02:面倒事


「これで七度目ですね、ベルトラン。あなたは他人との交流に……いえ、性格に致命的な欠陥けっかんがあります」

「ははっ、それでも前回よりは抑え目にしたつもりなんだが」


 乾いた笑みを浮かべる目の前の男に、オレも笑って応えてみせた。


 ――パーティの追放を宣言されてから数分後。酒場とは打って変わり、欠伸あくびが出そうなほどに物静かな一室の中央で、オレは来客用の椅子に腰を落ち着かせていた。


 冒険者組合が管理する建物の中で、まさしく冒険者組合の職員であるアシュドに、さっきの顛末てんまつの報告を済ませたところだった。

 もはや見慣れた『またか』という苦笑いの表情に、オレも肩をすくめて何度目かの『まただな』を伝える。


「あなたが先ほど追い出されたパーティの隊長は、勇者候補と名高い冒険者のライオネスですよ。彼らのような有力な冒険者を相手に、大魔術師リディヴィーヌの名をこれでもかと主張した上で、あなたの社会不適合な一面をごまかしながら推薦する私の苦労は一体いつになったら報われるんでしょうかね」

「それがお前の仕事なんだろ、アシュド」

「違いますね、アホ」

「よくアホ呼ばわりされるが、自分自身、そこまで知性に問題があるとは思えないんだ。お前はどう思う?」

「この場合のアホとは、あなたの行動の愚かしさを意味していますね」


 アシュドの口からため息が漏れ出す。


「大魔術師の弟子という恵まれた肩書きを持ち、相応の実力を備えながら、それらによって得た機会を全てふいにする。そんな愚かなことを臆面おくめんもなくやってのける人間は、あなたくらいなものですよ」

「パーティを組むなんて、オレにはどうでもいいことだからな。やれと言っているのはリディヴィーヌだ。それに、組んだ先でどう動けとまでは命令されていない」


 オレは片手をひらひらと振って、目の前の机に視線を移す。来客としてやってきたオレへ何のもてなしもされていないことに心底ガッカリしたが、アシュドがまだ口を付けていないであろう紅茶の入った容器を見つけて、勝手に飲むことにした。

 正面に座る男はというと、ただでさえ疲れてそうに見える顔に眉をひそませて、額に手を置き、こちらを覗いていた。


「反抗期の子供ですかあなたは……まったく、どういう意図があるのだか。この偏屈さを更生させたいのならば、的外れにもほどがある」

「大魔術師さまの考えることなんて、二番弟子のオレにすら分からないものだ。被害をこれ以上生まない唯一の方法は、今や国王の助言役となったリディヴィーヌその人を実力行使で黙らせることなんじゃないか、アシュド」

「あなたが黙れば全て解決なんですよ」


 なんとも痛快な返しだった。


「もはやここ王都でも、あなたの噂は広がりつつあります。そろそろ諦めて成果を残さなければ、勘当だってありえるかもしれませんよ」

「それはそれで構わないな」


 オレは飲んでいた紅茶の容器を適当な場所に置いて、さっさと部屋の入り口にきびすを返した。


「待ってください。今度はどう説明すればいいんですか、毎度毎度、私はあなたの愚行を口頭で説明しているんですよ。たまの一回ぐらい、自分で話してみてはどうですか」

「悪いな、オレの時間は金の山よりも貴重なんだ。我が師リディヴィーヌによろしく言っておいてくれ」

「私だって暇じゃないんですよ、特に今日は……って、あっ、ちょっと!」


 アシュドの呼び止める声に背を向けて、オレはこじんまりとした執務室を抜け出した。




 廊下に出ると、さっきまでいた物静かな一室とは真逆に、慌しくあちらこちらを移動する職員たちの姿が視界に映った。

 冒険者組合が管理する建物――寄合所ギルドハウスの中でも比較的に上位の依頼を取り扱うこの場所では、普段はあまり見ない光景だった。


「おっとすまん」


 出口に向かって歩くオレを鬱陶しそうに一瞥する職員たちとすれ違いながら、騒がしさにごった返す正面玄関にたどり着く。

 受付に並ぶ冒険者の群れと、書類と依頼品を交互に見比べる職員の煩忙はんぼうを横目に、両開きの扉を押して建物の外へと出た。

 



