第12話 念願の初配信、ドロシーの場合

「フハ、フハハハハハ!」


 俺は10chの書き込みをスクロールしながら読み進め、高笑いする。

 隣に座る正宗は「お前、そんなキャラやったっけ?」とドン引きしているが知ったことではぬわぁい!


 クソの掃きだめのような10chでここまでポジティブな話題しか出ていないのだ。

 掴みは上々! このまま明日のドロシーの初配信も成功させれば、男であるという圧倒的不利な我らメンズの初配信も華々しいことになるだろう。


「にしてもこりゃ凄いなぁ」


 正宗は配信で使用するドローン型のカメラを弄り回しながら感嘆の声を上げていた。


「お前が他人の作ったものを素直に褒めるなんて珍しいな」


「ワイだって褒めるときは褒めるっちゅーねん、あほ」


「にしてもこれ一台幾らするんや?」


「ん? 二百万、それを人数分」


「にひゃっ……!?」


 因みにこれの購入費用は全て柚乃持ちである。

 流石に社畜の貯金で一台二百万の機材は用意できなかったので、年下の女の子に奢ってもらった訳だ。

 

 金はあるところにはあるもので、嫌な顔せずにポンとキャッシュで払っていた。

 プライド? プライドで飯が食えて登録者が増えれば苦労はしない。


「まぁ値段分の価値はあるやろな、ジャイロ機能が搭載されとるから、どんなに吹っ飛ばされても映像が回転することが無い。蜘蛛の目ェみたいに付いとるレンズは、瞬間的な移動が多い探索者の動きを限りなく少ないブレで撮影する為のもんやな」


「ほーん」


 確かに説明書にも似たような事が書いてあった気がした。

 現行では最新モデルなので購入したが、正宗がここまで絶賛するということは本当に良いものなのだろう。


「変な脳みそも積んどらんようやし、まぁシンプルでプロ仕様って感じやな! 気に入ったわ! カメ丸って名付けるで!」


 そう言ってカメ丸を撫でくり回す正宗に対して、図らずも苦笑いが浮かぶ。


「柚乃とドロシーは飯食って帰るとさ、俺たちも流石に帰るか。嘉一さん怒らせると怖そうだし」


「飲みでもいくかぁ?」


「お、いいね」


 そうして俺たちは夜の街へと繰り出した。飲みの席での話題は勿論我らが漆黒旅団に関してだ、ギルドの話を肴に飲む酒は人生で一番美味かったかもしれない。

 まぁ、近々それは更新されそうだが。


「さて、今日はドロシーか」


 翌日、俺と柚乃、そして少し離れた所で自分のスマホを除いている正宗は、またしても渋谷管理局の会議室に集まっていた。

 因みに染谷さんは既に諦めていて、俺が声をかけた瞬間鍵を渡してくれた。本気で今度何かをご馳走しなければなるまい。


「ドロシー大丈夫かしら、配信は未経験だしそれにいきなり下層から配信スタートなんて……」


 俺調べでは、現在下層の配信はそんなに多く無い。

 それは情報を独占しているとかそういうことではなく、純粋に下層を探索できるギルドやパーティーがそう多くないのだ。


「あいつなら平気さ、下層程度なら眠ってても生き残る」


「流石に言いすぎでしょ」


 柚乃はそう言って笑うが、俺の表情をみて顔をヒクつかせた。


「冗談、よね?」


「見てれば分かるさ」


 俺は少し得意気に笑って、柚乃と一緒にスマホの画面をのぞき込んだ。


「さて、やぁ諸君。天才のドロシー様だ」


『来た来た来た!』

『待ってました!』

『ドロシー様!』

『天才! 天才! 天才!』

『美しい』

『軍服眼帯美女って属性詰込みすぎだろ』

『おいまて、ここって』

『下層じゃね!?』

『下層マ?』

『え、ソロでしょ? えぐくね?』


「今日は渋谷ダンジョン七十五階層からスタートしようと思う、目の肥えた諸君らにとってはいささか刺激不足かもしれないが、アユハから深層は控えろと言われているのでね、我慢してくれたまえ」


