04:監視
「セヴランの魔術師嫌いは病的だな。よほどアリギ……魔女に対する
城内の長い廊下を歩きながら、オレは背後を付いてくる少年に紋章の装飾品を投げて渡す。
少年は慌ててそれを受け取ると、おそるおそるとした声音で尋ねる。
「あの、本当に……あんな嘘を付いてよかったんでしょうか?」
「うん? ああ、あんなものは嘘の内に入らない。安心しろ」
オレは少年の方を振り向きながら、器用に後ろ歩きで廊下を進む。
「いいか、よく聞け。お前たち村の人間は二十前後の魔獣を目撃して、村の外れにある礼拝堂に避難した。これをそのまま伝えるのはあまり効果的じゃない、避難が完了しているなら危機感は薄いからな」
「だけど、これは? この紋章は遠い昔に騎士様から頂いたというだけの装飾品ですよ……」
「戦乱の時代に先代の王が色んな奴らに借りを作っていたのは有名な話だ、どうせバレやしない。相手を信用させる上で必要なのは――」
その先の話を続けようとして、突然、オレの視界の端に奇妙な――空間の歪みが音もなく現れたので、足を止める。
ゆらゆらと立ち昇る
「? ……ひっ!?」
オレの視線を追って振り向いた少年が突飛な声を上げる。
現れたのは、先ほど会ったばかりの王女の従者、メリザンシヤだった。
空間を奇妙に揺らしていた歪みは鮮やかな紅色の長髪に変わり、冷たく無感動な眼差しがこちらを向いていた。
「どうやら……さっきの
「でたらめ? おいおい、大げさだな。ちょっと話を盛っただけだろ?」
「王に対して虚偽の報告をすることはすなわち反逆罪に
「はっ、相変わらず口が悪い」
笑って受け流そうとしたが、メリザンシヤの向ける視線は刃のように鋭いままだった。
その
リディヴィーヌが持つ、オレを含めた六人の弟子――国王によって
とにかく、この女と相対して問答をするのは面倒だ。俺は自分の目的を思い出して、メリザンシヤの前に手のひらを出した。
「まあ落ち着け。せっかく、ついさっきあの
「その手は、なんだ」
「ついでにお前の
「…………」
オレの言葉を聞いて、無感動だったはずのメリザンシヤの目は、どうしようもないほどの侮蔑に満ちた色を隠しきれずにいた。目の奥に
さすがに無理か、と出していた手を引っ込めようとして――その手のひらに、やや大きめの石ころほどの何かが乗せられる。
それは水晶のような見た目と形をした、魔術の封じ込められた結晶体――
「堕落の
「おお、助かった。渡りに船というやつだ」
「
「…………」
あまりにも辛辣すぎる。最低最悪を自称するオレだが、この女の言葉は時おり耳を塞ぎたくなる。
ふと、隣の少年を見ると、オレたちのやり取りが不可解だったのか、
そんな様子を見て、ここで時間を使いすぎるのはさすがに酷だな、とオレは渡された魔封具を懐にしまい、会話を切り上げようと背を向ける。だが、
「待て。……お前に監視を一人、付けることにした」
「……ん? 何だ? すまん、もう一回言ってくれ」
「お前に監視を付ける、と言った。
メリザンシヤは一方的にそう伝えると、現れた時と同じく瞬く間に――その場から姿を消し去った。
残されたオレたちは、お互いに顔を見合わせる。
「…………まあそういうことらしい。さっさと正門に行くとしよう」
「あっ、はい……」
不安そうに頷く少年の肩をぽんと叩き、オレたちは再び城の外に向かって歩き出した。
「あの、どうして……僕の村を助けようと思ったんですか……?」
城の出口に向かう途中、後ろを歩く少年が小さな声で尋ねる。
急にどうした、と返そうとしたが、ここに至るまで幾度もオレの評判を耳にしてしまったのだから、それも当然の疑問だろうと納得する。
オレは肩を
「金が欲しいからな。さっきの王との取引で、オレは金貨十数枚を条件にお前の村を救うことを約束した。しかし、まあ、父親の隣に王女様がいなかったら難しかったかもな」
「………………お金が貰えなかったら、助けなかった……とか?」
「ん?」
か細く呟いた少年の不安そうな言葉に、オレは後ろを振り返る。
視線が合うと、少年はハッとした表情で顔を上げて、それから苦笑した。
「す、すみません。何でもない、です」
「ははっ、安心しろ。金だけじゃオレは動かない」
オレは首を振りながら、廊下の横合いを流れていく外の景色に目を向ける。
「お前の村の状況を聞いて、少し気になったことがある。それを確かめるついでに、報酬が貰えれば万々歳ってだけの話だ。もちろん、魔獣討伐はきちんとやるぞ。魔獣の被害を無視するほどオレも悪魔じゃない」
「そう……ですか」
オレの返答を聞いた少年は数秒の間を置いて、弱々しく頷いた。
そして、ついさっきオレが返した――あの紋章を大事そうに両手で握り締めると、何かに祈るように
「…………」
村で助けを待っている家族のことを考えているのだろう。
(オレの気掛かりがただの
――――“信奉者”の残党、そんな言葉が脳裏を過ぎる。
少年の焦りと同じく、オレにとっても貴重な時間の浪費は避けたいところだった。できれば、何の面倒事もなく報酬を得たい……が。
オレは少年から視線を外して、前方に見えてきた城門に向き直った。
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