容とか意識してる!?色々教えてよ~!」「ねぇねぇ、一緒にお昼食べよーよ!」


「あはは……。いいよ、皆で食べながら情報交換しよ」


 かなみちゃんと一緒に登校して、高校入学2日目のお昼休み。何故かクラスの女の子たちからそんな風に誘われて、かなり順調にわたしの高校生活は進んでいた。


 中学校から少し遠い場所を選んだこともあって、最初はかなみちゃんだけとずっと一緒だと思ってたけど。案外、わたしはクラスに馴染めてるのかな!そういえば、当のかなみちゃんはパンを買ってくるって言ってたけど──


「──たっだいまぁー!由芽ー、ついでにいちごミルク買ってきたよ!由芽っていちごミルク大好きだもんね!」

「あ、ありがと。買ってきてくれたのは嬉しいけど、いきなり後ろから抱き着かない」


 もー、かなみちゃんは時々甘えん坊になるんだから。


「えっと、葛城さんと如月さんって友達なの?」

「ううん、そんなものじゃないよ!もっと深~い……、そう!こ・い・び・と♡」

「っていうのは冗談で、幼稚園の頃からの幼馴染なんだー」


 ぶーぶー背後で文句を言うかなみちゃんは脇に置いて、簡潔に訂正する。

 初対面の人には絶対にかなみちゃんはそう言うから、その行動の対処もすっかり慣れてしまった。欠片もそんな事思ってないくせに恋人だなんて、どういう意図なのかは図りかねるけど。


 そんなこんなで、クラスに数人の友人が出来た。順調な高校生活過ぎてびっくりするけど、これくらい穏やかな方がわたしは好きだし。中学の時とは全然ちがう。


【由芽は天才なんだから、絶対に女優になるべきだよ!】【貴女の才能は、普通の高校にあるべきではない!】【由芽ちゃんなら、きっとあの子を越えていける!】


 もう、演技はしたくない。未練なんか、きっとないから。


「由芽ー、ちょっと聞いてる?」

「え、ごめん聞いてなかった」

「はぁー……。ほんと、あたしがついてなきゃダメだよね由芽って!」


 お昼休みが終わって、いそいそと帰りの準備をしているわたしにかなみちゃんはそう言う。今日は入学2日目なのもあって、午後の授業は無し。うんうん、これは非常にありがたい!


「あはは……。それで、何の話?」

「あたし、今日は早く帰るように言われててさ!由芽はどうする?一緒に帰る?」

「ん~、ちょっと図書室いこっかな。だから先に帰ってていいよ」

「了解!それじゃ、また明日の朝ね!あ、鍵はちゃんと開けといてよ~!」


 明るくそう言いながら、かなみちゃんは帰っていった。わたしも仲良くなれた友人やクラスメイト達に挨拶をして、教室を後に図書室へ向かう。


 特に図書室に用事はないけど、家に帰ってもやることもないしね。それならちょっとでも学校に居た方が、なんだか気が楽になる。

 そんなこんなで図書室に着くと、自然と足は芸能のコーナーに。演技の本を手に取ってしまうあたり、中学までの癖は抜けてないみたい。


 ぱらぱらとページを捲れば、よく知っている知識たちが転がっていた。初心者の頃、何度も何度も参考にした知識たち。


「………未練たらたらじゃん、わたし」


 やっぱり帰ろう。過去の自分にすがっても、どうしようもないし。


 図書室から出ると、吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。グラウンドからはサッカー部のボールを蹴る音、校門には走りに行こうとする野球部の声。

 うちの学校は、意外にも部活に力を入れてるのかな?演劇部がないという一点で選んだ高校だから、そこまでは知らなかったかも。


 でも、やっぱりいいなぁ。だって、楽しいもんね部活。わたしも、なにか楽しそうな部活に入ってみようかな!な~んて………………、え?


「えん、げきぶ……!?」


 昨日の部活紹介でも聞かなかった。学校のパンフレットにも載ってなかった。なのに、わたしの目の前には、演劇部の看板を掲げた教室があった。

 

 い、いやいや!だいじょうぶだよ、自意識過剰だよ!この高校は地元からも少し離れてるし、ここにわたしの中学時代を知ってる人なんていないもん!だから、大丈夫!スカウトの人だって、こんなところにくるはずないし!


「ちょ、ちょっと覗くだけ……!」


 気づかれないようにするだけだから、きっと大丈夫!中から声もしないから、人だっていないかもしれないし!そーっと、そーっと……!


「もしかして入部希望者!?」

「うひゃぁあ!?」


 び、びっくりした!いつの間にか、わたしの背後をとられてた!凛とした声に弾かれるように後ろを向くと、そこには1人の女生徒が立っていた。

 

 165㎝くらいはありそうな身長に、すらっとした手足。色白でスレンダーな、わたしの理想の体型。目を惹く淡い金髪は、多分ブリーチしてるのかな。おまけにすんごく美人だったから、思わず息を飲んでしまった。

 ブレザーの下のネクタイを見るに2年生だよね?ほえ~、こんな美人な人いたんだ……。


「え、えっと、入部希望ってわけ──」

「……ごめんなさい、遅れちゃって!さぁ、入って入って!」


 押しが強いなこの人!促されるままに入ってきちゃったけど、覗くだけにするつもりだったのに……。


 部室の中は綺麗にされている。というか、なんか物がないかな?演劇部ってわりにはその筋の書籍も衣装もない。あるのは机といすが10セットと、教壇と黒板だけ。なんだか、小教室よりも小さい気がする。


「おほん、とりあえずようこそ!我らが演劇同好会に!といっても、所属部員は私だけなんだけど………」

「どう、こうかい……?」

「そう。部員が私一人しかいないから、部として認められずに同好会」


 それはつまり、正式な部活動ではないという事。中学の時みたいに大きい部活じゃないなら、そんなに警戒もしなくていいのかな。


「私は柊彩香!一応、私がこの同好会の部長かな。貴女の名前は?」


「えっと、如月由芽です」

「……如月由芽ちゃん?新入生で、演劇同好会志望の……」

「ちょ、ちょっと気になって覗いていただけです!特に演劇部志望ってわけ──」


「もしかして、美浜中学の如月由芽ちゃん!?」


 ずずいっとわたしの手を握ってきた柊さんは、そう言いながら目を輝かせる。顔が近すぎてびっくりしたけど、それ以上に後悔が押し寄せてくる。


 この目の前の2年生は、中学時代のわたしを知っている人だった。

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