 騒がしさというものはどこにでもあるのだな、とオレは辟易へきえきしながら城下町の大通りを眺める。

 午後の陽射しに照らされた石畳の上を多くの人間が熱心に行き交う様は、まるで食糧を運ぶアリの行列を見ているようだった。

 まだ虫であるアリの方が慎ましく生きているようにも思える。


(さて、これからどうしたものか)


 金の山よりも貴重な“退屈”という時間に思いをせつつ、ふと、あることを思い出す。

 オレがパーティを追放されるのは、さっきのアシュドが言ったように七度目のことだった。もはや恒例行事のごとく、追放と報告を済ませて時間を持て余したオレがいつも向かっていたのは、ここ王都に無数ある賭博場だ。


 暇つぶしには持ってこい――といっても、過去に足しげく通った溜り場や酒場の地下はイカサマで出禁となっているために、オレを快く迎えてくれる賭博場は片手で数えられるほどに限られてしまっているが。


 とにかく、オレは暇があれば賭博場におもむき、敗北に悔しがる参加者の顔を見るのが日課となっていたのだが……しかし、今回はそうもいかないらしい。

 視線の先を、大通りの隅に固まる冒険者の集団に向けた。


「おい、薬の材料とやらは見つかったのか」

「まだ誰も見つけられていないらしい。持ち込まれた物はどれもこれも雑草とそう変わらない種類だったとか」

「マジかよ……どうすんだこれ。誰か早く見つけないと、依頼掲示板の内容はしばらくこれ一辺倒になるぞ」


 真剣な顔つきで話し合う男たちを眺めて、それから、城下町の喧騒けんそうに視線を移す。

 普段と変わらない日常を過ごす人々にまぎれて、ぞろぞろと動く冒険者や兵士たちの焦燥しょうそうする表情がやたらと目立っていた。


(そういえば、追放される前にライオネス一行と覗いた依頼が特殊な内容だったな)


 広場の近くに設置されている冒険者用の依頼掲示板が、いつもとは違って、一件の依頼しか張り出されていなかったことを思い出した。

 たしか、書かれていた依頼主の名が、この国で知らない者はいないほどに有名なあの騎士団の総帥そうすいだったような。


「ふむ」


 騒動の原因には、大体の察しは付く。

 問題は、オレの向かおうとしていた賭博場の利用者がほぼほぼ冒険者の人間だということだ。


 彼らの目下の悩みである王国直々の要請が解決されない以上、賭博の参加者は虚しくもオレ一人だけという悲惨な事態は避けられないだろう。

 オレが賭けで得たいのは金ではなく、賭博狂いたちの悲痛な表情だから困った話だ。


(まあ、ライオネス一行の軍資金はあえなくおじゃんとなったわけだが)


 ――そんなことを考えていると、背後からやって来た誰かに肩をぶつけられる。


「おい、邪魔だヒョロガリ男」

「ああ、すまん」


 オレの横を通り過ぎたのは、今しがた寄合所ギルドハウスから出てきたばかりの冒険者の男だった。

 怒り心頭といった目つきで歩く男の手には“魔獣”の毛皮が握られており、それが何とも獣臭く、思わず鼻をつまんでしまう。


(討伐依頼達成の証拠品か。……受け取られずに持ち帰っている辺り、例の依頼を最優先に切り替えた組合側に保留を言い渡されたってところか)


 さっきの男の怒り具合を見るに、さもしい冒険者にとっては明日の食い扶持すら危うい状況なのかもしれない。


 オレは背後の建物を振り返って、その入り口に飾られていた紋章を見る。

 吊り下げられた看板には冒険者を表す剣と盾、それから“鈍色の花弁”が描かれており、凝った意匠いしょうをこれでもかと自慢げに見せびらかしていた。

 ここ、“鋼花こうかの国”の冒険者支部であることを象徴する、冒険者組合の紋章だった。


(やはり、冒険者なんかなるものじゃないな)