 宙に浮かぶカメラを掴み、周辺を映すようにぐるりと一周させる。


『ガチ下層じゃん』

『久しぶりに下層の配信観たわ』

『下層は探索にガチで配信に見応えなかったりするもんな』

『ドロシーネクロマンサーってマジ?』


 ふと一つのコメントが目に入る。


「フフ、どこで聞いたのやら。いかにも、私はネクロマンサーだ。天才故、な」


『マジ!?』

『国内六人目の魔法使いじゃん!』

『見たい!』

『魔法見せて!』

『二つ名何になるんだろうな~』

『死霊使いとか?』

『そりゃ上位ランカーな訳だわ』


「ふむ、そうさなぁ」


 観たいと言われても、安心して配信を始められるように周囲のモンスターはあらかた片付けてしまっていた。


(仕方ない、一つ下の階層へ向かうか)


 逡巡の末そう決心し、歩を進める。


「では七十六階層へ向かおう、幸いそこは瘴気蛾ミアズマ・モスの巣があったはずだ。そこで私の魔法をお披露目しよう」


『幸い?』

『幸いとは』

『瘴気蛾って数百匹の群れで行動する超でかい蛾の大群だっけ?』

『幸い、辞書、検索』

『下層のソロでこの余裕、やっぱ上位ランカーは違うな』


「む? 羽虫なぞどれだけ集まっても所詮は羽虫、何を恐れる必要があるんだい?」


『羽虫www』

『言ってることヤバ』

『もはやこえーよ』

『怖い』

『一旦何組のパーティーが全滅させられたと……』


 歩き続けて十五分ほど経ち、目的の七十六階層へ到着する。


『七十五階層ってモンスターいないの?』

『そういや七十六階層に来るまで一回も見てないな』


「ああ、配信を付ける前に念のため階層丸ごと全滅させてしまってな。配信までには復活すると思っていたのだが、どうやら計算が合わなかったようだ」


 流れるコメントの疑問に答えていくと、面白いようにテキストが下から上に流れていく。


『は?』

『全滅?』

『何言ってるのこの美女』

『怖いんだけど』

『天才』

『天災だろ』

『草』


「ふふふ」


 思わず笑みが零れる。配信というものは練習以外で観たこともやったことも無いが、中々愉快なものだ。

 柚乃が楽し気にしているのも納得だな。


『は?』

『死んだ』

『笑顔の破壊力よ』

『切り抜き#』

『切り抜き#』

『切り抜き#』

『尊』

『尊死』


 ふと見れば同時接続者数を示す数字が五万人を超えていた。


(五万人が私を見ているのか、これは中々ゾクゾクくるものがあるな)


 内心に湧き上がる気持ちに快感を感じていると、ダンジョンの奥から不気味な羽音が鼓膜を打つ。


「おや、お目当ての羽虫の元に着いたようだね」


 そう呟き、目を瞑って自身の体内を流れる人には本来存在しない力、魔力を高めていく。


「死霊召喚」


 その言葉と共に、周囲の地面がボコボコと隆起して剣を持った人型の骸骨であるスケルトンが姿を現す。

 やがてスケルトンの数は徐々に増えていき、その数は優に百体を超えていた。


「進め、死の行軍デス・パレード


 右腕を突き出すと、スケルトンは骨の音をカラカラと鳴らしながら羽虫の大群へと向かっていく。

 かく言う私はスケルトン二体を四つん這いにさせた即席の椅子に腰かける。

 死の軍勢が顕現した以上、もはや私が動く必要はない。ゆっくりと流れ続けるコメント欄に集中することにした。


『マジでネクロマンサーじゃん』

『本当に魔法使いだったのか』

『初めてネクロマンサーの戦い見たけど、えっぐいなこれ』

『世界で他にネクロマンサーっている?』

『いないはず』

『世界初じゃん、えぐ』


「ふむ、戦闘は我が軍勢に任せてここで諸君にネクロマンサーがなんたるかをレクチャーして差し上げよう」


『マジ!?』

『ムネアツすぎ』

『切り抜き#』

『有料だろこれw』

『金払わせてくれ』


「さて、映像に映し出されている通りだが、私は死体を使役する。スケルトンは下層に出現するモンスターだが、今この場に召喚したのは約百五十体。だが私の中には未だ千体ほどのモンスターのストックが存在している」


