Ⅴ_1


 カランカランッと軽快に響いたドアベルの音に、メリッサはハッと店表を振り返った。カツコツと心地良く響く足音は、ここ数日で聞き慣れたノーヴィスのもので間違いない。


「お邪魔します。僕だけど、そっちに入ってもいい? 着替え、終わってる?」

「ノーヴィス様……っ」


 少し離れた位置から聞こえる声もノーヴィスのもので間違いない。恐らく店表のドアのすぐ前くらいから気を使って声を掛けてくれているのだろう。


「そういう発言は店のドアを開ける前にしなさいよねぇ~。淑女のドレスアップ中なのよぉ?」


 ノーヴィスの声にメリッサは上ずった声を上げる。一方エレノアはメリッサのかたわらに膝をつき、メリッサが新たにまとった服の最終調整をしながら実にそっけない声で言い放った。


「ごめんごめん、店の中に入らないと声が届かないかと思って」

「アンタならいくらでもやりようがあったでしょ~? ……っと」


 スカートの裾を整え終わったエレノアは、立ち上がって数歩下がるとメリッサの全身を上から下まで眺めた。思わずメリッサが居住まいを正すとエレノアは嬉しそうに笑う。


「完成! より一層可愛くなったわぁ~!」

「あ、あの……っ」

「完成したんだから、お披露目しないとね! はいっ! 行った行った!」


 エレノアは再びメリッサに近付くとメリッサの両肩にポンッと両手を置いた。と、思った次の瞬間には、メリッサはクルリと体を反転させられ、店表に向かって背中を押されている。実に鮮やかな手際だ。


「エ、エレノアさん……っ!」


 体術には結構自信があったのに、メリッサの体はまるでダンスのリードを受けているかのようにエレノアの動きに従って勝手に動く。


 そんな自分とエレノアに思わず戸惑いの声を上げると、上から顔をのぞき込むようにして視線を合わせたエレノアがバチンッとウインクを送ってきた。


「大丈夫よ、ヘンじゃない」


 不安を的確にひろってくれたエレノアの言葉に、メリッサは思わず息を詰める。


「カワイイわ、当然よね。アナタは元から可愛くて、そんなアナタが心から着たいと願った服を、アタシが最高に可愛く手掛けたんですもの」


 工房は決して広くはない。数歩歩けばすぐに店表だ。


 そのわずかな距離を歩き切るまでの間に、エレノアはメリッサに大切な『おまじない』を教えてくれた。


「さぁ、胸を張って。背筋を伸ばして、あごは引いて。それだけでもう、アナタは最高よ」


 その言葉にメリッサの背筋が自然に伸びる。


 その瞬間、メリッサはエレノアのエスコートで店表に踏み出していた。エレノアが開けてくれたスイングドアを抜ければ、もうノーヴィスとの間をへだてる物は何もない。


 メリッサの予想通り、ノーヴィスは店表のドアのすぐ前に立っていた。相変わらずローブのフードを深く被ったノーヴィスが、姿を現したメリッサを見て目を丸くする。


 ──背筋を正して、顎を引く。


 そんなノーヴィスに一瞬気後きおくれしながらも、エレノアの言葉がメリッサの背中を押してくれた。


 メリッサは真っ直ぐにノーヴィスを見上げて、数歩前へ出る。そんなメリッサを勇気付けるかのように、赤紫色のフレアスカートが膝の上でフワリと揺れた。


「いかがで、しょうか?」


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