リリドア不動産社長殺人事件

@LostAngel

リリドア不動産殺人事件

「被害者の名前は浜田りりといいます。リリドア不動産の社長で、57歳です」

「リリドア不動産ってあの、リリドア不動産?」

「ええ、あのリリドア不動産です。あまりにも高層ビル建設に意欲的で、東京スカイツリーより高い高層マンションを建設しようとして世間から非難を浴びた、あのリリドア不動産です」

「確か、計画段階で中止になったんだか。あそこは社長のりりがワンマンで経営してたんだよな?」

「はい。契約を何本も取ってくる営業職の夫照明(てるあき)、54歳。2代目候補の息子の勝利(しょうり)、30歳。と近しい間柄はこれくらいですが、二人もりりには頭が上がらなかったみたいです

「なるほど。それで、事案の経緯については」

「はい。まず、現場は駅周辺にある踏切です。この踏切は、駅に向かうときにりりがよく通るコースに含まれています」

「接待が終わった帰り道として、踏切を横断していたのか」

「そこは間違いないかと。りりを接待していた料亭の女将さんや、店から踏切までの目撃者の証言を勘案すると……」

「りりは間違いなく、接待を終えた後、店から踏切までは行った」

「そうです。複数の第三者の情報は信頼できますし、間違いありません」

「それなら、事故で解決でいいんじゃないか?」

「ですが、おかしい点があるんです」

「おかしい点。被害者は料亭で接待をしていた。接待に必要なのはもっぱら酒だ。接待の解散後、酔っぱらって帰り道を歩いていたところ、誤って踏切内に侵入、還らぬ人に、という筋書きではないのか」

「いいえ。今のあなたの推理には、致命的な欠陥があります」

「な、なんだ?」

「りりは下戸なんです。お酒が一滴も飲めない」

「それは飲まない、というだけではなく?」

「本当に飲めないそうですよ。女将さんや、被害者と一緒に接待を受けていた建築会社の部長が証言しています。社長は一滴も酒を飲まなかった、と」

「女将と部長が口裏を合わせている可能性は?」

「それもないかと。りりは過去にアレルギー検査をしたことがあり、そのときにアルコールが相性最悪だと知ったそうです」

「遺伝子レベルな下戸に酒を飲ませたら、泥酔にすら収まらなくなるか。悪くて急性アルコール中毒、良くて歩くこともできないくらいだろう」

「その通りです。それに、店から踏切までの目撃証言によると、りりは特にふらつくことなく歩いていたようです」

「事案が起きたのは何時だ?」

「3日前の夜10時すぎです。場所は、あなたも実際に見に行ったあの踏切です」

「分かった。まとめると、事故当夜りりは得意先との接待のために料亭にいたが、酒は飲まなかった。そして接待が終わり、家に帰ろうと踏切を渡ろうとしたが、何らかの方法で失敗して事故に遭った、ということか?」

「はい。被害者は轢死で、ほぼ即死だろうとのことでした。夜は極端に人通りの少ない道であったため、彼女が亡くなる瞬間を見た人はいません」

「なるほど。注意すればなんの危険もない踏切で、充分に注意できる状態の女性が亡くなったのか」

「まさにそうです。被害者の遺体は見るも無残な姿になっていました。どこか一部が轢かれたとかではなく、体全体が激しく損傷していました」

「言い方が悪いかもしれないが、全身ぐちゃぐちゃだったと」

「……はい」

「となると、自殺の件は考えられないか?」

「自殺?」

「接待で何か辱めを受けたのかもしれない、634メートルを超えるマンションを建てられなくて意気消沈していたのかもしれない。もしくは、経営が上手く行っていなかったとか。そうした悩みが積み重なって、彼女は自ら命を絶ったのかもしれない。電車の飛び込み自殺の場合、躊躇なく飛び込むせいで悲惨な最期を迎えることが多いとよく聞く。りりの件も、これに当てはめられないか?」

「いや、それも当てはまらないです」

「そうなのか?」

「はい。まず接待の件ですが、女将いわく普通の商談をしていたらしいです。もちろん嘘をついている可能性もありますが、私は本当のことを言っていると思いました」

「……続けてくれ」

「また、スカイツリーより大きなマンションを建てるという計画が白紙になったのも、彼女にとって悪くはなかったようです。結果的にホラになってしまいましたが、大言壮語を掲げる社長の豪快さが世間にヒットしたんです」

「事業じゃなくて、事業を施すキャラの方が当たったって感じだな」

「ぶっちゃけると客寄せパンダですね。個性的な社長がいる『リリドア不動産』のネームバリューはどんどんと向上し、安定して経営ができるくらい契約数を増やせたそうですよ」