 彼らが惨めにあくせくと生きている様を見かけるたびに、オレは強くそう思った。


 ――今や多岐たきに渡る依頼をまるで下僕のように従順とこなしている冒険者たちだが、そもそも彼らの元来の活動目的はたった一つだった。

 その一つとは、各地に出没する“魔獣”と呼ばれる存在の討伐であり、それ以外の依頼はあくまで大陸の安寧貢献に繋がるという副次的なものに過ぎなかった。


 数十年前のある事件をきっかけにして各地に散在することとなった、錬金術の国エンピレオの遺産――〈真理の器ヴェリテス・ノルム〉という魔術装置を元凶に、この大陸は魔獣が跋扈ばっこする呪われた大地と成り果ててしまった。

 魔術装置から無尽蔵に生み出される魔獣の群れを各地の騎士団だけで対処するのは現実的ではないということで、それらを討伐することを目的とする当初の冒険者組合が発足された――と、誰かから聞いた覚えがある。


 そんなこんなで、現在も終結しない魔獣問題から大被害を防ぐために、冒険者の腕っ節が日夜、この国でも必要とされていたのだ。少なくとも、昨日までは。

 遠くで冒険者のパーティが大声で恨み言を叫んでいるのが聞こえてきた。


(はたから見ている分には、必死な顔が見れて面白いんだがな。……それはそうと)


