事件未満探偵-紫藤探偵事務所へようこそ-
@nanakyu79
1話目-探偵たちとの出会い-
T県S市
海に面しK県とつながる橋があるこの街に、その探偵事務所はあった。
JRの駅から徒歩15分、地元の人から”旧道”と呼ばれている道路をまっすぐ進んだ先に旅館風の建物がある。
管理人さんの話によると昔は旅館だった建物をコワーキングスペースに作り直したらしい。
その建物の309号室が私の目指す探偵事務所だった。
その住所にある探偵事務所にいってみるといい。どんな形であれ君を助けてくれるはずだ。
探偵事務所を紹介してくれた女性警察官のセリフが頭をよぎった。
「ふぅ…」
私は一息ついてからコンコンと扉を叩いた。
これで私は本当に救われるのかな...
「は〜い、鍵空いてるから入ってきていいよぉ〜」
中から少し低めの女性の声が聞こえた。
言葉の通り私は扉を開け、部屋に入った。
「失礼します」
部屋は意外と狭かった。
元が旅館なので事務所としては使いづらいだろうと予想はしていたが、どうやら元は素泊まり用の部屋だったらしく床面積は2畳ほどしかない。
その部屋の真ん中に大きめのテーブルが置いてあったため、部屋は実際より狭く感じられた。
テーブルの周りには椅子が5脚用意されていた。
おそらく5人がこの部屋の定員なのだろう。
そんな手狭な部屋にはすでに3人の人影があった。
「あ、どーもぉ、今回ご依頼いただいた七瀬さんですよね?」
先ほど扉を叩いたときに返事をしたと思われる女性が、ニコリと微笑みながら話しかけてきた。
ボブカットにした髪をピンク色に染め、
Tシャツに長袖のシャツワンピースを羽織り、下は黒のスキニージーンズを履いていた。
Tシャツにはひまわりの絵が描かれていた。
確か有名な画家が描いた絵だった気がするが誰が描いたのかは思い出せなかった。
ジーンズの効果もあるだろうが、彼女の脚は細くそして長かった。
靴下もジーンズと同系統のものを履いているため余計足が長く思えた。
「はい、T大3回生、七瀬美穂です。市原さんの紹介で来ました。今回はよろしくお願いします」
「あらあらご丁寧にどうもぉ、私はミキ。ここの事務員さんで〜す。」
ささっ、こちらにどうぞぉ
と先ほどの女性、ミキさんが椅子に誘導してくれた。
ミキさんの言葉は所々間延びしており、なんというか、緊張感がない。
こちらが気を使いすぎないようにしてくれているのだろうか。
それともいつもこの喋り方なのだろうか。
「さて、改めてぇ、紫藤探偵事務所にようこそぉ。
こちらの座ってる人が所長の紫藤くんですぅ」
「もっと他の紹介の仕方、なかったの?」
紹介された男性、紫藤さんはミキさんにツッコむ。
紫藤さんはストライプの入ったワイシャツに上下ネイビーブルーのスーツを着ていた。
季節はもうすぐ夏だというのにジャケットまで着て暑くないのだろうか?
「まぁまぁ、最初は緩くていいじゃないですか。
あ、それと紫藤くんの後ろでずっと立ってるメイドさんが後藤さんだよぉ」
紫藤さんのツッコミを軽くあしらった後、ミキさんは事務所のメンバー紹介を再開し、言葉の通り紫藤さんの後ろにいたメイドさんを紹介してくれた。
後藤さんに関してはメイド以外に形容する言葉がない。
丸メガネをかけ、メイド服を着て紫藤さんの後ろに立っていた。
ただ立っているだけなのだが、私は多少の威圧感を覚えた。
それは彼女の表情が終始無表情なのと、女性にしては高いその身長のせいだろう。
おそらく180cmくらいはあるだろう。
そんな長身から睨まれたら、やはりちょっと怖い。
「さて、こっちの自己紹介が終わったところで、あなたの話を聞かせてもらおっか?」
しばらく後藤さんに目を取られていた私に紫藤さんが話しかけてきた。
「あっ、はい!T大3回生、七瀬美穂です!」
「いや、それはさっき聞いたから知ってる」
突然声をかけられたことに動転して私はまた自己紹介をしてしまった。
恥ずかしい…
「聞きたいのは君のプロフィールじゃなくて依頼の詳細でね。
なんでも自ら命を絶ったご友人の死因を調査してほしいとか…」
(…っ!)