「よって、3つ目の悩みもなしと。だから自殺ではない?」

「断言はできませんが、私はそうではないかと思っています」

「被害者が酔った勢いで踏切に侵入したわけではなく、なにかに思い詰め、自分で決めて侵入したわけでもない。そして君は、そのことでもやもやしたものを感じている」

「はい、感じています。なぜならこの事案は、事故でも自殺でもない、消去法の殺人なんですから」

「私も同じ考えだ。……さて、遺留品を見たい」

「協力してくれるんですね。分かりました。こちらが、線路脇に捨てられていたバッグの中身です」

「スマホ、財布、化粧水やハンドクリームといった化粧品、仕事の資料にノートパソコン、ハンカチ、ティッシュペーパー、サングラスか。……あれがないな」

「あれ、とは?」

「コンパクト。手鏡とパウダーパフがひとつになった小さい化粧道具だ。それがない」

「確か、出先で化粧を整えるのに付き合いますよね。接待するくらいフットワークの軽い彼女が、持っていないはずがない」

「……スマホの中身を見てもいいか?」

「あ、ええ大丈夫ですよ。セキュリティ面は鑑識さんがどうにかしてくれました」

「助かる。……これは、アプリの使用履歴の一番上がカメラだな」

「見せてください。本当だ。でもこれになにか意味が?」

「おそらく浜田りりは光過敏性発作、いわゆるてんかんを発症しやすい体質なのだろう。だから強い光を反射する手鏡が入っている、コンパクトを持っていなかったんだ」

「もし犯人がいるのなら、犯人が持ち去ったのではないかと考えていましたが、違うのですか?」

「そこで登場するのが、スマホだ。スマホのカメラは内向きにすることもできる。自撮り用にな。彼女はそれを使って、身だしなみを整えていたんじゃないか」

「な、なるほど。やはりコンパクトは犯人に持ち去られたのではなく、始めからなかった」

「そういうことだ。君、浜田りりがてんかん発作を患っていなかったか、調べておいてくれ」

「分かりました」



 ※※※



「あなたの予想通りでした。浜田りりはてんかんを患っていました」

「そうか。じゃあ遺留品のサングラスは目元を隠すだけでなく、強い光を避ける目的があったのかもしれない」

「そうですね。それで、被害者のてんかんと事件に何の関係があるんですか?」

「関係?大いにあるぞ。あの踏切の特徴ともいえる、交差する車道の高さよりも線路の高さの方が高いこと、浜田りりがてんかんを患っていること、そして今回の事件は全てつながっている」

「そうなんですか。ぜひ教えてください」

「時系列に順序立てていこう。まず事件当夜、接待を終えたりりは踏切へと向かった。その足取りは正常で、思い詰めている風でもない」

「はい」

「りりは無事に踏切へと到着する。そして、午後9時57分に駅を発車した電車の通過待ちをしていた」

「え、57分ですか?りりは10時ちょうどの電車で亡くなったはずです」

「まあ聴いていてくれ。りりは踏切が開くのを待っていると、ふっと前方から光が差した。反対側の道路にいる車が、ライトを急にロウビームからハイビームへと切り替えたんだ。すると、踏切はどうなる?」

「ハイビームが電車に当たって光ります」

「でも、あの時はそうはならなかった。線路が車道よりも高かったことで、ある現象が起きた」

「現象?」

「名づけるなら、てんかんを引き起こすに十分な光の発光現象だな」

「ここで、てんかんですか?」

「ああ。車の位置が電車よりも低いため、ハイビームは電車の車体ではなく、その下で回る車輪を大いに照りつけた」

「……あっ!」

「電車は高速で運転しているので、ハイビームを遮る車輪のフィルターは、はまったりはずれたりを繰り返し続ける。電車が完全に通り過ぎるまで。すると、車の反対側にいたりりさんの目にはどう映るか」

「強い光が、目の前でチカチカと高速で点滅する」

「その通り。てんかんに詳しいわけではないが、光過敏性発作を引き起こすのに十分すぎると思うな」

「てんかんが発症してしまうと、目がチカチカしたり気分が悪くなったり、場合によってはけいれんが起こることもあるそうですから、その隙を狙って…」

「その後、犯人は踏切をまたいでりりさんの方へ向かい、まともな判断ができないか動けなかった彼女を線路内に置き去りにした。9時57分の電車が通り過ぎた後、もう少しで10時ちょうどの電車が差しかかってくるタイミングで」

「そ、そんなことが…。じゃあ、ライトをハイビームにした人が犯人ってことですか?」

「そうだ。至急、踏切周辺のタイヤ痕と関係者の車の所有の有無を調べるように」

「分かりました。でも、なんで犯人はこんな面倒くさいことを?」

「それこそ、事故か自殺に見せかけたかったのだろう。そうすれば、自分が莫大な利益を得ることができる」

「それってまさか、照明と勝利のどちらかが犯人ってことですか?」

「合理的に考えるとそうだろう。営業職は車をよく使うから、照明が一番怪しいな。現場のタイヤ痕と彼の車のタイヤ痕を照合してみてくれ」

「はい!」



 ※※※



「結論から言います。犯人は照明さんでした」

「やっぱりそうだったか」

「あなたの目論見通りのやり方で、彼は社用車を用いて事件を引き起こしました。自白も取れてます」

「では解決だな」

「はい。夫であり優秀な右腕だった人に、会社の車を利用して殺害されるなんて、何ともやり切れませんが」

「それほど恨まれてたんだろう。浜田りりという被害者は」

「ええ、照明と勝利さんからの供述から、彼女は利益のためなら何でもする、金の亡者だったことが分かっていました。豪胆な性格を表に見せる一方、裏では不当なリストラや強引な土地の買収、競売の談合疑惑などに手を染めていたそうです。照明は、会社と社員を自分の所有物としてしか見ていない彼女に腹を立てて犯行に及んだそうです」

「まさに、飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ」

「変なこと言わないでくださいよ」

「変ではないだろう。きみは私を飼い殺している。事件を解決するために必要なツールとしてな」

「そんなことあるわけないじゃないですか!私はあなたを信頼して……」

「私もアクションを起こすべき?……いや流石に、警察官殺しは罪が重いな」

「だから、変なこと言わないでくださいよ!名探偵さん!」

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