 オレはさっき肩をぶつけてきた男の言葉を思い出して、ガラス窓に反射する自分の姿と向き合った。


「……ヒョロガリか」


 白の混じった鳶色とびいろの髪、夜の闇よりも深い黒瞳こくどう、歳若く、しかし知性を醸し出す上品に整った顔立ち。


 もはや芸術としか形容できない端整な容姿にばかり目が行っていたが、たしかに、冒険者からすればオレは筋力不足もいいところだろう。

 このスラリとした背格好も、肉弾戦では何の役にも立ちはしない。まあ、魔術師だからそんな血生臭い立ち回りは必要ないが。


 窓に映る自分を見つめながら、ついでに、戦士職の人間には到底着こなすことのできない優雅な趣向の黒法衣くろほういに汚れが付いていないかと確認をする。

 人を嘲笑あざわう前に、自分が嘲笑われては面白みがない。身嗜みだしなみはきちんと整えなければ。


「……うん?」


 ふと、それほど遠くない背後から先ほどの男の怒声が聞こえて、オレは振り返る。

 声のした方を見やれば、そこには数秒前と相も変わらずに怒気を帯びた顔の冒険者の男と、その横で石畳に倒れこむ少年の姿が確認できた。

 男は片手に持つ魔獣の毛皮を持ち上げて、今にも鞭のように振り下ろさんと威圧的に少年を睨み付けていた。


「どいつもこいつも、クソっ、前見て歩けこのガキ!」

「ご、ご、ごめんなさい」


 咄嗟とっさのことに謝りながら両手で頭を庇う少年を見て、男はなおも気に食わないといった風に、ふんっ、と鼻を鳴らして歩みを再開した。


「…………」


 あれほどカリカリしている様子から察するに、あの冒険者の男はかなりの“その日暮らし”と見た。 

 自分の領分ではない依頼が他を差し置いて当分のあいだ続くであろうことを理解させられて、よほど焦っているのだろう。

 先行きの見えない時代だ、同情はするが……さて。


 オレは未だ倒れこんだままの少年のもとに近付いて、起き上がらせるために手を差し伸ばした。

 突然出された手に少年はまた驚いたような声を上げながらも、しかし、おずおずとオレの手を取り、その場から立ち上がる。


 それから、すっかり怯え切ってしまった態度でオレに感謝を告げた。


「あ、ありがとうございます……」

「なあ少年、あいつがどれだけ金を持ってるか、確かめてみないか?」

「え?」


 突拍子もない言葉に腑抜ふぬけた反応を返す少年の横を通り過ぎて、オレはさっきの怒り心頭を発する男に駆け寄った。


 昼夜を問わず人通りの多いこの場所だからか、はたまた怒りによって注意散漫となっているだけなのか、男の背中は何の警戒もなくオレの接近を許す。

 そして、オレは人目をはばからずに堂々と魔術を唱えることにした。


「――〈遅延レンテ〉」


 この魔術は、少し前に酒場で元隊長に向けて放った魔術と同じものだ。

 オレの口から紡ぎ出された言葉に呼応して、瞬時に宙を浮かび上がる光の文字群。

 魔術師の意思に従い、人間の理解を超越した奇跡が矛先を向けたのは、冒険者の男だ。


 遠ざかろうとしていたはずのその背中が、ふと、動きを止めた。


「――――――」


 それは知らないものが見れば、摩訶不思議まかふしぎな光景だろう。

 対象の時間を操る魔術によって、先ほどまで大股でずかずかと進んでいたはずの男の足が――全ての動きが、もはや停滞と言っても過言ではないほどのゆっくりとした速度に変化していく。

 次には、あまりにもトロい一歩を踏み出さんと持ち上がる片足。道化もびっくりの面白無言劇の誕生だった。


「……え、えっ?」


 目の前の事態に、思わずといった反応で声を上げる少年。

 このまま、これを観賞するというのも悪くはなかったが……オレはさっさと男の荷物から財布らしき袋を取り出すことにした。


 男にこのことがバレる心配はない。オレが得意とする〈遅延レンテ〉は、対象の認識を含めた対象全ての時間を遅らせる魔術だからだ。


 周囲を見渡すと、少年以外にもちらほらと男の動きを不思議そうに眺める視線が増えてきたので、オレは仕方なしに指を鳴らして魔術を解除した。


 男に流れている時間が、再び元の速度で動き出す。


「………………ん?」


 不意に立ち止まる男。こいつの目には今、周囲の状況が瞬間的に変化したように映っていることだろう。

 ここで違和感を覚えて背後を振り返るのなら褒めてやりたいところだったが――男は苛立たしげに舌打ちするだけで、そのまま通りの向こうに去っていくのみだった。


所詮しょせんは冒険者か。ああはなりたくないものだな、少年」


 オレは戦利品である硬貨袋を持って、少年のもとへと踵を返す。

 当人はまだ目を丸くしたまま、さっきまで男がいた虚空とオレの顔を交互に見比べていた。


「あ、あの、さっきはなにを……」

「世にも奇妙な魔術の力だ。それよりも、こいつの中身が気にならないか?」


 ゆらゆらと揺れる袋の重さに思わず、顔がニヤけてしまう。臨時収入は人の心を躍らせる力がある。

 とりあえず、中身を拝見するために縛っていた紐を解き、手のひらを台代わりにして袋を逆さまに持ち上げた。

 そうして、手のひらに落ちてきたのは、


「…………なんだこれは。イカサマ用の硬貨ばかりじゃないか。銀貨が一枚もないとは……かなりの賭博狂いだぞ、こいつ。こうはなりたくないものだな、少年」


 あまりにさもしい戦果に落胆しつつ、隣の少年にそう問い掛けた。

 振り向くと、少年は呆然とした顔つきでオレの手のひらを眺めており――そうかと思えば、ハッとした表情で突然に自分の胸元を探り始めた。


「……どうした? さっきの愉快な見世物ならお代は結構だぞ?」


 茶化すように言ったものの、何かを取り出そうとしている少年の表情がさっきとは違って、冗談も通じないほどに切迫していることに気付く。

 慌てながら、胸元から取り出したのは、紋章のような形をした小さな装飾品だった。


「ま、魔獣がっ、村に、あの、そのっ、助けてください……誰も僕の話を聞いてくれなくて……っ!」


 面倒事だろうな――上擦った声で纏りなく吐き出されたその言葉を聞く数秒前に、オレはそれを察した。

 

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