ぶつぶつ川の方舟

望月(もちつき)

ぶつぶつ川の方舟

昼寝をしよう

網戸で濾過ろかした新しい風に

カーテンがよろこんでいる


うたた寝は

夢見がちな時間

____


私は「白い箱」に乗っている

真ん中にテーブルと、大きな白い紙がある


縁の切れた彼女が居た

私にくれたマトリョーシカを眺めている


「あの人のこと、忘れないで。彼、いつも隅で泣いてるの」

「あの人?」


私の質問はスルーされた、いや私の声は聞こえないのかもしれない


「周りには積読された書物、トロフィー、自動車免許だってもちろんゴールド」

そう言って、彼女は目の前のマトリョーシカを解体し始めた


「そりゃあ、すごい」

白い箱の中で自分は、どうしてこんな会話をしているのだろう


私は二人いて、一人は部屋に、

もう一人はもっと遠くにいる

自分の身体は見えない


「毎日、戦争に行っているんだって」

「こんな箱の中で?」


彼女は「無視」を選択して、

目の前の紙を半分に折った


「あの人に話しかけたら、部屋を追い出されちゃった」

「箱の中で?」


私の質問には応えないようだ


「たたかってるの」

彼女はその紙をきれいに半分に破った


彼女の指先は丁寧に整えられていて、爪も磨かれている


「綺麗な爪だね」

私はひとりごととして言った


紙はマトリョーシカの「反対語」

真ん中に「空白」を詰め込んでない

断片となって、塵になる


「わたしがどんなに褒めても、あの人を見るとかなしくなってくる」

「そんなことしないでいいのに」


私はその紙をとって、小さな紙飛行機を作った


「いつも、何かに渇望している」

私はそう言って、紙飛行機を飛ばした


紙飛行機は、箱の壁にぶつかってハラリと落ちた


あなたが気にすることじゃないよ」


慰めという私の「大きなお世話」と「嫉妬心」は

そのまま部屋に、沈黙だけ置いていった


「みんな、素っ裸で暮らせればいいのにね」

そう言って、彼女は静かに泣いた


私は

静謐な小さい川の中に浮かぶ、

折り紙で作られた箱舟が

くしゃっと

潰れるところを想像し、


追い求めた玉手箱を開けると、

なにも入っていない浦島太郎の気分を感じた

_____


夢なのだから、

もう、なにもかも

忘れてしまおう

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぶつぶつ川の方舟 望月(もちつき) @komochizuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説