一瞬言葉が出てこなかった。
そうだ。私は今日自殺したということになっている友人、七海愛の死因を調査してもらうためここにきたのだ。
「つっても警察が自殺って判断してんだから自殺で間違いないと…」
「そんなことありえません‼︎」
私は怒鳴った。
ハッ、と我に帰ると後藤さんが私を睨んでいるのがはっきりわかった。
「ゴトォ〜、そうやってすぐ人睨むとこ、悪いとは言わないが友だちなくすぞ?」
「私、友だちいないので大丈夫です」
「いや、そういう問題じゃなくてさ…」
まぁいいや、といい、紫藤さんは私の方に向き直った。
「そこまで断言できるってことは、何か決定的な証拠を持ってる、ってことであってるかい?」
「…いえ、愛... 私の友だちが自殺じゃないっていう決定的証拠はありません…」
でも、と私は続けた。
「でも、愛が私になんの相談をせずに自殺するなんて絶対にありえないんです…」
「女の友情ねぇ…俺にはわからんが自殺の前にお友だちに相談しないことはそんなにおかしなことなのか?後藤」
「だから、私、友だちいないのでわかりません」
「おっと、こいつは失礼」
クツクツと笑いながら紫藤さんは話を続ける。
…なんでミキさんに聞かなかったんだろう?
「ってことは、あんたが怪しいと思ってるだけで他の証拠は全部その愛ちゃんとやらの自殺を示してるんだろ?
だったら結果は覆らんよ。依頼料は返すからウチに帰んな。」
「そんな、私どうしても納得できなくて…」
「納得したいなんてのは生きてる側のエゴだよ。そんなんで墓を掘り返されちゃ仏さんもたまったもんじゃない。そう思うだろう?」
「そうかもしれませんけど…」
「じゃ、交渉成立だ。
ちなみに振り込み手数料は返せないからご了承くださいな。
ほら、ミキさん!お客さん、お帰りだとよ!」
勝手に帰ることにされてしまった。
だが、反論しようにも彼の言っていることは正しい。
正しいけど…
「紫藤くん、わかってると思うけどこれは市原さんからの依頼でもあるの。その依頼を断る意味、わかってる?」
ミキさんがドスの効いた声で紫藤さんに問いかけた。
ッ…怖ッ
「あ〜、そうかそうか... 市原経由の依頼ってことはあんたも本気ってことだ。」
「...そうだね。私情が入っているのは否定しないよ。」
「さっきも言った通り結論が覆る可能性は低い。それでいいんだな?」
「いいよ、友だちがいなくなった理由がわからないままよりずっといいはずだから」
「ハッ、自ら傷つく可能性があることをするたぁ愚かだねぇ」
紫藤さんはミキさんを軽蔑したように見てから、私に視線を戻した。
「さぁて、今の話の流れから分かる通り、あんたの依頼を受ける。
ということでいろいろ教えてくれるかい?
あんたとその自殺したご友人の関係、自殺前後にあったこと、それとあんたの思ってること全部な」
「あっ、はい」
よくわからないが依頼は受けてもらえるみたいだ。
私はどこから話そうか考える。
私がまごついていると、紫藤さんが助け舟を出してくれた。
「そんじゃあ、あんたとご友人の出会いから話しておくれよ。あんたはそのご友人とどこでどう出会って、どう過ごしたのか。俺に教えておくれ」
「はい、わかりました。」
私は記憶を辿り、話し始めた。
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