『千!?』

『個人で軍隊持ってるってことじゃん』

『単体性能というよりかは数でゴリ押すタイプか』

『シンプルに強すぎるな』

『コイツ一人で国内の探索者全員相手に出来るのでは?』


「流石リスナー諸君、しかしスケルトンは私が使役するモンスターの中で最も弱い部類に入る。中には深層のモンスターや、それを超えるモンスターも使役しているので単体性能が低いという指摘はお門違いと言わざるを得ないな」


 淡々と話す側で召喚したスケルトンの軍勢は瘴気蛾の群れを切り刻んでいく。

 通常であれば人間にとって有害な瘴気を振りまく厄介な存在だが、そもそも死んでいるスケルトンにとってそれは全く意味を成さない。

 文字通りただのでかい蛾でしかないのだ。


「先ほど意見があったが、私一人で国内探索者全員を相手にできるとあったな。計画的に事を運べばそれも可能だと自負している。具体的に教えてやろう、まず最初に攻めるは九州、四国、北海道のいずれかだ。望ましいのは九州だな」


『島か』

『あーなるほど』

『なんかえぐいこと言ってて草』

『ガチサイコパスでは?』

『こういうのおもしろいな』


「九州には上位ランカーの太陽王がいるだろう、まずは奴を潰す。後は九州最大規模の宮崎ダンジョンを苗床に、私は防衛線を展開しつつ新たな死体を使役し続けるという訳だ。永久機関の完成だな」


『太陽王乙』

『草』

『喧嘩売ってて草』

『私を潰す? 楽しみだな』

『本人光臨してて草』

『太陽王見てんのかよwww』

『悲報、漆黒旅団終わる』

『切り抜き#』


「ただしこの作戦は、たった一人の存在によって全て覆る」


『無視してて草』

『おい太陽王に反応してやれよ』

『胆力ありすぎだろw』


「我がギルドのリーダー、アユハの存在だ。あいつが全力で攻めてくれば私は負けるだろう、私が知る中でアユハを超える探索者は存在しない……米国の星、脳筋ことマッスルヘッドもアユハには勝てんだろうな」


『おい誰かこいつ止めろ』

『多方面に喧嘩売りすぎだわw』

『いいぞもっとやれ』

『手綱握れアユハ』

『頼むぞアユハ』

『頑張れアユハ』


「おや、終わってしまったようだ」


 カラカラと音を立てるスケルトンが、倒すべき敵を見失って立ち尽くしていた。


「還れ」


 その一言共に全てのスケルトンが塵と化して消える。


『かっこよ』

『惚れた』

『暫定漆黒旅団で一番やべー奴』


「さて、ここら辺で良いだろう。私の天才ぶりは充分理解してもらえただろうか? リスナー諸君?」


 そう言って、配信を閉じた。


「おい最高だなコイツ!!!!」


 俺の絶叫が渋谷管理局の会議室に響き渡る。


「何が最高よ!? 多方面に喧嘩売りまくってるじゃない!?」


「はっは~! 太陽王に飽き足らず、現状世界一位のマッスルヘッドにも喧嘩売っとんでドロシーさん! いかつ~~」


 これがドロシーの初配信を見た俺たちの感想だった。

 俺的には最高の初配信だった、大満足だ。ドロシーはこれで圧倒的な実力者であり、物怖じしない傲岸不遜な美女というキャラを定着させたことだろう。

 素晴らしいことである。


「登録者も八万人突破、トレンド入りもしてるし俺たち個人アカウントのフォロワーも増えている、柚乃も増えているから柚乃経由のファンだけじゃなくて新規のファンを獲得できている証拠だな。いいことだ」


 かくして俺は恒例の10ch検索を始めた。

 横にいる柚乃がジト目で見てくるが関係ない。

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